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神奈川県横浜市寿町

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6 Attention Please! 寿町を絵が歩く!

寿町を歩く絵はとってもおしゃべりで、
絵に光が射すと、おじさんたちもパッと明るくなった。

んちゃんとスーさんの絵を完成させた後、
最後に仕上がった大きな絵は、
寿オルタナティブ・ネットワークの河本さんが
買ってくれることになった。
タイトルは『ハーモニーをみつけだすこと』。
2011年11月7日、その絵をドヤから河本さんが住む
マンションへ運ぶことになった。

ドヤを抜け出した絵が、まちを歩き出す。

「ドヤの部屋の小さな空間では、
ものすごく大きくて威圧感たっぷりだった絵が、
外に出たら、なんだか後ろの風景にすっかりなじんで見えた。
私が歩いてるんじゃなくて、絵が歩いてる。
これは面白いと思って、スーさんにも
“絵のパレードがやりたい!”と言ったら、
“よっしゃ、やろう!”ってノッてくれたんだよ」

美術館やギャラリーだと、そこへ行かなければ絵は見られない。
でも、寿町で絵のパレードをすれば、
みんなはビールでも飲みながら好きなところに座っていて、
その前を絵が通っていく。
自分の絵だけでなく、いろいろなアーティストの絵があれば、
さらに面白いに決まっている。

キャンバスに描いた絵は、
ポスターのように平面的ではない「物」に見えて、
陽の光をギーンと浴びたときと、
ビルの影に吸い込まれていったときとでは、
まったく別の表情を見せるから不思議。
ユサユサ揺られて運ばれているのを見ていると、
何やら軽快な音楽が聞こえてくるようだった。

角の飲み屋で飲んでたおじさんたちが
「なにしてんだ~」と寄ってくる。
「これあんたが描いたんか?」「いい絵だなあ~」
「がんばれよ~」とにこにこしている。
「ここをどこだと思ってんだよ」と怒り出すおじさんも。
そうかと思えば、どこからともなく現れて、
運ぶのを手伝ってくれるおじさんもいる。
寿町のおじさんたちは、アートに対しても、
人に対するのと同じように無視しない。
けなしたりからかったりはしても、存在を無視はしない。
ちゃんと見て、「面白い」とか「わかんねえな」とか、
「いいね」とか「つまんない」とか正直に反応する。
アーティストにとっては、伝わったのか伝わらなかったのか、
一目瞭然だ。

「次にやりたいこともできたし、これからも寿には関わっていくよ。
伝えたいって思うから、見せなきゃ伝わらないし、
知らなきゃ伝えられないし。でも結局、
隣に住むおじさんの名前も知らない。
50日住んでも知らないことだらけ。
知らないから知りたい。やっぱり知り続けていきたい。
絵でしかできないけど」

幸田千依は、寿町から絵を放つ。たぶん、ずっと。