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取材したお店のなかに、〈金栄堂〉さんという和菓子屋さんがあります。
私たちが駅方面に行くときに通る道沿いにあり、
「こんなところに和菓子屋さんがあるんだね~」
と気になりながらも毎回通り過ぎていたお店。
取材を機にそのお店に一歩入ってみたら、
まったく知らない光景が広がっていました。
使い込まれた道具に囲まれ、黙々とあんこを包むおふたり。「ふたりで全部手づくりしてるからね、あんまりたくさんはできないんだよね」とご主人。
取材当日。
「どうぞこちらに」と奥様が案内してくれたのは、
店の裏手にある作業場でした。
「おはようございます、わざわざすみませんね~」
と、ご主人がにこやかに出迎えてくれました。
ふと横を見るとそこには大きい釜が鎮座していて、
蒸気がむんむんと上がっています。
「よし」というかけ声とともに、きれいに整列したお饅頭が蒸気の中へ。
「シュッシュッ」という音を聞きながら数分すると、
ふんわりツヤツヤとしたお饅頭がお目見えしました。
「これ、食べていいよ」とご主人が声をかけてくれたので、
お言葉に甘えてひとついただくことに。
できたて蒸したてのお饅頭を「あつっあつっ」とひと口かじると、
ふわ~っと甘い香りの漂う皮から、
とろーりと温かいあんこが流れ出してきます。
「これ、これ、すごい! こんなおいしいお饅頭食べたの初めてです!」
と興奮する私を見て、ご主人と奥様がうれしそうに笑ってくれました。
金栄堂さんが創業したのは大正7年、いまのご主人で3代目なのだそう。
あんこのつくり方やお菓子の型など、先代から受け継がれてきたものを
いまでも大切に守り続けています。
ご夫婦がお饅頭を丁寧に手づくりしていることや、大切にしている思い。
そうしたことをいままでまったく知らずに、
ただお店の前を通り過ぎていました。
今回の取材を機会に、知らなかった下田にまた触れることができたのです。
金栄堂さんが初代から大切に受け継いできた型や焼き印。使い込まれたその風情は下田の歴史を彷彿とさせます。
取材させていただいたどのお店にもつくり手の思いや歴史があり、
そうした方々と出会えたこの取材は、私にとって最高の経験となりました。
下田というまちには、何代にもわたり守り続けられてきた
老舗のお店がまだまだあります。
お菓子屋さんのほかにも、昔ながらの製法で天日に干している干物屋さんや、
いまでは珍しくなった麹屋さんも1軒だけあります。
下田には、そうした宝がまだ残っているのです。
『伊豆下田100景』の取材を通して、
下田というまちをもっと知りたくなりました。
掘れば掘るほど宝が見つかる下田に、どんどん惹かれています。
シャルマン伊豆のご主人と42年間連れ添ってきた大事なオーブン。ご主人のこの笑顔にまた会いたくなってしまう。下田でまたひとつ、好きなお店が増えました。取材した記事は『伊豆下田100景』に1月にアップされる予定です。