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連載

叶えたいのは“ずっと着る”
手仕事から生まれる、
白田のニットとは。

ものづくりの現場

posted:2016.4.7   from:宮城県加美郡加美町  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

writer profile

Kanako Tsukahara

塚原加奈子

つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

photographer profile

Yuka Uesawa

上澤友香

写真家。長野県須坂市出身。畑や田んぼに囲まれた場所で青春時代を過ごす。大学卒業後三部正博氏に師事し、2015年よりフリーランスで活動中。国内外問わず、さまざまな土地の食や文化に触れることはもちろん、現地の人と話すことが何よりも好き。
http://yukauesawa.com

山形との県境のまち、宮城県加美町は、
標高1000メートル級の山々が連なり、豊かな田園風景が広がる。
このまちに工房を構える〈有限会社シラタ〉は、
量産の工場では真似できないような、手仕事からニットを編んでいる。

鳴瀬川の近くに建つ工房を訪れると、
冬まっただなかの寒さだったけれど、
自然光がたっぷり入るプレスルームは暖かくて、
ニットや、カーディガンがかけられていた。
秋冬は、“白田のカシミヤ”
春夏は、“白田のコットン”、“白田のリネン”として、
季節に合わせた素材で編んでいる。

どれも、素材感が伝わるふんわりとした気持ちのよい触り心地。
特に、はおったときの着心地も抜群にいい。
空気につつまれるような軽やかさがある。
その秘密は、編み機にあると
代表でデザインを担当している、白田 孝さんが教えてくれた。

ビビッドなローズピンクがかわいい、カシミヤ70%、シルク30%のニット39000円(税抜)。シルクが入っているので少し光沢感があり、クールな風合い。

「うちは、手動で編む、“手横編み機”を使っています。
主流となっている自動編み機と比べると、
びっくりするような手間がかりますが(笑)、
編み上がりも着心地も全然違う。
特に力を入れているのが秋冬のカシミヤです。
初めてこの編み機から生まれるニットを見たとき、
僕もその編み目の美しさに感動しました」

そう話す白田さんも、かつてはこのニットのファンのひとりだった。

見たことのない編み機との出会い

白田が現在使っている手横編み機は、もともと譲り受けたもの。
東京で服飾の勉強をした白田さんは、
仙台に戻り、家業のカシミヤの輸入代理業を継ぐことに。
その際、勉強のためにと昭和27年創業のこの加美町の工場を訪ねた。
工業用自動編み機が主流となり始めていた当時、
初めて見る手動の編み機にカルチャーショックを受けたという。
「丁寧な、本物のものづくりをしていた。
その技術と完成度にびっくりして、
ここで5年、見習い職人として働かせてもらいました。
もう20年以上前のことですよ」

その後、家業へと戻った白田さん。
時代は、次第に量産の安価なものへ需要が移り、
2000年代に入り、社長から工場をたたむと連絡が入る。
「もったいないと思いましたね。
国内で編み機メーカーの製造は停止してしまっていたので、
この編み機はもう手に入らない。
だからこそ、ほかにはないニットを提供できるんじゃないかと」
そう考えた白田さんは、規模を縮小し、
手横編み機を譲り受けることにした。
しかし、現実はなかなか厳しい道のりだった。

2015-2016秋冬のカシミヤ100%のニット。左がmix42000円、右が38000円(ともに税抜)。白田はタグも残糸を使って、職人がひとつひとつ縫い付ける。

余った糸でつくられる小物もかわいい。すべてカシミヤなので気持ちよい触り心地。

最初は、有名百貨店の別注など、OEMを手がけていたが、
「相手はいかに安くできるかを求めてくるわけです。
でも、手を抜けないからつくる時間は変わらないんですよ。
利益をとると、職人を育成する余力はなくなります。
量産品と比べられたら工賃は歴然の差ですから。
10年前はまだ、手間をかけてつくることに
意味を感じでもらえなかった」と当時を振り返る白田さん。

そのうち大手の受注がストップしてしまい、
いよいよOEMが厳しくなってきた最中に起きた東日本大震災。
建物などへの被害は少なかったが受注経路が分断され、
注文が激減してしまったのだ。

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八方ふさがりとなった末に……

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意を決して始めたオリジナルブランド

受注が減り、八方ふさがりとなった白田さんは、
OEMを辞めることを決心した。
「正直、下請けから抜けるのは、こわかったですね。
下請けであれば、受けたものに対して、
『大変だ大変だ』と言っていればよかったんですから。
自分たちのものづくりには自信がありましたが、
サポートもないなか、
まず、カシミヤのオリジナルをつくり、
販売することは迷いながらの連続でした」

人づてに小規模のお店を探しては、
全国を営業に走り回ったという白田さん。すると、
「エンドユーザーに出会えたことで、変わっていきました。
自分たちのニットを気に入ってくれ、
購入してくれるお客さんがいることが、自信になりました」

編んでいる最中に糸が途中で切れてしまうのを防ぐために、まずこの機械を使って編む前に糸のすべりがよくなるよう、糸に蠟引きを施す。

現在では、全国にあるショップや百貨店で展示会をしながら、
販路が広がり、現在では震災直後の2倍近い売り上げに。
カシミヤだけでなく、春夏はコットンやリネンも手がけるように。
「正直、ここまで忙しくなるとは思わなかったです」と白田さんは話す。

昭和の編み機を使いこなす技術とは

白田のニットの要はなんと言っても、手横編み機。
ふんわりと空気を含んだ仕上がりは、
自動編み機では出せない風合い。
しかも、手横編み機は国内では製造停止となっているので、
直すのも自分たちで。
工房には、歴史を刻んできた機械があちこちに並んでいる。

糸を撚るための撚糸機。編み機以上に珍しいという。なんだかジブリの映画のなかに出てくるような雰囲気だ。

部品箱の上には、メンテナンス中の部品が並んでいた。「幸い、部品を残してくださっていたので助かっています」(白田さん)

工房にある手横編み機は、現在17台だが、
「いまとなれば、もっと残しておけばよかった」と白田さんは苦笑する。
白田さんが研修していた当時の工場では100台近くあり、
20人近い編み子さんがいたというから驚く。

こちらが手横編み機。

手横編み機は、このハンドル部分を左右に動かしながら、
袖や前後の身頃をそれぞれ編み上げていくのだが、
言葉で言うほど、簡単なことではない。
職人が一人前に編めるようになるまでに5年かかるという。

その難しさは、針と密度の調整にある。

白田さんが編み上がったサンプルを使って、わかりやすく説明してくれる。

たとえば、身頃は袖ぐりから衿に向かって
編み目を減らしていく必要があるから、
身頃の長さと身幅を
それぞれ頭でカウントしながら、
その都度針を減らしたり、増やしたりしながら
編んでいかなくてはいけない。

と、説明を聞いているだけでも混乱してくる難しさだ。

針を減らしているところ。

針を調整する道具。

しかもこだわるのは、ミドル〜ハイゲージのニット。
1インチ(2.5センチ)のなかに針が多いほど、ハイゲージとなる。
白田にある編み機は3〜14ゲージまで対応可能だが、
基本的には12ゲージがほとんど。
つまり、職人は細かい編み目を読む“目”も必要となってくる。
現在もニットが盛んな産地である山形県や福島県でも、
手横編み機でハイゲージニットをつくっているところは、限られているそう。

「うれしい悲鳴ですが、
いまは、需要が多くなり、供給とのバランスがとれなくなってきています。
だから、目下の課題は、若い職人の育成。
とくにハイゲージだと、歳を重ねると細かい編み目を追っていくのが
身体的に厳しくなってきますから。
本当は、編み機を始めるのは早ければ早いほうがいい。
でも、実は4月から何十年ぶりに新卒者を採用する予定なんです」

この道40数年で、一番の熟練職人の菅原貞子さん。「僕には到底真似できない精度と速さです」(白田さん)

そして、編み上がった身頃と袖をつなぎ合わせていくのが、
“リンキング”という作業。
これも細かい編み目をつなぎ合わせていくのだから、
見ているだけで気が遠くなる。
しかし、ひと目ひと目つないでいくからこそ、
仕上がりへの細かな気配りができ、
着たときのあのふんわりとした空気感につながっていく。

リンキングをしているところ。

最後に、手作業で糸の始末を行い、
洗い出しは専門の工場へ。
戻ってきたら仕上げにアイロンをかけて、完成だ。

専用のアイロンで、仕上げ。高圧の蒸気が立ちこめる。

ずっと着られるようにと始めたメンテナンス

熟練の技術を生かすものづくりは、
自ずと価格も上がってしまう。
そこで、この着心地が生まれる背景も知ってもらえたらと、
販売を希望される方には工房まで来てもらっていると、白田さんは話す。

「これだけ時間をかけると、どうしても高額になります。
でも実際に見てもらえば、その理由が伝わりますし、
お客さまへの伝わり方も変わると思うんです。
だから、僕らも売りっぱなしではなく、
せっかく購入してもらったニットをより長くきれいに着ていただくために、
メンテナンスを本格的に始めました」

カシミヤの余った糸ではぬいぐるみもつくっている。

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メンテナンスは、月に数百枚?

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メンテナンスは、2種類あり、
ひとつ目はクリーニング。
水洗いにかけて、自然乾燥し、毛玉取りを行う。
ふたつ目は、お直し。
穴やほつれなど、手を入れる。

冬が終わると、カシミヤのニットは、
多い時は月に数百枚送られてくるので、
半年くらいかかるときもあるそうだが、年々増え続けている。
これまでは編む職人がフォローしていたが、間に合わないので、
リタイアしているOGに週に2日アドバイザーとして来てもらい、
若手に技術を継承していくそうだ。

着れば着るほどカシミヤはやわらかくなり、
風合いが増して自分の体にもフィットしていくのだと白田さんは言う。
ニットは毛玉ができたら、糸がほつれたら、
新しく買い替えるものばかり思っていたが、
愛着あるものを、長く着られるのは消費者としてもうれしいこと。

春夏は、コットンやリネンがメイン。こちらは2016春夏の商品で、良質で知られるインドの超長綿100%で、気持ちよい触り心地。袖口と裾に黒のラインが入ってキリリとした印象。カーディガン38000円。

「長年着ている方からお手紙をもらうこともありますよ。
メンテナンスに届いたニットを見ると、
だいたい何年くらい着てもらっているかもわかりますからね。
僕らが届けたいのは、
消費される服ではなく、ずっと着てもらう服。
だからデザインも流行を追うのではなく、
展示会で『こんなものが欲しいな』という意見をとり入れたり、
職人たちと話しながら自分たちが着たいと思うものをつくっています」

白田さん(左端)と職人のみなさん。

人の手を通して大切につくったからこそ、長く着てもらいたい。
そんなシンプルな思いをかたちにして、
ユーザーに届ける白田のニット。
それは、かつて育まれた技術とともに、
私たちがどこかにおいてきてしまった価値観も
未来へと届けてくれるのかもしれない。

「最近思うんですけど、シンプルさを極めていくと、
自ずと商品の個性がついてくる気がするんです。
つくることも、販売することも、メンテナンスをすることも。
シンプルに“よいものをつくり、伝えること”を追求していくことが、
大切だと感じています」(白田さん)

information

有限会社シラタ 

http://shirata-cashmere.jp/

オンラインショップはこちら。

※春夏はリネンとコットンがメインに

白田のリネン、白田のコットン

http://shop.shirata-cashmere.jp/

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