連載
posted:2015.10.14 from:香川県高松市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
SHOHEI OKA
岡 昇平
1973年香川県高松市生まれ。徳島大学工学部卒業、日本大学大学院芸術学研究科修了。みかんぐみを経て高松に戻る。設計事務所岡昇平代表、仏生山温泉番台。まち全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」を10年がかりで進めつつ、「仏生山まちいち」「ことでんおんせん」「50m書店」「おんせんマーケット」などをみんなで始める。
こんにちは。
ぼくは、香川県高松市の仏生山町というところで暮らしています。
建築設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、
まち全体を旅館に見立てる〈仏生山まちぐるみ旅館〉という、取り組みを進めています。
今回の連載企画では、仏生山というまちとそれぞれの建物が、
どのような関わり方をもってリノベーションされているかということを
お伝えできればと思っています。
仏生山町は高松市の中心市街地から南に8キロ、車で20分ぐらいのところにあります。
私鉄の〈ことでん(琴平電気鉄道)〉だと高松駅から仏生山駅まで15分ぐらいです。
江戸時代の初期に高松藩の菩提寺として、〈法然寺〉とその門前町がひらかれました。
今でも当時の建物が少しだけ残り、その雰囲気を感じることができます。
住宅と田んぼが混ざり合う、のどかな地域で
1.5キロ四方に8,000人ぐらいの人が暮らしています。
ぼく自身はこの仏生山で生まれ育ち、大学進学と共に県外に出ました。
東京での設計事務所勤務を含めると10年ほど仏生山から離れていました。
その後、家業の飲食、宴会施設の跡を継ぐのと同時に
設計事務所を始めるつもりで仏生山に戻りました。
当初ぼくが思っていた予定と少し違っていたのは父が温泉を掘ったことでした。
仏生山はもともと温泉街ではなく、どこにでもあるような普通の郊外です。
父は以前から温泉を掘りたいと言っていましたが、家族全員が冗談だと思っていました。
しかし、仏生山の下にある高松クレーター(現在は砂や水が堆積していてかたちは見えない)が
発見されたのを機に本当に温泉を掘削し始めたのです。
僕が仏生山に戻って来たら、ちょうど掘り終わって温泉が湧いていた、
という絶妙なタイミングでした。
温泉を掘るということは、かなりのリスクを伴います。
温泉が出るまでの間はとても不安でしたが、
出てきた源泉は、湯量、泉質、温度ともに申し分なく、
今となっては父の決断に感謝するばかりです。
そこから計画を進め設計事務所としても初めての仕事になる、
〈仏生山温泉〉が2005年に開業しました。
仏生山温泉は、宿泊のない日帰り入浴施設です。
家業に温泉業が加わり、ぼくは仏生山温泉番台を名乗ることになりました。
温泉の仕事を始めて何年か経ってみると、
運営の大切なことは現場の空気をちゃんと見ていくことだということに気づきました。
そうなると、もうこの仏生山というまちから、ちがう場所に移り住むことや、
ちょっとした旅行にもなかなか行きにくいということがわかりました。
いかに自分の住むまちを今よりも楽しい場所にして、
どうやったら、にやにやしながら暮らせるかということを考え始めました。
楽しい場所にする、と言ってもそんなに大それた望みがあるわけではありません。
毎日でも通いたいおいしい定食屋さんとか、
ゆっくり読書ができる居心地のいいコーヒー屋さんとか、
自分が行きたいと思えるお店がその場にあって、
毎日楽しくすごすだけで、
十分にやにやできると思いました。
そのお店を増やすための取り組みが〈仏生山まちぐるみ旅館〉です。
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まちぐるみ旅館とは、まち全体を旅館に「見立てる」ということです。
飲食や、客室や、物販や、浴場などが、まちに点在していて、
めぐることで旅館の機能を満たすというものです。
まちを旅館に見立てるというと、
なんだか奇をてらったように思うかもしれませんが、
実はそうでもありません。
なぜなら、まちも旅館も本当は一緒だからです。
衣食住の機能がひとつの建物に入っているのが旅館で、
地域に分散しているのがまちと呼ばれているだけです。
どちらも「暮らしの一部」のことなのです。
見立てるというのは、
旅館のいいところをまちがもらって、
まちのいいところを旅館がもらうということです。
まちがもらう旅館のいいところは、
大きくふたつあると思っています。
ひとつめは、
旅館は小さい機能が集まって、もうひとつの大きな機能をつくっているということを
まちの関係にあてはめます。
まちにあるお店が一体として見えることで、
それぞれのお店が本来もっている単体の魅力が重なり、
集合の魅力と、旅館という機能を加えることができるようになります。
点が集まって“面”をつくるイメージです。
ふたつめは、
旅館はいくつもの機能を順番にまわるということを
まちの関係にあてはめます。
まちにある暮らしの機能を連携させることで
お店をめぐる関係に必然性がうまれます。
お店というすべての点と点を“線”でつなぐイメージです。
このふたつのことって、自立して、連携して、集合する、ということですから、
よく考えると、実は健康的な普通のまちのことなのです。
まちぐるみ旅館は、
そういう健康的なまちになるためのきっかけみたいなものです。
1年間にお店が3軒ぐらい増えて、
10年たったら素敵なお店が30軒あるような感じになる。
そういうふうになると、なんとなくいいし、
にやにやしながら暮らしていけると思っています。
もともと仏生山には宿泊できるところがなかったので、
まちぐるみ旅館にとって、まず泊まれる客室が必要でした。
そんな時、以前設計した仏生山内にある住宅が家主の引っ越しにより空家になったのです。
さっそく、そこを借りてリノベーションを行い、
まちぐるみ旅館ひとつめの宿泊機能となる、〈縁側の客室〉としました。
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宿泊施設を考えるにあたって、
一般的な旅館やホテルはどのような成り立ちをしているかを調べると、
だいたい次の4つの立地条件に分類されることがわかりました。
① 交通拠点型 :駅などの近く →ビジネスホテル、シティホテル
② 中心市街地型 :繁華街、ビジネス街とのリンク →ビジネスホテル、シティホテル
③ 観光地型 :観光地や温泉など →観光ホテル
④ リゾート滞在型 :海や山など →リゾートホテル
ここで気がついたのは、宿泊施設というものは、
ほとんどの場合、依存型であるということです。
交通拠点、市街地、観光地、自然環境に
寄り添うように存在しています。
依存型の施設というのは、宿泊そのものが主目的になりにくいため、
どうしても消去法で選ばれてしまうことが多くなります。
施設までの距離、古さ、広さ、料金などの条件からとか、
まるで不動産のようですね。
それはそれで正しいのですが、泊まることが目的になる宿泊施設にしないと
ちょっとつまらない。
それに仏生山には、依存できるものがそもそもありません。
縁側の客室をつくるにあたって、もともと住宅であることに着目しました。
家としての居心地のよさと、過ごし方の自由さをそのまま残すことが
宿泊施設としての最大の魅力になると考え、
リノベーションだけど、何もしないことにしました。
2007年竣工のため内装の傷みも少なく、
家具の配置と用途の変更だけを行いました。
家のようにひと組のお客さんに利用していただく客室とし、
温泉開業から7年後の2012年にようやく、
まちぐるみ旅館が動き始めたのです。
実際にあまり出歩かず中ですごすお客さんが多かったり、
リピート率がかなり高い客室となっています。
まちぐるみ旅館が動き始めて間もなくの、2014年には3軒、2015年には4軒、
新しいお店が仏生山にできました。
数は少ないですが、仏生山のような郊外では、とてもインパクトがあります。
まちぐるみ旅館という取り組みがあるからというだけで、お店が増えたとは思いませんが、
少なくともいくつかある要因のなかのひとつにはなっていたと感じています。
もちろん、まちぐるみ旅館があるから、ここでお店を始めたという人もいます。
来年も3軒ぐらいお店が増える予定なので、なんとなくいい感じに進んでいます。
information
仏生山温泉
information
まちぐるみ旅館 縁側の客室
住所:香川県高松市仏生山町甲2489-1
TEL:087-889-7750(仏生山温泉)※料金など詳細はお問い合わせください。
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