連載
〈 この連載・企画は… 〉
長崎の五島列島で一番大きな島、福江島。
ここに小さな私設図書館〈さんごさん〉がオープンしました。
島内外の人々が連携してつくった〈さんごさん〉はちょっと変わった図書館。
企画や設計、運営に携わるスタッフによるリレー形式の連載です。
writer profile
Kenta Oshima
大島健太
おおしま・けんた●1981年神奈川生まれ。 多摩美術大学大学院情報デザイン領域修了後、神奈川県内の高校や都内の美術予備校で講師を務めたのち、約2年前に衝動的に仕事を辞めて無職になる。無職になってからはフィリピンに語学留学をしたり、アメリカやメキシコ、ロシア、ヨーロッパ諸国を旅しつつ、昨年の9月からさんごさんの館長として福江島で暮らし始める。いつまで五島で暮らすのかは未定。
credit
メイン写真と最後の写真:森嶋夕貴(D-CORD)
こんにちは。さんごさん館長の大島です。
「いま」「むかし」に引き続き、今回はさんごさんの「これから」というテーマで、
現在進行中の計画とともに富江の魅力をご紹介していきます。
さんごさんは昨年8月にオープンして以来、平日はフリースペースとして開放しながら、
週末にはイベントやワークショップをするなどして、地域との交流を心がけてきました。
最近は立ち寄って挨拶をしてくれたり、イベントの告知を手伝ってくれたりと、
気にかけてくれる人たちが増えていると感じています。
近所の小学生や中学生が友達同士でふらっと入ってきておしゃべりをしたり、
本を読む姿も日常的なことになりました。
そうした活動が注目され、おかげさまでこの連載をはじめとして、
ウェブや雑誌、新聞といった複数のメディアに取り上げてもらい、
今年の2月には東京ミッドタウン内デザインハブにて開催された
「地域×デザイン展」で展示をすることもできました。
そのおかげで、島外から観光で立ち寄ってくれるお客さんも増えています。
東京、鎌倉、大阪、名古屋、福岡といった場所から、
わざわざ富江のさんごさんを訪れてくれるのです。
東京にいるプロジェクトメンバーの知人たちも毎月のように遊びに来ます。まずは知人からでも、ひとりでも多くさんごさんに訪れてもらうことによって五島列島や富江をもっと身近なところにしてければと考えています。
たくさんの人々に興味を持ってもらっているさんごさんですが、
じつは、5月18日から第2期工事が始まっています。
第2期工事では内装を中心に工事を進め、いまよりもさらに過ごしやすく、
快適な空間になります。
7月上旬をめどに工事を終え、再オープンする予定です。
そのあとは、宿泊施設として利用できるようにするつもりです。
当面は知人たちを招いて様子を見ながら、
やがては誰でも泊まることのできる場所にします。
さんごさんの広いキッチンで料理をするもよし、「人生の3冊」を読んで過ごすもよし、
近所をジョギングするもよし、これまでわたしが富江で過ごしてきたような、
こちらでのゆったりした生活を宿泊者の方々に体験してもらうことが、
福江島の、そして富江の魅力を一番体感してもらえると思っています。
さんごさんのある富江には観光名所となるような大きな教会がなく、
ほかの地域からのアクセスも良いとはいえないため
「観光バスが通らないまち」と言われてきました。
毎年6月に行われている〈バラモンキング〉という
国際トライアスロン大会のスタート地点としては有名ですが、
一般の観光客はもちろん、福江島に住んでいる方々にとっても、
用事がなければそんなに訪れることはない場所です。
ですので、そんな場所に宿泊して楽しいの? と思われるかもしれません。
しかし、わたしが実際に8か月間滞在してわかったことは、
富江はとても楽しく、魅力に溢れたまちだということです。
その理由のひとつは〈とみえ商店街〉の存在です。
数十年前の、人に溢れていたとみえ商店街を知る人からは、
「活気がなくなった」「若い人が歩いていない」というような意見をよく耳にします。
確かにシャッターは目立ち、まち全体の若返りを図ることは
富江のまちを存続させるうえで重要な問題になってくるでしょう。
ですが、それでもまだまだ魅力的なお店はいくつも残っています。
特に「食」に関するお店が充実しています。
商店街をちょっと歩けば地元の食材をふんだんに手に入れることができます。
名産品である五島牛や五島豚、朝採れたばかりの魚、新鮮な野菜などが安価で手に入り、
まさに「食材の宝庫」といえます。
これらの食材は都市部ではいくらお金を出しても味わえないくらいの鮮度です。
とみえ商店街の一角で毎朝目にすることができる野菜の直売。低価格で量も多く、野菜が豊富な富江ならではの光景です。
福江島には大きなショッピングセンターがいくつか存在するので、
そういった大きな施設でも五島の食材を購入することは可能です。
ですが、とみえ商店街で地元の季節の食材についてや、
調理の仕方がわからない食材について相談をしながら買い物をすることは、
懐かしいような、新しいような、都市部では体験できない楽しさがあります。
魚屋さんでは買った魚をさばいてくれますし、
予算に応じてお刺身の盛り合わせをつくってもらうことができます。
お肉屋さんでは調理済みのお惣菜や、焼くだけのハンバーグなども売っているので、
料理が苦手でも簡単に五島の食材を楽しむことができます。
富江の銘店〈ニク勝〉。名産品の五島牛を中心に上質なお肉を取り揃えています。「お店に買いに来てくれたお客さんを大切にしたい」とのポリシーから島外には卸していません。名物のコロッケは遠方から買いに来るファンがいるほど。
魚屋さんでは予算とそのときの仕入れに応じて新鮮なお刺身の盛り合わせをつくってくれます。五島では季節によって写真の伊勢海老のほか、うにやあわびも食べることができます。
そうして自分たちで買い揃えた食材を調理してテーブルに並べれば、
あっという間に地元の食材を使ったディナーを始めることができます。
こんなに食材が充実している商店街はそうそうありません。
さんごさんに宿泊できるようになったときには、
ぜひ皆さんにとみえ商店街での買い物を体験してみてほしいですね。
もちろん料理が面倒な場合には、お寿司屋さんや定食屋さんをはじめとした飲食店もあるので
心配無用です!
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富江の魅力は食材だけではありません。これまで観光地ではなかったがゆえの、
自然溢れる素朴な景色もまた人を惹きつけるものがあります。
連載第4回でも紹介した丸子地区の海岸、そして黒い火山岩が特徴的な岳地区の海岸など、
富江ではさまざまな海の様子を見ることができます。
場所や時刻によって表情を変えるその雄大な海の様子は、
福江島のほかの海岸と比べても遜色ありません。
小石が特徴的な富江丸子地区の海岸。波が小石をさらう音が心地よい。
黒く荒々しい火山岩が印象的な海岸。この場所は〈勘次ヶ城〉と呼ばれる遺構があります。過去に倭寇たちが密貿易をしていた場所といわれており、巨大な倭寇像が設置されています。
富江には人工的に造成された海水浴場もあります。キャンプ場が併設されており、夏場にはバーベキューをはじめ、さまざまなアクティビティを楽しむことができる場所です。
富江をジョギングしたり散歩をしてみると「いいな」と思える場所がいくつもあります。
例えば、昔ながらの溶岩でできた石垣をいたるところに見ることができますし、
漁が栄えていたまちということもあり、いたるところにお地蔵様が祀られています。
特にお地蔵様は丁寧に管理されているものが多く、服が着せられていたり、
お花が飾られていたり、それぞれ個性があります。
富江は、土地の文化や風習が色濃く残っているまちでもあるのです。
まちのいたるところにお地蔵様が祀られている。お地蔵様は単なる石のようなものから、洋服を着ているものまでさまざま。写真のほこらは火山岩を積み上げてつくられています。同じように火山岩でつくられた石垣は、富江の特徴のひとつ。
また、昔はたくさんの人々で賑わっていたという、とみえ商店街を歩いていると、
かつての繁栄の名残を見ることができます。シャッターが下りたままの商店、
色褪せた看板、朽ちた家などです。
閉店したあと、放置されているパチンコ屋。近くには所有者が曖昧なまま倒壊しかけている家もあり、日本の各地で起こっている「衰退する地方」の問題について考えさせられます。
わたしが育ってきた神奈川県のとある都市は、いわゆるベッドタウンと呼ばれる場所で、
公園や古い建物が壊されてどんどん建売住宅やマンションが建っていくような場所でした。
自分の育ったまちが衰退していく想像をしたことがなかったので、
こういった光景はとても考えさせられます。
わたしとしては、なるべくたくさんの人たちに富江の魅力を知ってもらいたいと思っています。
しかし、富江のこのような現状を知ってもらうことも、
このまちの未来にとって大切なことなのだと考えています。
さんごさんから徒歩5分程度の場所に〈te to ba(手と場)〉という、
築140年の古民家を改装したコミュニティスペースが今冬オープンする予定です。
これは現在、福江島で地域おこし協力隊として活動している
ポー(旧姓:村野)麻梨絵さんを中心に進行する、
住人の暮らしと観光をつなぐ場をつくるプロジェクトです。
写真中央の赤いツナギを着たのが代表のポー麻梨絵さん。右隣の緑色のツナギを着た男性が、村野さんの夫である米国人のカール ポーさん。後ろ列右端の平松愛希さんは看護師という立場から〈te to ba〉プロジェクトに携わっています。後ろの古民家が〈te to ba〉として生まれ変わります。
麻梨絵さんは東京で生まれ、埼玉で育ちました。
大学卒業後、昼間はコンサルティング会社でOLとして働きつつ、
夜間は服飾の専門学校に3年間通ったとのことです。
専門学校を卒業後はコレクションブランドのプレス担当を務め、
2015年から五島市の地域おこし協力隊として福江島で暮らしています。
富江は、麻梨絵さんのご両親の出身地です。
麻梨絵さんは、あるときご両親の故郷である富江の人口減少と高齢化問題を目の当たりにし、
まちの未来に危機感を抱いたそうです。
そこで親族の所有している古民家を活用して〈te to ba〉を立ち上げました。
〈te to ba〉の1階は大阪から移住してきた看護師の平松愛希さんとともに
「食と健康」をテーマにしたカフェを展開し、
2階は麻梨絵さんが構想しているウェディング事業の事務所になる予定です。
これまで麻梨絵さんは地域おこし協力隊として
福江島でモノづくりをしている人たちが一堂に会した「ハンドメイドマーケット」や、
「ごとコレ」というファッションショーを企画・開催してきました。
島内で活動する若い職人さんや作家さんたちを巻き込んでイベントを成功させる
その行動力と実行力は、島中の人たちから信頼されています。
着物姿で自身の製作したアクセサリーを売る麻梨絵さん。過去に3回催されてきたハンドメイドマーケットは毎回大盛況。高齢者の多い福江島でありながら、会場はたくさんの若いお客さんで賑わいます。
〈te to ba〉と〈さんごさん〉は
ちょうど同じ時期に富江に発足した古民家改装プロジェクトです。
偶然か必然か、これも何かの縁なので、富江の持つポテンシャルを一緒に引き出して、
島の内側からも外側から注目される、おもしろいまちにしていきたいですね。
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さんごさんでは『さんごジン』という小冊子を製作し、
現在、Vol.1を刊行しています。
さんごさんを訪れた人に、建築や寄贈していただいた本をより楽しんでもらうため、
建築に隠された工夫と、人生の3冊というコンセプトについて紹介しました。
クラウドファンディングの返礼品として製作されたVol.1。さんごさんで閲覧することが可能です。
さんごジンのVol.2は、富江のガイドブックに使えるような内容にしたいと考えています。
あくまでさんごさんメンバーの主観で編集し、
さんごさんを訪れてくれた方々に対してとみえ商店街の楽しみ方や、
市販されているガイドブックには載っていないような富江の情報を提供できればと思います。
さらに、2期工事ではさんごさんのまだ改装していない部屋を改装して、
テイクアウト専門のコーヒースタンドをつくります。
宿泊施設との兼ね合いでさんごさんの中で飲食をすることはできませんが、
みなさんが気軽に立ち寄れる場所にしたいです。
お店の名前は正式に決定してはいませんが、さんごさんと同様に、
やはり富江がかつて珊瑚で栄えたまちにちなんで、
通称〈コーラル・コーヒー〉とメンバー間で呼んでいます。
発起人の大来優さんによるコーラル・コーヒーのロゴデザイン案。
さんごさんの前の通りは、天気が悪いとほとんど人が通りません。
ですので、ほかのメンバーは乗り気でも、実際に現地で管理をしてきて、
今後も運営に関わっていくことになるわたしは、
コーヒースタンドをオープンさせることに対して、最初はかなり消極的でしたし、
一時期は反対もしました。採算が取れないことは明白だと思ったからです。
しかし、どう考えても、さんごさんにコーヒー・スタンドがあったほうがおもしろくなるのです。
天気のいい日に、さんごさんの前でコーヒーを飲みながら世間話をする。
毎朝、さんごさんでコーヒー買ってから出勤する。
コーヒーを飲みながら富江をドライブして、海の写真とともにインスタグラムにアップする。
そういうシーンを想像するとワクワクします。
現実的に考えなければいけない問題はあるにしろ、
自分がワクワクする気持ちに嘘はつくのはもったいないですよね。
新しいことに挑戦できる機会があるのなら、やらない手はありません。
結局のところやってみないことには何も始まらないのですから、
実験的にオープンさせてみるのもいいか、と考えを改めました。
最初は2か月間という約束で館長になってみたら、早くも8か月が過ぎてしまいました。
東京と五島をいったりきたりしつつ、もう少し富江で暮らすことになりそうです。
前回の記事でも書いた通り、
わたし自身、島暮らしに対して憧れはまったくありませんでした。
そして富江というまちはもちろん、五島列島自体になんの縁もゆかりもありませんでした。
それでもなぜ東京へ戻らないかといえば、
ここにはおもしろいことや新しいことを始められるチャンスがあるからです。
さんごさんにしろ、コーラルコーヒーにしろ、東京で同じことをしようとすれば
何倍もの初期投資が必要です。たくさんのライバルがいます。
それがここでは、少し頑張るだけで自分たちのアイデアをかたちにしていくことができるのです。
最初は不安だった離島暮らしも、一歩踏み出してしまえば、
こうして文章を書かせていただく機会を得ることができたり、
コーヒースタンドをつくることになったり、
予想もしなかったようなおもしろい方向に話が転がっていきます。
さんごさんプロジェクトはあえてゴールを設定していません。
さんごさんは、自分たちがおもしろいと思えることを実験的に試していく場所です。
さんごさんの活動が地域の活性化につながればという気持ちもあるとはいえ、
わたしたちにできることは限られていますし、それをいちばんの目的にはしたくないのです。
ですが、そこに周囲の人たちが関わってくれることによって地域が元気になっていくのであれば、
やはりそれは理想的なことでもあります。
なんにせよ、富江という人にも自然にも恵まれた場所で、
さんごさんにはゆっくりと育っていってほしいと思います。
さんごさんが将来どうなっていくのか、プロジェクトメンバーでさえ想像できませんし、
コントロールできないところがあるのです。
それがさんごさんのおもしろいところでもあります。
まだまだこれからも、前述したような福江島やさんごさんがおもしろくなりそうなプランを
メンバー各自がそれぞれ進行させていますので、
近いうちに、この場でまたご報告させていただきたいと思っています。
まだまだ始まったばかりのさんごさんプロジェクト。
みなさまとまたお会いできる日を楽しみにしています!
富江にて、発起人の鳥巣智行さんと大来優さんとともに。「さ」Tシャツは¥3,000で販売中です。ご希望の方はメールでご連絡ください。
information
さんごさん
住所:長崎県五島市富江町富江280-4
facebook:http://www.facebook.com/sangosan/
Instagram:http://www.instagram.com/353sangosan/
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