連載
posted:2012.5.24 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
「これだけは慣れん、絶対向いてない!」
そう思っていたビラ配りも、
<午前中限定ブレンド割引キャンペーン>のビラ配布の最終日にもなると、
わりと自然にこなせていたと思う(それまでかなり不自然だったわけですが)。
結局、経験者のサトちゃんが言ったようにコツがあるのだ。
ぼくはそれを誰にも教わることなく実践から習得した。
コツその1/
向かってくる集団の先頭に手渡すタイミングをはかっての「おはようございます!」
腹から声を出すことで全身に気合いを入れる。
ぼくの場合に限っては、この儀式をもって傷つきやすい自分と決別する。
コツその2/
相手の手元を見る。
出勤途中の人は必ずどちらかの手に鞄をもっている。
空いている手のほうにカラダを寄せ、
最小限の動きで受け取れるようにビラをさっと差し出す。
コツその3/
手元は見ても顔は見ない。
絶対受け取ってくれなさそうな顔つきや風貌の人が、
「ご苦労さん」みたいな感じで気持ちよく受け取ってくれることがままある。
もちろん、その逆もありなので、はなから相手を選ばない。
コツその4/
ビラ束をバラして用意しておく。
相手が受け取ろうとして手を差し出しているのに、
手が乾燥していて一枚がなかなか手に取れず渡せない。
そんなどんくさいことが実際よくあるので、
上の10枚ぐらいはちょっとずらすなどして手に取りやすくしておく。
ビラ配布の最終日、ビラを受け取ってくれた人にかける最後の言葉が自然と変わっていた。
「ありがとうございます!」から「この通りのすぐ先です、よろしくお願いします!」へ。
それまではビラを受け取ってもらうことがゴールだった。
わたし:ビラを配る→相手:受け取る→お互いハッピー、という感じで。
しかし、そうじゃないだろうと。
ビラを受け取った人がマチスタに来店して初めてお互いハッピーだろう、と。
そうして自然に言葉が変わっていたわけであるが、
それによってこの日、小さな奇跡が起こった。
「ビラをもった人がふたり来ましたよ、すぐそこでもらったと言って」
コイケさんがちょっとはずんだ調子でそう言った。
時刻は午前8時半。ビラを受け取った人が、そのまま直接店を訪れてくれていたのだった。
もちろん、そんなのは初めてのこと。想定すらしていなかった事態である。
「そうですか、ビラを配った甲斐がありました」
そんなクソ面白くもない返答をしながら、ぼくは密かに感動していた。
もう30分以上も配っていたので、切り上げようと思ってマチスタに戻ったんだけど、
ついつい「じゃあ今度はあっちで配ってきます」。
反対方向の十字路に行き、そこでまたさらに30分も粘ることになったのだった。
(ビラ配りの30分はかなり長いです)
そしてその朝、さらにもうひとり、
年配の女性がビラを受け取ったその足で店に来てくれた。
まさにこれ、『中山下一丁目の奇跡』である(中山下はマチスタのある地区の住所です)。
翌金曜日、ブレンド割引キャンペーンの最終日。
午前中にビラを持ったお客さんの駆け込みの来店が相次いだこともあって、
平日の売り上げでは久々に2万円台を超えた。
これは街頭でビラを配ったぼくの功績だけじゃなく、
店頭でビラを手にとってもらえるように工夫してくれていたコイケさんとのーちゃん、
さらにはビラをデザインしてくれたヒトミちゃんのおかげでもある。
我が社アジアンビーハイブが総力をあげて勝ち取った小さな勝利、
その意義は売り上げの額面以上のものがあると経営者は見ている。
つまりぼくということですが。
4月のマチスタの収支が出た。
30日間の売り上げは約50万円(出張マチスタの売り上げをのぞく)。
一日平均1万6800円を売り上げている。
一方の支出は約60万円。出張マチスタでの6万円の売り上げが貢献して、
赤字は5万円あまりだった。
ぼくとしては、「5万円の赤字ですんだ」という見方をしている。
ハードルを上げたのは、ほかでもないこのぼくなのだ。
4月の売り上げにはオープン特需が多分に含まれているので、
5月のそれはいくらかのダウンが不可避である。
それでも、「なんとなくうまく行く」という当初の勘が間違っていたとは思えない。
今回の割引キャンペーンの効果もその楽観的な見方に貢献しているんだけど、
やはりコイケさん、のーちゃん、ヒトミちゃんという
ユニークかつ優秀な我が社の人材のおかげである。
少しずつでも右肩上がりに売り上げを伸ばして行くことができれば、
短期的な赤字はたいしたことじゃない。
経営者としては失格かもしれないけど、そう思えてしまうのだから仕方ない。
そうは言っても、立ち止まることなく、これからも動いていこうと思う。
実際、コイケさんとのーちゃんは、自主的に夏限定の(あるいは定番に?)
オリジナル・ドリンクメニューの開発にあたっている。
それと並行して、コイケさんとは午前中限定サービスの第二弾を企画している。
またこれでビラを作ることになると思うんだけど、
あれだけ苦にしていたビラ配りを今度はどこか心待ちしている自分がいるのだった。
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