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未来を創るニッポンの現場
「京都・亀岡」編 Part3
お宿吉水、女将のこだわり。

KAI presents EARTH RADIO
vol.043 StoryK-03

posted:2013.3.22  from:京都府京都市東山区  genre:活性化と創生

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  俳優・伊勢谷友介さんと放送作家・谷崎テトラさんが、
“未来を作る日本の現場”を求めて、さまざまな土地を巡ります。
コロカルでは、この「EARTH RADIO」を“読む”ための、連動連載をお届けします。

editor profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:Suzu(fresco)

無駄をそぎ落とし、シンプルな空間で客をむかえる「お宿吉水」。

伊勢谷友介さんと谷崎テトラさんによるウェブラジオプログラム
「KAI presents EARTH RADIO」。
京都編の3回目は「お宿吉水」を訪れた。

祇園の裏手、円山公園のなかといってもいい立地に、お宿吉水はある。
小高い山を少し登り、静かで、裏山は緑に満ちあふれている。
そして目の前には祇園のまち並みが広がる。

女将の中川誼美さんがここをオープンしたのは1998年7月。
それまで、中川さんは旅館業を営んだことなどない、いわば“素人”だった。

オープンからさかのぼること3か月。
自分が住む家を探していて、この敷地の前にたどりついた。
季節は桜の季節。
吉水の庭には、大きな桜の木が1本ある。
幹は苔むしているが、春になると満開の桜を咲かせる。
「江戸彼岸」という野生種で、
一般的に知られるソメイヨシノよりも長く生きる。
こちらの桜も樹齢数百年だ。

中川さんがこの地を訪れたとき、この桜が見事、満開だった。
その風景に惚れ込み
「その日にハンコを捺しちゃったのよ。
東京に戻って、気が変わってしまってはいけないと思ったのよね」と
笑いながら話すが、宿屋を勢いで買ったのだった。
いや、買ったときは「宿屋を買った」つもりなんてなかった。
建物を買ったにすぎない。
この後、この地区特有のルールを知ることになる。
明治政府は、公園設置令で円山公園をつくるときに、
宿屋や料亭などを置いていき、
“オーナーや代が変わっても、生業を変えてはならない”というルールを制定した。
だからこの場所はずっと旅館業を営まなければならず、
それはこれから先も同様。
中川さんも旅館業を営まないかぎり、この場所を買うことは認められないのだ。

「友達が年に数人泊まりに来るくらい開ければいいじゃない」という
母親の助言もあり、気楽な気持ちで宿屋を始めることにした。

6月30日に鍵を受け取り、7月の祇園祭りには営業開始。
もともと旅館だったので、
ほとんど居抜きのようなかたちで食器や布団などを使ったが、
「まずはテレビ、冷蔵庫、金庫、室内電話を捨てました」という潔さ。
今でも部屋にそれらは見られない。
部屋にあると何気なく使っているかもしれないが、
無ければ無いでまったく気にならない。吉水に泊まってみてわかったことだ。

シーツやマットはオーガニックコットン、
食事も近郊でとれた無農薬や有機野菜を使った体にやさしいものを揃え、
5年前に改装したという壁は珪藻土を使用。木材も無垢材を取り入れている。
食堂の床は木レンガ。改装時の端材を使ったもので、
スタッフが手作業で敷き詰めた。

最初は友人周りが中心だったが、
こうした心地よさがすぐに口コミで評判を呼び、
旅館業は年にちょっとの間のことにはならず、日々の営みが続くことになっていく。

部屋には趣のある鏡台がひとつあるだけ

部屋には趣のある鏡台がひとつあるだけ。シンプルで掃除が隅々まで行き届いている。吉水が一番気を使っていることのひとつが掃除だ。

身の回りのことを、普通にやるだけ。

今は女将は宿には常駐していないが、
かつては、お客さんを、旅館の客というより、自分の家に呼んだ友人のように
振る舞い、もてなしていた。
お客さんが外から帰ってくると呼び止め、
お茶を出したり、ちょっとした食事を出したり。
朝食も、シンプルながら
無農薬やオーガニック食品にこだわった食材を使用している。
主婦だからこそのアットホームな雰囲気だ。

「うちの実家も、夫の実家も、もともとお客さん好きでしたね。
酔っ払いが何日もうちに泊まっていたり、
泊まり客が20人くらいいたこともありました。
大家族ではないけれど、そういう家庭で育ったので、
お客さんを招き入れるということに関しても何も抵抗がなく、
たくさんご飯をつくるのも苦ではない。だからすんなり始められたのかも」
と、ハキハキ切れ良く、明るく話す中川さんの姿を見ていると、
きっとその通りなんだろうなと感じる。
だからだろうか、そのトークにはまるひとが多いらしく……。

「お客様とお話ししていると、なにかしら悩みをお聞きすることになり、
毎日、話を聞いていました。すると、すぐ2時3時になっちゃう。
私は翌日、朝食つくらないといけないんですけど(笑)」

床に敷き詰められた木レンガ

冬は少し隙間ができてしまうが、夏になると膨張して埋まってくれる木レンガ。

京都の吉水は、もともとあった建物を活かし改築したものだが、
中川さんのこだわりを本当にすべてつめこんだのは
銀座の吉水だった(現在は閉館)。
イギリステレグラフ社のガイド「日本のホテルランキング」で、
1位のマンダリンオリエンタル東京と3位のリッツカールトン東京に挟まれて、
2位にランキングしたこともある。
こだわっていないようで、徹底的にこだわっていることがポイントだ。
「別に代わり映えしないご飯を出していました。
家でも食べられるものばかり。炊いたひじき、煮た大根、三分つきのご飯……。
大したことないものしか出さないでいこうと決めていました」
もちろん、京都同様、部屋に“無駄なもの”はないし、
お風呂の水や寝具にもこだわりを詰め込んだ。

ただし中川さんのフィロソフィーとして、
「身の回りのことを普通にやるだけ」であって、こだわりとは呼ばない。
矛盾しているようだが、
かつては普通にやってきたことを取り戻すだけであって、
「このこだわりが普通のこととなればいい」という
中川さんの願いがこめられた物言いだ。
だからパンフレットにもオーガニックや有機などという言葉は
書かないようにしていた。

そこへ3.11東日本大震災が襲う。
外国人観光客は放射能問題に敏感に反応し、
それ以降すべてのお客さんがキャンセルになった。
そのときに血の気が引いたという。
「40年以上、何をやってきたのかと思いました。
“使わないコンセントを抜いてください”というくらいは
お客さんにもお願いしていましたが、そんなレベルの問題ではない。
原発や電力の問題に関して、
今まで目先のことしか考えてなかったと感じました。
それですぐに決心しました、売ってしまおうと」
このスピード決断によって、名旅館と呼ばれた銀座吉水をあっさりと手放す。

「同じような思考を持つ、他のひとたちも同じ行動をとるのかと思ったら、
そうでもありませんでしたね」と、
銀座吉水を畳んだのは、中川さんなりの主張も込められているのだ。

中川さんもまた、3.11をきっかけとして、本格的に活動の幅を広げていく。
吉水という宿のこだわりのようでこだわらない姿勢を、
もっと多様なかたちで、より直接的に広めていく活動をはじめている。
その活動内容は、また次週。

「お宿吉水」の朝食

京都近郊で手に入れた食材による朝食。すべてがやさしく、そしておいしい。

information

map

お宿吉水

住所:京都府京都市東山区円山公園弁天堂上

TEL:075-551-3995

Web:http://www.yoshimizu.com/

Facebook:https://www.facebook.com/jinenya.shimbun

profile

YOSHIMI NAKAGAWA 
中川誼美

東京都出身。慶應義塾大学商学部卒業後、父親の経営する繊維会社で経理業務を担当する。結婚と同時にニューヨーク州ウッドストックで暮らす。 

主婦業、母親業の一方で、夫が経営する印刷会社で再び経理業務を担当。その後、長年実践してきた人と自然にやさしい暮らし方の経験を活かして、1998年55歳のとき「お宿吉水」を京都、2003年1月には銀座、2008年には京都綾部に開業、女将として切り盛りする。

「お宿吉水」は、海外でも注目を集め、予約がとれない宿として知られるほど人気を集める。京都・銀座の両宿は、スカンジナビア政府観光局より、アジアで初めてのオーガニック宿泊設備の規定「グリーンキー」を受けた。2011年、「3.11」後に銀座吉水を閉める。お宿吉水の女将として多忙な一方で、“ちょっと前の日本の暮らし”を提案する著作活動、講演活動、「50度洗い」と低温調理を中心とした命が喜ぶ料理教室など、日本中を飛び歩く多忙な日々を送る。「じねん朝市会」を会長として主宰。築地本願寺境内で毎月第三日曜日に開かれる「安穏朝市」を皮切りに、現在では東京のほか京都・大阪・埼玉など全国各地で朝市を開催する。「美しい日本を残すために協力し合う会」や「じねんや新聞社」などの活動もスタートさせる。

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