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沖縄県・竹富島

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歴史はつくるもの。
夜の闇を照らす星のやの灯りがそれを物語っていた。

「星のや 竹富島」の総支配人、澤田裕一さんは、十五夜祭に一家で参加して、島人としてまた新しい一歩を踏み出した。仲筋集落の一員として着物に身を包み、腰縄をしめ、旗頭の組み立てに始まって、大綱引きにも加わり、ガーリを踊り、集落ごとの出し物では、夫婦で「福の神」から種子を授かった。島の人たちは、澤田さんや、ほかの星のやのスタッフたちが、これからどうやって島とかかわりながら島で過ごしていくのか、固唾をのんで見守っている。

島の人々が失った土地を完全に取り戻すまでには、まだ長い歳月が必要だ。「星のや 竹富島」がつくる未来が、その行く末を左右する。“ラグジュアリーな滞在型リゾートの運営”という方法で企業として利益を得ながら、島の暮らしに寄り添い、島に根づいた文化を共有し、さらに、島全体の幸せのために先頭に立って新しい歴史を築こうとしている。島の歴史上、前代未聞の離れ業をやってのけようとしているのだ。その勇気に心を動かされたという島人は多い。

開業から半年あまり。星のやの赤瓦屋根は、今はまだ真っさらで美しく、真新しい白砂の道と石垣は少しのくすみもなく、太陽の光を強烈に反射している。手入れの行き届いた植栽はどれも若々しく成長中で、枝は細く、まだまだ頼りない。これから先、5年、10年と海風にさらされて、四角い赤瓦の角がとれたようになり、石垣が黒ずんで目になじむようになり、木々がたくましく根を張ってどっしりと貫禄の出るころまで、星のやは島の人々と運命をともにすることになる。

先入観かもしれないが、大きな企業と小さな島の社会がお互いを尊重し、共存共栄していこうとするさまは、どうしても少しアンバランスな感じに見える。島人の関係性は、ひとりひとり、一対一が基本で、その連なりが家族、親族、集落、島全体へと広がっていくイメージ。しかし企業は普通、個人の単位では動いていない……ようにどうしても見える。

ただ、竹富島には、神と人とのつながりがある。神の前では、企業も個人もみんな人間だ。それを確認し合うための祭りが年に20回ほどもあり、これからもずっと繰り返されていく。台風の後の十五夜祭でみんながホッとして喜びを分かち合ったように、ひとつになれるチャンスはいくらだってあるはずだ。

毎年旧暦9月の庚寅(かのえとら)、辛卯(かのとう)の2日間を中心に、9日間かけて行われる種子取祭(タナドゥイ)は、島最大の祭り。祓い清めた土地に種を蒔き、五穀豊穣を願うこの祭りでは、約70にものぼる芸能が奉納される。公民館執行部、神司、踊る人、歌う人、太鼓をたたく人、三線を弾く人、供物の準備をする人、踊りの衣装を準備する人などなど、島人たちはそれぞれ自分の務めを果たすために、1〜2か月前から仕事そっちのけで準備に追われる。普段は島外で暮らす出身者たちも、この祭りのときばかりはこぞって島へ戻ってくるそうだ。星のやは、初めての種子取祭をどのように迎えたのだろうか。

* * *

竹富島の集落の夜は、それほど暗くない。白砂の道が月明かりを反射するからだ。しかし、集落を囲む道路から外側へ行くと、ワッサワッサと葉を揺する真っ黒な木々が影をつくり、足下がほとんど見えなくなる。

ある夜、思い立って夜のサイクリングに出かけた。西集落から東集落を抜けて、東岸のアイヤル浜の方向へ。星のやに立ち寄ってみようということになった。
星のやは、浜に出る道の途中で小路を入った先にある。昼間には何度も通ったことのある道なのに、間違っているように思えて不安になってくる。やはり何度か曲がり角を見落としたようで、行きつ戻りつ、なかなかたどり着かない。なぜかはるか遠くに客室の灯りがぽつぽつと見えたときは、キツネにつままれたような気分で恐くなった。こんな小さな島で迷子になるとは。

それでも、その灯りを頼りに、おそらく今はほとんど使われていないであろうひざ丈くらいもある草に覆われた小路などを、ハブが出ないかと大急ぎで走り抜けたりしながら、ようやく行き着いた星のやは、なんとも言えず穏やかで温かくて、やさしい光と空気に包まれていた。闇のなかにうっすらと浮かび上がった白く美しい石垣、重厚な赤瓦屋根、それを支える頑丈な柱、すべてが堂々として頼もしい。
外には魔物がいるのかもしれないが、石垣の内側ならば、あの家々の中ならば、きっと大丈夫だ。

「星のや 竹富島」という新しい集落は、もちろん宿泊施設だから本当の意味では集落ではない。でも、人が暮らしている3つの集落のように、ここにいれば安心だと思わせるものがちゃんとある。辺りは真っ暗闇だが、星のやは、たしかにここで歴史をつくっているのだ。そして、神はこの新しい集落もちゃんと守ってくれている。目に見えて証拠になるものは何もないが、そういう実感があった。

帰り道は、迷わなかった。真っ黒なジャングルは相変わらず不気味な音を立てていたが、道端に、八重山の陸棲ホタルの緑の光がぽつぽつと見える。それだけで、なんだかすごく安心できた。