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連載

〈ショコラティエ
オウ・ルージュ〉
静岡のショコラティエが挑む、
伊豆でのカカオ栽培

Local Action
vol.053

posted:2015.2.12  from:静岡県駿東郡長泉町  genre:ものづくり / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer's profile

Rieko Nagai

永井理恵子

ながい・りえこ●15年の東京暮らしの末、2007年、生まれ育った静岡県御殿場市に拠点を移す。食いしん坊で呑んべえ故、食べること・働くこと・住まうことをテーマに活動中。

生まれ育った伊豆で、カカオを栽培したい

熱帯植物であるカカオを、亜熱帯気候の沖縄でも小笠原諸島でもない、
日本の本州での商業栽培に挑戦しようとしているショコラティエがいる。
その人の名は、足立晃一さん。
東海道新幹線の三島駅にほど近い、静岡県駿東郡長泉町にある
ショコラブティック「オウ・ルージュ」のオーナー・ショコラティエだ。

足立さんは、小説「伊豆の踊子」やヒット曲「天城越え」で知られる
旧天城湯ヶ島町(現在の伊豆市湯ヶ島)の出身。
和菓子店に生まれた足立さんが、パティシエを志し静岡県内のパティスリーで修行に入ったのは、
その理由が思いつかないほど、ごく当たり前のことだった。
その後、駿東郡長泉町にある美術館や文学館、レストランからなる複合施設「クレマチスの丘」の
シェフ・パティシエを経てショコラティエとして独立。
その理由を尋ねると、
「誰をも魅了し、誰をも幸せにするスイーツは、ショコラしかないでしょう」
と、まるで子どもみたいな満面の笑顔で答える。
天真爛漫な人柄と屈託のない笑顔、そして何より足立さんのつくるショコラに惹かれ、
県内のほか、東京や名古屋からも多くのお客さまが来店する。

ブティックに足を踏み入れて最初に感じるのは、ふわりとしたチョコレートの香り。
ショコラを買いに行ったり、取材のためお邪魔したり。
そんなとき、足立さんが厨房へ入っていく機会を見計らって、
大きく、だけれどそっと、深呼吸を1回。
甘く、ほろ苦いショコラの香りを、体のなかにたっぷりと取り入れる。
はあ、幸せ。

足立さんのショコラは表面の“ポッチ”が目印。その数で、どの国のカカオで作られたショコラか判別できる。

ショーケースのなかには、原産地指定のカカオの個性を
シンプルに引き出したボンボン・オー・ショコラが並ぶ。

オランジェやナッツを使ったチョコレートも。

おすすめは、もちろん、原産地指定のボンボン・オー・ショコラ!
ガーナ産のカカオはまるでバニラのような甘さがあり、
ベネズエラ産のカカオは力強く男性的な味わい。
同じ「カカオ」なのに、生産国が違うだけでこれほどまでに味が異なるとは!
日本産のカカオでつくったら、一体どんな味がするのだろう……。

足立さんが今取り組んでいるのは、国内でのカカオ栽培の実現化に向けた活動だ。
「伊豆の温泉を利用して国産カカオを栽培」プロジェクトは、
2014年1月、経済産業省中小企業庁委託事業であるミラサポが主催する
第1回グッド・ビジネス・アワードの、食「ごはん」ビジネスの部門賞を受賞。
注目を集めるようになった。

店内には、第1回グッド・ビジネス・アワード部門賞受賞の盾が飾られている。

カカオノキは、赤道の南北緯度20度以内で年間の平均気温が27℃以上という、
高温多湿な地域でなければ栽培できない。
主な産地は、西アフリカ、東南アジア、中南米だ。

コートジボワール、インドネシア、ガーナ、ナイジェリア、カメルーンなど、
主要産地の国々の名前から思い浮かぶのは、太陽の強い日差しと、熱帯特有の濃厚で熱い空気。
四季があり、冬は寒くて雪も降る日本の本州でどうやって栽培するのか……
その謎を解く鍵は「伊豆」の地中、奥深くにあった。

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再生可能エネルギーで温室を維持

ここは、伊豆半島のとある熱帯植物園。
ハウスのなかに一歩足を踏み入れれば、ぬるりとした空気が皮膚にまとわりつく。
そして、カメラのレンズもメガネも真っ白!
ハウスの中はまさしく熱帯雨林気候。
冬はもちろん、外気温が30度を越す真夏でも暑い!

温室でたわわに実るバナナ。このほか、バニラビーンズやアラビアコーヒーノキ、ミラクルフルーツ、コショウなど、さまざまな南国の果実を見ることができる。

ハイビスカスのほかベニノキ、プルメリアなど、南国の花が美しい。

伊豆半島には、温泉の熱を利用した熱帯植物園がいくつかある。
ハウス内を高い温度に保つのに使われているのは、
ハウスのなかにあるパイプを通るアツアツの温泉の源泉だ。

温泉は、地球内部の熱源を由来とする再生可能エネルギーのひとつ。
鳴子温泉では昔から冬場の暖房に使っているし、
地中からシュー! と勢いよく吹き出す温泉を使って
野菜を蒸したり卵を茹でたりする「地獄蒸し」を実践する温泉地も数多い。
神奈川県の箱根にある大涌谷の名物「黒たまご」は、
80度もある温泉の池で茹でたあと、
温泉の蒸気がもうもうと湧き上がる蒸し釜で蒸してつくる。
直接利用が可能な地熱は、省エネ効果がとても高い再生可能エネルギーといえる。

今、多くの農家がハウス内を温めているのに使っているのは重油や灯油だ。
ひとつのハウスを1か月維持するのにかかる燃料代は
100万円とも200万円ともいわれている。
実は、湯水のように湧く熱々の源泉は、その大半が使われずに捨てられている。
捨てるのなら活用したらどうか。
そうしたら、重油も電気も使わずにハウス内を暖かく保つことできる。
このアイディアがこのプロジェクトの出発点だ。

伊豆で温泉の熱を使ってカカオノキを育てて、実った果実を足立さんが買い取る。
実のなかからカカオ豆を取り出したら発酵〜焙煎までを手がけ、ショコラに仕立てる。
これが、足立さんの考えた国産カカオ栽培プロジェクトだ。
コストをかけずに維持できる温室でカカオを栽培できれば、伊豆の新たな産業になる。
生まれ育った大好きな伊豆の役に立てるかもしれない。そんな気持ちもあった。

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実は、チョコレートは発酵食品

カカオの実のなかにあるカカオ豆。チョコレートをつくるためには、
まず、このカカオ豆を発酵させなければならない。
あまり知られていないかもしれないが、実は、チョコレートは発酵食品である。
チョコレートのおいしさ、特に苦味と香りは、カカオノキの品種、土と水と気温、
そしてカカオ豆の発酵加減に大きく左右されるという。

完熟のカカオの実を割ると、なかにはカカオ豆がぎっしり。これを発酵させる。

生産国では、カカオ豆をバナナの葉でくるんだり、
バナナの葉を敷いたカゴのなかに入れたりして発酵させる。
共通点は、人の手で、熱帯の高い気温のなかで加熱せずに発酵が進められているということだ。
味の決め手となる発酵を、気温の低い日本で安定してできる方法はないものか。
たくさんの論文を入手し調べたが、
どうやらカカオの発酵からショコラづくりまで日本国内で一貫して手がけた前例はないようだ。

カカオ農園をつくるためには、温泉源を使用するための温泉権と、
その源泉の近くに広大な農業用地が必要だ。
平行して、カカオ豆を発酵させる方法も考えなくてはいけない。

読んだ論文はすべてファイリング。ヒントを求めて再読することも。

こうして、入手した論文を手当たり次第に読み漁りながら、
「カカオ」をキーワードにネット検索をする日々が始まった。
ほどなくして、国内にある熱帯植物園の多くにカカオノキが実在することが判明。
さまざまな植物園に電話をかけて確認すると、どのカカオノキも鑑賞用のため、
かなりの量の農薬を使用しており、食用にはできないとの返事が返ってくるばかり。
前に進まない日々が続く。

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純国産ショコラ第1号は、たったの“1粒”

そんなときに出会ったのが、静岡県西部にある植物園だ。
交渉したところ、快くカカオの実を提供してくれることになった。
とはいえ、この植物園でも他の植物園同様、栽培に農薬を散布していたいう。
そこで、念のため、専門機関に農薬検査を依頼。その結果は、農薬の検出なし。
ほっと一安心。早速、カカオ豆を発酵させ焙煎し、ショコラをつくった。

2014年2月、初めての「純国産ボンボン・オー・ショコラ」ができあがった。
できたのは、たった1粒。
残念なことに、味は、クーベルチュールチョコレートからつくるものとは大違いだった。
特に、発酵や焙煎に課題が残る結果に。

温泉の熱を利用した植物園でカカオを収穫

その後、伊豆にあるとある植物園に、無農薬で育てられているカカオノキがあることが判明。
しかもそこでは、ハウス内に設置されたパイプのなかに温泉を通し、
温泉の熱を利用して熱帯植物を栽培しているという。
早速見学に出かけると、そこには、思い描いていたものがカタチとなって存在していた。

2014年4月、カカオの実を提供してもらい、
カカオ9玉から565gのカカオ豆を取り出すことに成功。
発酵を終えた豆を乾燥させ、焙煎し、微粒子化。ショコラの原料となるチョコレートができあがったのだ。

そのチョコレートがこちら。一部を冷凍保存してある。

ブティックの2階に小さなハウスを設置。カカオ豆から発芽させた苗を栽培している。

カカオの苗の中央から伸びる新芽がかわいらしい。

小さなハウスながら、温度も湿度も熱帯並みの高温多湿に維持している。

そして2014年11月。
伊豆の植物園にあるカカオノキから、再びカカオの実を収穫した。

成熟した実がなっている木に、カカオの花が咲き、小さくてかわいらしいカカオの実がなる。
カカオノキは、そのすべてが同時進行だ。
春に花が咲き、実をつけ大きく育ち、成熟する。
季節の移ろいとともに成長していく日本の果実との違いに驚かされる。

小さくかわいらしいカカオの花。どれもすべて、下を向いて咲く。

小指の爪ほどの大きさのカカオの花は、年間を通じて数千もの花が咲く。
おしべとめしべの間に小さな虫が入り込んで受粉すると実がなり、成熟する。

枝や幹のなんでもないところから実がなる姿がユーモラス。

また、カカオの花は幹や枝から直接咲き、同じように実も幹や枝に直接実る。
幹生花あるいは幹生実と呼ばれており、
果物の王様ドリアンや世界最大の果実パラミツも、これと同じに実る。
カカオノキとは種類が違うのに、だ。熱帯の植物は、案外アバウトなものらしい。

さて。写真のカカオのような赤褐色はまだ若い実。
熟すにつれ、緑色、黄色と変化していくのだ。

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3度目の純国産ショコラづくりにチャレンジ

11月27日、収穫したカカオの実5個から、カカオ豆を取り出した。

完熟したカカオの実。丸みを帯びたものと、後ろが尖ったものの2種類があった。

後ろが尖ったカカオの実を選って包丁を入れる。

カカオの実はとても硬くて、まるでカボチャを切るように包丁を入れないと割れない。

カカオ豆の大きさは、柿の種子くらい。厚みは倍くらい。

硬い皮に覆われているカカオのなかからカカオ豆を取り出す。
豆を覆う白いものは、カカオパルプと呼ばれるもの。
発酵はカカオパルプから始まるので、カカオの発酵に欠かせない存在。
洗ったりなどせず、そのまま発酵させていく。

この日包丁を入れたカカオの実は全部で5つ。

カカオノキの品種を見分けるため、カカオ豆の種の断面をチェックする。

カカオノキには、クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種と3つの品種がある。
クリオロ種の生産量は少なく、稀少。種の断面が白いのが特徴だ。
トリニタリオ種は、クリオロ種とフォラステロ種を交配したハイブリッド種。主にブレンド用に使われる。
この種の断面は紫色なので、どうやらフォラステロ種のよう。
これは、世界中のカカオ生産量の8割を占める品種だ。

この日取り出したカカオ豆は全部で201g。

カカオ豆を手でほぐす。カカオ豆を繋いでいるのは、太い繊維のようなもの。

湯煎して温めて、活動を活発にした酵母を加える。

生産国では微生物の働きにより発酵が進んでいくが、ここは日本。
気温や土壌などの環境が大きく異なるため、発酵を促すために、酵母を使用する。

ほぐしたカカオ豆に酵母を静かに注ぎ、混ぜる。11月27日撮影。

酵母を加えてから18日後。変化しているのがわかる。12月15日撮影。

写真を見比べて、酵母の力が作用して発酵が進み、
カカオパルプが変化したのがわかるだろうか?
そして、2014年12月15日現在もなお、酵母を加えて発酵を促している。
幻とも言われた純国産のチョコレートがみなさんの手元に届く日も
そう遠い将来のことではないのかもしれない。

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ショコラティエ オウ・ルージュ

住所:静岡県駿東郡長泉町中土狩874-1

TEL:055-950-9898

http://rouge5934649.wixsite.com/eaurouge

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