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花火に魅せられた移住者も。
〈響屋大曲煙火〉で働く、
大曲花火を支える人々

Local Action
vol.121

posted:2018.1.25  from:秋田県大仙市  genre:暮らしと移住

sponsored by 秋田県

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

photographer profile

Tada

ただ

写真家。池田晶紀が主宰する写真事務所〈ゆかい〉に所属。神奈川県横須賀市出身。典型的な郊外居住者として、基地のまちの潮風を浴びてすこやかに育つ。最近は自宅にサウナをつくるべく、DIYに奮闘中。いて座のA型。
http://yukaistudio.com/

毎月花火が打ち上がるまち

大曲といえば花火。花火といえば大曲。
秋田県大仙市の大曲は、それくらい花火で有名な土地だ。
夏の夜空を彩るイメージのある花火だが、大仙市では、
最も有名な8月の全国花火競技大会を筆頭に、毎月どこかで花火が上がっている。

写真提供:大仙市

「花火を打ち上げる会社は全国に400弱あるのですが、
そのうち製造も行っているのは150社くらい。
しかも家族など少人数でやっているところがほとんどなので、
花火をつくる仕事をしたいと思っても、
就職先がなかなか見つからないのが現状だと思います」

こう話すのは、〈響屋大曲煙火〉(以下、響屋)の代表を務める齋藤健太郎さん。
響屋が創業したのは1894年(明治27年)。
全国花火競技大会の前身「第1回奥羽六県煙火共進会」が開催されたのが
1910年(明治43年)だから、かなり歴史のある会社といえる。

響屋の周辺に広がるのどかな田園風景。火薬を取り扱っているため、花火工場は通常、人里離れたところにある。

「実家は代々花火屋で、私は狼煙という信号用花火を専門に製造する会社として、
平成19年に独立しているんです。
その後、花火大会で使われる割物花火も徐々に製造するようになって、
昨年からは実家の会社と歴史も含めて統合して、いまは25名のスタッフでやっています」

響屋大曲煙火株式会社の代表・齋藤健太郎さん。

響屋は花火の製造から打ち上げまですべて行っている。
しかも製造工場としては比較的規模が大きいため、大曲の知名度と相まって、
日本全国から就職希望の問い合わせが来るのだとか。
しかしながら華やかなイメージとは打って変わって、
花火の製造は率直に言うと地味で根気のいる作業。
しかも火薬を扱っているため、気を抜くことができない。

「尺玉といわれる、直径30センチの10号玉をゼロからつくると約1か月、
ものによっては2か月くらいかかります。
工程の途中で何度も乾燥させるので、どうしても時間がかかってしまうんです」

乾燥室の温度は40度を超えていて、夏場はここにいるだけでダイエットになるのだとか。

何度も何度も乾燥の工程を重ね、玉が大きくなっていく。

製造工程は、火薬の配合作業、造粒作業、
仕込み作業、仕上げ作業の大きく4つに分けられる。
配合作業はさまざまな薬品を混ぜ合わせて、色を出す火薬や
音を出す火薬をつくるのだが、その比率は企業秘密。

「僕らから見ると、上がった花火の色でどこの花火屋さんがつくったのか、
すぐにわかるんです。だから火薬の配合比率は昔から門外不出で、
信用できる人にだけ任せられる作業なのです」

「星」と呼ばれる火薬の玉をミキサーで転がしながら、アメ玉大になるくらいまで大きくしていく造粒作業。

作業は基本的に分業制で、ひと通り仕事ができるようになるには、
10年くらいかかるそう。

「10年経ったら一人前になれるわけではなく、やめるまでが修業。
自分で一人前だと認めたら、そこでストップしてしまうので、
誰も一人前になったとは思っていないでしょうね」

齋藤さんでさえ、それなりに満足のいく花火は、1年に1、2発上がるかどうか。
なかなか満足できないのは、工芸品などと違って
形に残らないことも関係しているようだ。

「写真や映像では残せるけど、1、2か月かけてつくったものが
5、6秒で消えてしまう。だからうまく上がったときのイメージを思い浮かべ、
いつもそれを越えたいと考えています。
夜空にそのまま残っていてくれたらいいんですけどね(笑)」

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大曲花火に惹かれて移住した女性花火師

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いつか大曲の花火を地元で打ち上げたい

10~60代まで幅広い世代がそろいつつ、若い人が多くて活気のある響屋。
宮崎県出身の佐々木美怜さんは、花火師を目指して大曲に移住してきた。

「大曲ほど大きくはないけれども、地元の花火大会が好きだったんです。
綾町というところで、山に囲まれているからものすごい迫力で。
18歳くらいのとき、花火師になりたいと考えたのですが、
ほかにもいろんなことに興味があって、そのときは資料を集めただけで
終わっていました。30歳のときにたまたまその資料が出てきて、
これだ!  と思って。いつか大曲の花火を地元で上げるのが夢ですね」

「こっちの人は本当に世話好きで、つい甘えちゃうんです。夏の忙しい時期はほぼ毎日、社長のお母さんがつくってくれたお弁当をいただいてました」と佐々木さん。

現在は仕上げ作業を担当しているのだが、女性では珍しく花火大会の現場に同行して、
男性たちとともに汗水流して打ち上げに従事している。

「花火大会の現場に行きたくて、この仕事をやっているようなものですから。
出産を控えていて春に職場復帰する予定なのですが、昨年は現場に行けなかった分、
今年の夏はなんとかして行こうといまから考えています。
ここの女性たちはみんな子どもがいるので、心強いです」

星をお椀型の容れ物に並べていく、仕込み作業。一見簡単そうだが、これによって花火の“デザイン”が決まるので高度な技術を要する。

これがピンク色の桜の花びらのように、夜空に舞う。

尺玉やスターマインくらいなら、大抵の人は知っているだろうが、
最近の花火はかなり進化しており、響屋では、
片側からグラデーションで色が変化するようなものや、
比重の違いでいくつも層ができるカクテル「プース・カフェ・スタイル」を
イメージしたものなど、最先端の花火に力を入れている。

佐々木さんにとっても、いろんな可能性があることは
響屋で働く大きな魅力になっているようだ。

「こんな花火をつくりたいと思ったら、みんなで話し合いをして、
OKが出れば比較的容易に試験打ちができるんです。
新しいものを生み出しやすい環境なので、これからが楽しみですね。
私はわびさびを感じられる古い花火も好きなので、斬新なアイデアと重なることで
おもしろい花火ができればいいなと思っています」

星を飛ばすための「割り薬」。お米の籾殻に火薬をかけているところは秋田流!?

製造工程を説明してくれた今野祥さんは、秋田県仙北市田沢湖出身。仕込み作業を担当していて、打ち上げの演出も手がけている。「いつか予算度外視で、花火を打ってみたい」とぽつり。花火師にとっての永遠の夢なのだとか。

花火をつくる工程は基本的に手仕事だが、
音楽の編集を含めた打ち上げの演出はデジタル作業。
コンピューターでプログラミングしてシミュレーションしていく。

伝統を大事に守りながら、見たことのないような花火を日々つくっていくため、
響屋ではチームワークを最も大事にしている。

演出のシミュレーションはコンピューターで。「専用のソフトもあるけれども、最終的には音楽を流しながら頭の中でイメージします」と今野さん。

齋藤さんは、こう話す。

「気づいたことを全員が話しやすくする環境づくりのため、
朝礼は欠かさず実施していますし、新しいアイデアや、
来シーズン打ち上げる花火のイメージなどに関する意見交換は頻繁に行っています。
自分の好きな花火をひとりでつくることはできないので」

職人の世界だけに、上下関係が厳しいだろうと勝手に想像していたが、
こうした社風は齋藤さんの思いがあるからこそ実現しているようだ。

「小さい頃から親の仕事を見てきて、花火はこういうものだと
無意識に決めつけていることが、意外とあるんですよね。
花火のことをまだよくわかっていない人のほうが、
僕らが思いつかないようなアイデアを出せるし、
言われた通りにつくるのと、自分から積極的に関わってつくるのでは、
モチベーションが全然違いますから」(齋藤さん)

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奄美から雪国へ一家で移住

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まちの伝統であり、一大産業に携われる喜び

総務・経理を担当している隈元信義さんは、奄美大島出身。
大曲出身の奥さんと奄美で出会い、子どもと3人で移住してきた。

「秋田で子育てをしたいなあと思い、僕のほうが言い出したんです」

奄美で暮らしていた頃、奥さんの実家に遊びに来るたびに、
家族の仲の良さが隈元さんには新鮮に映ったそう。

「僕なりの考えですけど、雪国だから家の中で生活する時間が自然と長くなって、
関係が密になるような気がするんです。僕は時間があったら海に遊びに行ったりして、
何かと外へ出ていくような環境で育ったので。
自分の家庭を持って、子どもとの時間を大事にしたいと思うようになると、
秋田の暮らしがとても魅力的に映ったんですよね。
嫁は何もないよって言うんですけど、島で生まれ育った自分としては、
週末にちょっと他県に遊びに行けるなんて、楽しくてしょうがないです(笑)」

隈元さんの前職は税理士。担当だった響屋の齋藤さんの人柄に惚れ込んで、入社した。

そんな理由で移住したからか、地元の人にとって悩ましい存在といえる雪も、
隈元さんは大歓迎のようだ。

「スノーダンプに憧れて、置き場所もないのに買ってしまいました。
隣に住んでいるおばあちゃんとも、毎朝の雪かきがきっかけで仲良くなりましたし。
僕の車が鹿児島ナンバーだから、何者かと思ったみたいです(笑)」

「私も宮崎ナンバーだから『遠くから来たね』と話しかけられたのがきっかけで、
お隣さんと仲良くなりました。慣れていないだろうからと、
何も言わずに雪かきをしてくれたりして」(佐々木さん)

お椀をふたつ組み合わせて球体にして、クラフト紙を何層も貼りつけていく仕上げ作業。表面に圧をかけることで、打ち上げ時の力にも耐えて、上空できれいに開く花火ができあがる。

普段はデスクワークの隈元さんも、夏の繁忙期は現場に行って、
真下から花火を見上げるという感動を昨年初めて体験した。

「僕は花火師ではないけれど、せっかく大曲に住んでいるのだから、
まちが力を入れていることに関われたらいいなと思って、
響屋に入社させてもらったんです。
一昨年の夏は客席側からペンライトを振っていたけど、
1年経ったら発煙筒の側ですからね(笑)。夢みたいですよ」(隈元さん)

「あの瞬間は、ほんとに最高!」(佐々木さん)

どんな仕事にも大変な部分は必ずあるが、何ものにも代えがたい感動があるから
続けていけるものかもしれない。代表の齋藤さんの言葉が印象的だった。

「僕もいまとなっては同じことをしていますけど、小さい頃、
両親に夏場に海へ連れて行ってもらったことが一度もありませんでした。
だけど両親のつくった花火を見て、大勢の人が涙を流して感動していて、
花火師っていい仕事なんだなと思ったんです」(齋藤さん)

齋藤さんの息子が社員のためにつくった花火。ただし中身は空。

「花火」をキーワードに、全国から人が集まってくる大曲。
このまちには、いろいろな人の夢と希望が詰まっている。

響屋大曲煙火も出展するトークイベントが、2018年2月に東京で開催されます。
実際に秋田で暮らし、働く人たちに会える貴重な機会をお見逃しなく!

information

秋田くらし×しごとTalk vol.2

日時:2018年2月25日(日)13:00~

会場:東京・渋谷ヒカリエ 8F 8/COURT(東京都渋谷区渋谷2-21-1)

秋田で「くらし」と「しごと」を楽しんでいる人や企業と出会えるトークイベントが開催されます。

響屋大曲煙火ほか、地元企業のブースが出展。詳細はこちら

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