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ビルススタジオ vol.1:
空き家と妄想。

リノベのススメ
vol.001

posted:2013.10.10   from:栃木県宇都宮市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer's profile

Taisei Sioda

塩田大成

しおだ・たいせい●栃木県宇都宮市生まれ。株式会社ビルススタジオ代表取締役。建築設計そして不動産のみならず、界隈のデザインを含め、「場所づくり」を生業とするが、実はただの物件好きで貧乏性のお節介さん。
http://www.met.cm/

ビルススタジオ vol.1
ガラガラのシャッター通りで、始まったこと。

大学入学からの10年間、建築デザインの世界にはまり込んでいた私は、
その後、海外の美術大学院への留学期間を経て2006年に地元宇都宮市に帰り、
自宅の一室にてこっそりとオフィスを営んでいました。
しかし業務の量がかさむにつれ、手狭感や生活との切り離しの困難さ、
そして何よりも人の出入りがないことに耐え切れず、物件を探し始めることに。

そうして2009年末、見つけたのが「もみじ通り」の物件。
2007年に商店会が解散されてからは、先の見えないままシャッターを閉ざす、そんな通り。
典型的な地方都市である宇都宮市の、商業地とも住宅街とも言えないエリアにあり、
不動産屋も募集中看板を出すのを拒否する。
建物たちは中途半端に古く、歩いて来るには中心地から遠い。
かといって駐車場がとれるほど土地が余っている訳ではなく、交通量もほとんどない。
つまり、物件の利用価値がないと判断されている場所でした。

もみじ通りのようす。

しかし、そんなトコだからこそ、物件は格安。
それがここの物件に決めた一番の理由です。
さらには改装自由。現状復旧義務なし。
言い換えれば、大家さんは補修も含めて何もしたくない、
という一般的には不利な条件が私にはとても魅力的に映りました。
じゃあ、家賃をもっと下げてくれ、というお願いもすんなり受け入れられてしまったこともあり、
即座に契約をすることになりました。

自分のオフィスを持つことが第一目的。それは果たせそうです。
とはいえ、この殺風景な通り。
ひとまず、それをポジティブに捉え直してみました。
 人通りが少ない——落ち着いて仕事に没頭できそう。
 車通りが少ない——同上。路上でも遊べそう。
 建物が中途半端に古い——気兼ねなく自分色に改装できそう。
 元商店街——多少は外からの人を受け入れる土壌がありそう。
 元、武家屋敷街——周辺の住宅の敷地がゆったり。上品な近所の人が多そう。

そして、
 空いている建物が多い——出店余地がいくらでもあるっ!

そう、この点。
自宅兼オフィスで感じていた、人の出入りのなさ。
それを解消すべく、いろいろなお店が増えていける舞台はあるわけです。
そこで、日々自主工事のために通いながら、
自分がここで毎日働くにあたり、「ほしい状況」を妄想するようになりました。
 「おいしいランチを食べたい」
 「息抜きにコーヒーを飲みたい」
 「ほっとするデザートが欲しい」
 「仕事帰りに買える、お惣菜があるといい」

なによりも、私は寂しい自営業者。更には、なかなかの出不精。
 「志はあれど、日常でそれを共有できる仲間が近くにほしい」
こんな自分勝手なことを、もくもくとペンキを塗りながら考えていました。

ようやくオフィスが使えるようになり、業務も落ち着いてきたところで妄想を実行に移しました。
まずは、言いふらし。
「あんなんがほしい」「こんなんがほしい」と、会う人会う人に伝え続けました。
数か月経った頃に、
知り合いから「宇都宮市内に移転を考えているカフェがあるよ」との情報が。
私はすぐ高速に乗り、その店へ。

普通のお客を装い、時間を過ごしました。
あぁ、こんなの近くにあってほしい……。
ほどなくして誘う決意をしたものの、その気持ちを抑えつつ他のお客さんが帰るのを待ち、
帰り際のレジにて気持ちを打ち明けました。
うぅ、なんか恥ずかしい……なんだろ、この感情。告白……?
初対面なのにいきなり「うちに来ないか」って……
しかしそんな葛藤も杞憂に終わり、「来週伺います」と、なんともあっさりした答え。
しかし困った。実はもみじ通りにはその時点で賃貸できる物件がなかったのです。
まあいいや、まずは見てもらおう。通りの雰囲気を肌で感じてもらいながら、
私の感じた、この通りのポジティブな面を共感してもらおう、と腹を決め当日を迎えました。
小1時間程度、通りを一緒に散策しながら想いを伝え、
空いている”だけ”の建物を探し、紹介しました。
どうやら、なぜやら共感いただけたようで、
通りの落ち着いた雰囲気が自分に向いている、と感じてもらえたようでした。

さて、そこから貸してくれる大家さん探し。
3つの建物を散策中に目を付けていましたが、そのうちふたつは貸す気が全くない、との返事。
当社オフィスの3件隣にある最後のひとつは大家さんがどこにいるかわからない。
近所の方に相談すると、
ごくたまに風通しに親戚の人が来るらしいという噂をききました。
しかしいつ来るかわからない。
そこで置き手紙をポストに適度なペースで入れる、
というなんともアナログな作戦をとりました。

狙いをつけた空き物件。

——2か月後、大家さんから電話が来ました。
うれしさよりも「あの置き手紙だけで、来るんだ、連絡」という驚きが正直な感想。
大家さんは、一体なにがしたいんだ、という感じでした。
電話口でしたが、溢れる想いを伝えたところ、
半ば呆れ気味に、ともかく会ってくれることに。
1週間後、件のカフェオーナー藤田さんを予告なしに連れて行き、2人掛りでとにかく説得。
熱意に負けたのか、しつこかったのか、なんとか貸してくれると言ってくれました。

ともあれ2010年の夏、ようやく2店舗目が決まり、
カフェ食堂「FAR EAST KITCHEN」がオープンしました。
これまでの実績、もみじ通りにピンと来てくれた感覚、
ツーカーの工務店との関係が既にあったので改装はオーナーさんにて行なわれ、
「もともとここにあったようなお店」のように仕立てられました。
工事中にすでに通りがかりの人に
「いったい何ができるのか」「まさかここでお店をやるのか」
といった反応がむしろ良い口コミ効果を呼び、
オープンの頃には結構知られたお店になっていました。

改装後のカフェ「FAR EAST KITCHEN」。

「FAR EAST KITCHEN」の店内。

よし、これでおいしいランチが食べられる。コーヒーも飲める。
あとは、あとは……と、妄想をひとつひとつ実行していったのです。

それから3年経った2013年10月現在、
もみじ通りとその先のあずき坂の界隈には
ギターショップ、ドーナツ店、総菜店、カフェ、子供服店やギャラリーなどなど、
なんと計12店舗が新規OPENしました。

2010年のもみじ通り。

2013年のもみじ通り。

実は、10月12日(土)にそれらの店舗が自然発生的に連携して
もみじ通りでは初のイベントとなる、「あ、もみじずき」が開催されることになりました。
私もその日は古家具屋さんを開いて、
ふだんは立寄りにくいオフィススペースを開放する予定です。
私自身、とても楽しみです。

あの、ないない尽くしだったもみじ通りが
私の妄想を超えた状況になってきています。

「あ、もみじずき」のフライヤー。

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ビルススタジオ

住所 栃木県宇都宮市西2-2-24
電話 028-636-5136

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