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連載

初めて住むまち、訪れるまち。
地域とのつながりはどこでつくる?
歴史を紡ぐ〈壱之町珈琲店〉で
今日も生まれる、新しい出会い

あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?
vol.012

posted:2017.3.29  from:岐阜県飛騨市  genre:暮らしと移住

sponsored by 飛騨地域創生連携協議会

〈 この連載・企画は… 〉  最近、飛騨がちょっとおもしろいという話をよく聞く。
株式会社〈飛騨の森でクマは踊る〉(ヒダクマ)が〈FabCafe Hida〉をオープンし、
〈SATOYAMA EXPERIENCE〉を目指し、外国人旅行者が高山本線に乗る。
森と古いまち並みと自然と豊かな食文化が残るまちに、
暮らしや仕事のクリエイティビティが生まれ、旅する人、暮らし始める人を惹きつける。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」

writer profile

Mika Shiraishi

白石実果

しらいし・みか●世界各国で暮らしながら旅をしたのち、2012年に飛騨古川に移住。国際NGO、ITベンチャー、外資系メーカーを経て、現在は英会話講師・通訳案内士。夫と古民家のセルフリノベーションをはじめ、パーマカルチャーの視点を取り入れた暮らしを営んでいる。

昨年の秋から約半年間、飛騨地域で〈未来の地域編集部 準備室〉が立ち上がった。
これからは地域自らが発信すべく編集部の立ち上げを目指し、
コロカル編集部がお手伝い。
その一環として「編集・ライターワークショップ」が開催された。
そのなかで参加者が実際に取材して書き上げた記事を公開する。
地域に暮らしているからこそ書ける取材内容は、
地域発信における「未来の姿」だといえる。

常連が感じる〈壱之町珈琲店〉の「あいまいな境界線」

岐阜県の北部、小さなまち、飛騨古川には、
築100年以上の古民家を改装したカフェ〈壱之町珈琲店〉があります。
この小さなカフェは、今から18年前にオープンしました。
毎日たくさんの人が訪れます。0歳の赤ちゃんから90歳を超えたおばあちゃんまで。

この小さなまちの小さなカフェに、どうして毎日
これほど多彩な人が訪れるのでしょうか。
このお店をいつも訪れる常連さんと、店主の方にお話をおうかがいしました。

まずお話をおうかがいしたのは、東京から飛騨へ移住してきた松本剛さんです。
松本さんは、全国で森林の事業をしているトビムシという会社で、
飛騨の木を使った商品の開発をしています。
東京の本社に勤めながら全国のさまざまな地域に関わっているなかで、
地域で暮らしながら仕事がしたいと思うようになり、
2011年9月、飛騨古川に移住しました。
現在は飛騨を拠点に、東京やその他の地域を行ったり来たりしながら仕事をしています。

松本さんにとってこのお店はどんな場所なのでしょうか。

「家とかではできない考えごとをしたいときや、
ぼーっとしたいときにひとりで来るんだけど、
実は“ひとりになりたいけれど、ほんとにひとりにはなりたくはないとき”なんだよね。
それが都会のカフェとは違うところ」

本当にひとりになりたいときは、ここは不向きだから、と松本さんは言います。

「この場所は、自分のキャラクターに合っているのかもしれない。
僕はみんなでわいわい話すというのはそんなに得意じゃなくて、
基本的にひとりがいいんだけど、本当にひとりぼっちだと寂しくなっちゃう。
このお店では、知り合いに会えば軽く挨拶はするけれど、
会っちゃったから話さなきゃいけないという感じではないんだよね。
会った人と話したいことがあったら話し込んだりもするし、挨拶だけのときもある。
そういうこのお店の空気感が自分の感覚と合っているのかもしれない。

(店主の森本)純子さんは、お客さんに声をかけてもくれるし、
放っておいてもいてくれる。そういう感じだから、
このお店に来るお客さんもそんな感じの空気感。
温度と湿度がきちんと調整されている空間みたい。
心地がいい、程よい距離感。なかなかない場所だよね」

店内にある大きな一枚板のテーブル席。お客さんは思い思いの席に座ります。ほかのお客さんと近すぎず、離れすぎない距離感も、このお店が持つ心地よい空気感をつくっているのかもしれません。

仕事で飛騨を訪れるお客さんを連れてくることもあるのだそうです。

「仕事のお客さんにこのまちを紹介するとき、
〈壱之町珈琲店〉は必ず見てもらいたい場所だと思っている。
古川というまちの魅力を体現していて、
これが『僕の好きな飛騨古川だよ』って自慢したい場所のひとつ。

古川の魅力って、美しく伝統的なまち並みと、
その家ひとつひとつをちゃんと住む場所として人が使っていて、
みんなが心地よく暮らしているところ。
このお店は建物も古川らしい伝統的な建物だし、
お客さんとお店の人との距離感にも、古川らしい魅力がそのまま感じられる。
程よい暮らしや人間関係など、全部入っている場所だよね。

初対面のお客さんに対しても、
純子さんはいつもの感じでやわらかく接してくれるでしょ。
古川に初めて来た友だちや仕事相手に『あ、いいとこ住んでるね』って
言ってもらいたいから絶対連れてくる」

店主の森本純子さんと話すというより「会いたくて」、お店を訪れる人も多いようです。

あたたかいのに近すぎない距離感。
このお店が18年も続いている陰には、
実は見えない「純子さんの気持ち」が隠れているのかもしれません。

「お店をやっていくときに、『常連さんさえ来てくれればいい』とか
『商売と割り切ってドライに』とか決めて営業する方が楽なんだろうけれど、
このお店は、開店以来18年の間、いい塩梅であることを諦めずに、
ずっとチューニングし続けてきた結果、この雰囲気を保っているんだろうなと思う。
それを維持していくことは意識的にがんばらなきゃできないこと。
だからこそ、その心地よさを壊さないように、お客さんも自然と協力したいと思える。

地元の人も、旅行者も、移住者も、みんな誰もがここに来ると、
誰かと出会うことができる場所。
そういう場所をつくることって、実はすごく難しいと思う」

店内には古民家のつくりを生かしたお座敷席も。赤ちゃんや小さなお子様連れに人気です。

お店の人の暮らしも、お客さんが大切に思う。そんな関係性がそこにはありました。

「前にね、連休中の稼ぎ時にもかかわらず、
店先に『親族が集まるBBQに参加するのでお店休みます』って
臨時休業の理由が書いてあったことがあって。この商売っ気のなさ。
東京とかだと、売り手と買い手という関係になってしまうけれど、
ここではお店の人とお客さんという線引きがすごく曖昧。
『あ、BBQなら仕方ないですよね』って思えるお店なんだよね。
お店の人だって人間だし、その人の暮らしもあるから。
顔の見える範囲で経済が回っている古川の雰囲気と、
このお店の持っている雰囲気がそうさせるのかな。

前に東京のイベントでカレーを何十人分もつくることになったとき、
道具とかオペレーションについて純子さんに相談したことがあったんだけど、
惜しげもなく〈壱之町珈琲店〉のカレーのレシピを教えてくれたことがあったんだよ。
カレーはこのお店の看板メニューのはずなのに、材料の銘柄まで全部教えてくれて。
それも関係性の話につながる気がする。
お客さんとお店側という線引きがないことのいい例だよね」

壱之町珈琲店の看板メニュー、カレーライス。これを目指して来るお客さんも多くいます。

松本さんは、このまちに引っ越してきて、
このお店のどんな場面を見てきたのでしょうか。

「自分が見て来た範囲でしかないけど、
この数年間でこのまちで生まれた新しい取り組みのなかには、
〈壱之町珈琲店〉がなかったら生まれなかったものも
あるんじゃないかなと思ってしまうんだよね」
と語る、松本さん。

「都会のコワーキングスペースのように、
『こんなものがあります』みたいなわかりやすいことは言えないけど、
ここはむしろ、じんわりと小さな変化が生まれる場所だと思う。
UターンやIターンの人たち、地元の人や移住者の人、
毎日いろんな人たちがこのまちで暮らしながらいろんなことに挑戦するなかで、
その出会いや話し合いの場所のひとつに必ずこの場所があって。
いろんな人の人生を変えているんだろうけれど、そんなたいそうな言い方よりも、
毎日の暮らしやその暮らしが少し変化するきっかけの場面には、
実はこのお店の存在があったという方がしっくりくる。
そういう場所があるまちって意外と少ないんじゃないかな」

自身も、新しいことに挑戦するときはいつも、
このお店でそっと背中を押される気がするという松本さん。
このお店に立ち寄ることで、前向きな気持ちになれる人は多いのかもしれせん。

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店主の森本純子さんの話

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店主の人柄が店をつくる〈壱之町珈琲店〉

実際にお店を運営する店主の森本純子さんにもお話をうかがいました。

「みんながそれぞれの暮らしのなかで、この場に来ると少しホッとできたり、
なんか居心地がいいなぁ、おいしいなぁと思ってもらえるとうれしい。
それぞれいろんな大変なこととかあると思うんやけど、
ここに来るとちょっと気持ちが軽くなれるような場所でありたいと思っとるなぁ」

右からオーナーの森本勝幸さん、純子さん、取材時にお店のヘルプで急遽来てくれた息子の悠己さん。

〈壱之町珈琲店〉の始まりは、今から18年ほど前にさかのぼります。
古川のまちに残る美しい古い家々が少しずつ壊され、
まち並みが歯抜け状態になり、そんな場所が駐車場になっていました。
その状況をすごく寂しいと感じていたご主人の“森かっちゃん”こと勝幸さんと
仲間たちが、このまちの古民家で何かができたらいいなと、
夜な夜な酒を酌み交わしながら話していたそうです。

そして、ずっと空き家だった町屋に珈琲店をつくろうという話が持ち上がります。
お店の話が具体化する頃、当時主婦だった純子さんに、
店主として白羽の矢が当たります。

「みんなが夜な夜な話をしていた頃、私は他人事でな。
みんなにお酒やお料理を出したら、自分は別室に行って寝るくらい他人事やったんや。
それなのに、私がお店をやることに決まって。
私は喫茶店がやりたかったわけではないんやけど……。

ただ、商売人の娘やったから、主婦だけの毎日は物足りんって思いが
どっかにあったんやな。それとパンを焼くのが好きやったもんで、
結局ここでパンを焼きながらお店に立つことになったんや」

今でこそ、たくさんの人が純子さんに会いにやってくるお店ですが、
始めた頃の彼女の心境は今とは少し違っていたようです。

「最初は、正直、嫌々で。かっこいい服を着せられた人形みたいな感覚
といえばいいのかな。お店を褒められても、自分ではなく
かっこいい服だけを褒められたみたいに感じてしまって。
『プロデュースしてくれた人のセンスがいいもんで』って思っとった。
5年くらい経ったころから、やっとお店を褒められると
うれしく感じられるようになったんや。
お店への愛着もわいてきて、ようやく自分がつくってきたものを
褒められたように思えるようになってきたなぁ」

店内に並ぶのは、ひとつひとつ丁寧に座面を張り直されたアンティークの椅子。18年前のデザインとは思えない、洗練された店内です。

「最初は私の昔からの知り合いばかりが来ていたけれど、
だんだんとお店がいいからって来てくれる人たちも増えてきて。
新しく常連さんになってくれた人たちがすごく気持ちのいい人たちで。
気持がすかーっと晴れていくような感じだったな。
私もこのお店が好きになれて、来てくれるお客様もすてきな人たちばかりで大好きやし。

それまではカウンターがあって、常連さんがいて、同じ時間に同じ人たちが集まって、
という喫茶店のお店しかこのまちにはなかったんやけど、
それとは違う気持ちいい空間ができて、私も心地がいいんや」

ここにやってくるお客さんは、地元の人も、観光の人たちもいるそうですが、
その割合もどこかこのお店らしいものでした。

「まちの人も観光の人も来てくれるけれど、
夏になって観光客が増えると、まちの人たちが遠慮してくれたり、
逆に冬になって観光客が減ると、まちの人たちが来てくれて。
どうにかやっていけてるなぁ」

みんなが心地よいと感じる距離感については、
純子さん自身はどのように思い、どのように接しているのでしょうか。

「その人その人によって違うかなぁ。
この人はちょっと話したいかなと思う人には声をかけてみたり。
静かに過ごしたいかなって人にはそっとしておいたり。
そのカンが外れることもあるのやけどな(笑)」

距離感についてはお店の中央にある大きなテーブルも一翼を担っています。

「この店を始めるときにプロデュースしてくれた方のアイデアで、
観光の人とまちの人の交流の場になるようにと、大きい一枚板のテーブルになったんや。
観光客にとっては、近くから飛騨弁が聞こえたりすると旅の醍醐味を感じられるしな」

しかし、実は諸刃の剣。オープン当初は不安な面もありました。

「ただ、地元の人のことが私は心配だった。
顔だけ知ってる人が近くに座ってたら挨拶したほうがいいのかとか考えてしまって、
結局、居心地悪くなるんじゃないかなと。
でもなぁ、みんな上手に使わはるんや。気分にあわせて店を選んでくれて。
このお店には、“ちょうどいい距離感の気分”の人たちが自然と集まるようになってる」

今の純子さんを形成するもの。それも〈壱之町珈琲店〉があってこそのようです。

「このお店を通じて、いろんな人と知り合って、
プライベートでも一緒に過ごす友だちもできてな。
お店をやっていなかったら、今の私ではなかったと思う。
移住者とか、若い人とかのお話も聞かせてもらって、すごくおもしろいなって思うし、
今の私の考えも、そういった人からたくさん教わっとるんやぁ。
ほんと、ありがたいなぁ」

お客さんとお店の人の曖昧な境界線。
肩に力の入っていない、自然体のお店の雰囲気に惹かれて、
今日もたくさんのお客さんがお店を訪れています。

information

map

壱之町珈琲店

住所:岐阜県飛騨市古川町壱之町1-12

TEL:0577-73-7099

定休日:火曜日(臨時休業の場合もあるので、事前にFacebookページでご確認ください)

■ワークショップ参加者が取材して書いた記事はこちらにも↓

飛騨「未来の地域編集部」準備室 編集ワークショップ記事一覧

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