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沖縄県・竹富島

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島と結ばれた人。
連なってきた結び目を、絶やすわけにはいかない。

富民芸館の工房にはずらりと織機が並んでいるが、残念ながらそこで織物をしている人の姿は少ない。「次の世代を育てていきたいと思うけれど、なかなか定着しないのよ」。島仲由美子さんの悩みはそんなに簡単には解決しないのかもしれない。原料植物から糸をつくり、染め、布を織るまでの全工程をひとりでこつこつと進めていく仕事は、団体日帰り観光客を迎えては見送る毎日を過ごす現代の島のライフスタイルとは、スピード感が明らかに違う。でも、一本の横糸を入れては受け止め、その道筋を正しながら織り進めていく姿をそばで見ていると、本来ここでは、こういう時間の流れの中で人が生きていたのだとはっきり分かる。それは、この土地の風土を礎に育まれてきたものだ。

島人の話を聞いていると、“島に呼ばれた”という表現がよく出てくる。「内地で仕事をしていたけど、島に呼ばれたから帰ってきた」という具合に。でも、島に呼ばれるのは島人ばかりではない。

結願祭の日、清明御嶽を訪ねると、夜籠りをする神司の由美子さんが、「あなたたちは島に呼ばれて来たんだから、神さまにもちゃんと自己紹介して、何のために来たのかお話ししてください」と言ってくれた。思い込みかもしれないが、あの一言によって、よそ者と島との間の道が一瞬にして開けた、ような気がした。もしかすると、人と土地を結びつけるきっかけはあのような瞬間に訪れるのではないだろうか。もちろん、開けた道はまっすぐ平坦ではないはずだが。

竹富島の神司は、世襲で受け継がれる場合と、啓示によって生まれる場合とがある。由美子さんは12年ほど前、神からのお告げを受け入れて神司になった。以来、神と人の間をつなぎ、竹富民芸館の館長として織物の未来を描き、目に見えるものも見えないものも、島にとって大切なことを伝達していく役目を担う。この島で受け取ったものを渡していくことの繰り返しで編まれてきた由美子さんの人生は、これからも絶対に島と切れることはない。

人と土地の結びつきは、自分の前に開けた道を自分の道と受け入れて進む覚悟と、そこから踏み出される一歩一歩の積み重ねとによって揺るぎないものになっていく。その道が昔からずっとある道の続きでも、まったく新しい道でも、それはおそらく同じことである。