神奈川県横浜市寿町
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寿町を歩く絵はとってもおしゃべりで、
絵に光が射すと、おじさんたちもパッと明るくなった。
しんちゃんとスーさんの絵を完成させた後、
最後に仕上がった大きな絵は、
寿オルタナティブ・ネットワークの河本さんが
買ってくれることになった。
タイトルは『ハーモニーをみつけだすこと』。
2011年11月7日、その絵をドヤから河本さんが住む
マンションへ運ぶことになった。
ドヤを抜け出した絵が、まちを歩き出す。
「ドヤの部屋の小さな空間では、
ものすごく大きくて威圧感たっぷりだった絵が、
外に出たら、なんだか後ろの風景にすっかりなじんで見えた。
私が歩いてるんじゃなくて、絵が歩いてる。
これは面白いと思って、スーさんにも
“絵のパレードがやりたい!”と言ったら、
“よっしゃ、やろう!”ってノッてくれたんだよ」
美術館やギャラリーだと、そこへ行かなければ絵は見られない。
でも、寿町で絵のパレードをすれば、
みんなはビールでも飲みながら好きなところに座っていて、
その前を絵が通っていく。
自分の絵だけでなく、いろいろなアーティストの絵があれば、
さらに面白いに決まっている。
キャンバスに描いた絵は、
ポスターのように平面的ではない「物」に見えて、
陽の光をギーンと浴びたときと、
ビルの影に吸い込まれていったときとでは、
まったく別の表情を見せるから不思議。
ユサユサ揺られて運ばれているのを見ていると、
何やら軽快な音楽が聞こえてくるようだった。
角の飲み屋で飲んでたおじさんたちが
「なにしてんだ~」と寄ってくる。
「これあんたが描いたんか?」「いい絵だなあ~」
「がんばれよ~」とにこにこしている。
「ここをどこだと思ってんだよ」と怒り出すおじさんも。
そうかと思えば、どこからともなく現れて、
運ぶのを手伝ってくれるおじさんもいる。
寿町のおじさんたちは、アートに対しても、
人に対するのと同じように無視しない。
けなしたりからかったりはしても、存在を無視はしない。
ちゃんと見て、「面白い」とか「わかんねえな」とか、
「いいね」とか「つまんない」とか正直に反応する。
アーティストにとっては、伝わったのか伝わらなかったのか、
一目瞭然だ。
「次にやりたいこともできたし、これからも寿には関わっていくよ。
伝えたいって思うから、見せなきゃ伝わらないし、
知らなきゃ伝えられないし。でも結局、
隣に住むおじさんの名前も知らない。
50日住んでも知らないことだらけ。
知らないから知りたい。やっぱり知り続けていきたい。
絵でしかできないけど」
幸田千依は、寿町から絵を放つ。たぶん、ずっと。