colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

未来を創るニッポンの現場
「島根 隠岐諸島 海士町」編 Part1
自分が変われば、島も変わる。

KAI presents EARTH RADIO
vol.021 StoryF-01

posted:2012.10.5  from:島根県隠岐郡海士町  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  俳優・伊勢谷友介さんと放送作家・谷崎テトラさんが、
“未来を作る日本の現場”を求めて、さまざまな土地を巡ります。
コロカルでは、この「EARTH RADIO」を“読む”ための、連動連載をお届けします。

editor's profile

Tomohiro Okusa
大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影(メイン・プロフィール):
Suzu(fresco)

熱い思いでよみがえった“陽”の島、海士町。

伊勢谷友介さんと谷崎テトラさんによるウェブラジオプログラム
「KAI presents EARTH RADIO」。
今月は島根県の隠岐諸島にある中ノ島=海士町を訪れた。
海士町は、地域活性化がうまくいっているモデルケースとして
数年前から注目されているまちである。
本土から、高速船やフェリーなどで2、3時間かかる自然豊かな島。
島を巡ってみると、さまざまなひとに出会うが、
異色の存在である我々に対して、島のひとはみな気さくに話に応じてくれる。
海士町発祥の隠岐民謡「キンニャモニャ」を歌ってくれるおじいさんがいた。
夜遅くにイカ釣り漁船の漁火が見えるスポットを宿の主人は案内してくれた。
道を聞いただけのおじさんから、
翌日の早朝釣りたてのイカを一杯いただくことになった。
この島は、人口の1割程度が移住者で、全国からの視察が毎週のように訪れる。
そしてそれを受け入れる文化が成熟しているように感じた。
「この島は陰か陽かで言えば、陽です」という
山内道雄町長の言葉も体感として納得できる。

軒下にタマネギが干されている風景。

町役場に飾ってあったお皿には、島民に愛されているキンニャモニャの歌詞。

人口2300人ほどの海士町は、かつて非常に苦しい財政状態であった。
そんなとき「役場は住民サービス総合会社だ」という第一声をもって、
2002年に初めて町長に就任したのが山内道雄町長。
高齢化率が約40%という海士町を活気あるまちへと導くために、
企業経営の考え方を地域経営に取り入れる宣言とも取れる言葉。
「今までの行政は、上から目線で、“してあげる”という姿勢でした。
それは大きな間違い。カウンターの向こうで仕事をするのではなく、
現場に出て行って、住民目線を持つこと。
特に離島過疎地では、役場職員の力が必要になってきます」
まずは職員の意識を変えることから着手した。
しかし長く慣例化した業務体制、そんな組織を変えていくのは、
並大抵な努力ではない。
「活性化とは、惰性の仕組みを変えることです。
特に役場は前例主義、前例のないことはやりたがらない」と話す山内町長。
そんな町長が率先して行った意識改革に、
今では「例がない、金がない、制度がない、だからできない」とは、
役場の誰も言わなくなった。
そこに大切だったのは、本気度であるという。
「怠けているひとはいないと思うんです。みんな一生懸命やっている。
でも、どこまで本気か。その本気度が地域の未来を左右します。
例えば私なら、4年に1回選挙があります。
そのために自分を擁護しているような姿勢が少しでも見えたら絶対ダメです」

そう語る町長の本気度がうかがえるのが、自らの給与カット。
しかも50%カット!
「パフォーマンスと言われようが、自ら示さないと、住民は絶対に認めてくれません」
ここで、驚くべきことが起こる。
町長に続いて、他の職員や議会も給与のカットを自ら申し出てきたのだ。
「他の職員には強要しないと言っていたのですが、
総務課長が代表して伝えに来ました。
“ついていかせてください”と言われたときには、泣きましたね」
町長の本気度は、役場職員に伝わった。自らがまず変わること。
それによって職員が変わり、役場が変わり、住民が変わり、そして島が変わる。
以降、さまざまな施策を実行していくが、それらが実現していく土台には、
地域住民の役場に対する見方が変わったことが大きい。
住民自らが進んでさまざまなことを申し出てきたり、
積極的なボランティア活動なども増えていった。

天然の塩が製造されている工場。

島の海産物が、いつでも新鮮に食べられる!

産業を活性化させるには、第一次産業をおこすしかない。
しかもそれを首都圏で売ることを考えた。島まるごとブランド化である。
特に漁業が中心の島であるため、産業振興の命運をかけたといっていい事業が
CAS(Cells Alive System)というシステムの導入だ。
磁場エネルギーで細胞を振動させることで、
細胞組織を壊すことなく凍結させることができるシステム。
これによって、漁師は1年中、名産であるいわがきやイカを
新鮮な状態のまま出荷することが可能になった。
離島という流通のハンデを克服したのだ。
他にも、島生まれ島育ちの隠岐牛の育成、島国らしい天然塩の復活など、
1次産品を生み出し、好評を博している。

役場は仕組みを作る。しかし結局は気持ちが大切だ。
民間企業出身の町長は、
島の運営を企業経営と同様に捉えるビジネスライクな面がある一方で、
それ以上に海士町を愛し、何とかしたいという強い情熱を持っている。
「実は私はとても涙もろい。情で仕事はできないけど、情は大切です」
情もあれば情熱もある。
ちなみに山内町長の座右の銘は、
明治時代の彫刻家、平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)の
“いまやらねばいつできる、わしがやらねばたれがやる”。

町長へインタビューした日の夜、取材陣が宿泊していた旅館に、
海士町のお酒「承久の宴」を差し入れしてくれた
(町長自身は近くのスナックで飲んでいたのだが)。
町長はじめ、町民みんなが客を気づかってくれる。みんな“陽”だ。
海士町にIターンして会社を起業した「巡の環」代表の阿部裕志さんは
「町長は心に火をつけるひとです」という。
こうして、火をつけられた海士町はどんどん魅力的な島になっていく。
同時にその魅力に魅せられた移住者も増えていくことで
相乗効果となって魅力が倍増していく。その話はまた次回。

イカ釣り漁で使われる漁火のライト。夜になると、これらが幻想的な光景となって陸地から見ることができる。

profile

MICHIO YAMAUCHI
山内道雄

島根県海士町長(3期目)。1938年海士町生まれ。
NTT通信機器営業支店長、第三セクター(株)海士総支配人を経て、海士町議会議員に当選。2期目に議長就任。2002年、町長に初当選。第三セクター(株)ふるさと海士社長を兼ねる。あえて単独町政を選択し、大胆な行財政改革と地域資源を活用した「守り」と「攻め」の戦略で、離島のハンデキャップをアドバンテージに、島興しに奮戦中である。
著書に『離島発 生き残るための10の戦略』(生活人新書・NHK出版)。

Tags  この記事のタグ

Recommend