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連載

原料から育てる五箇山和紙とのコラボレーション 前編

NANTO CITY × REBIRTH PROJECT
vol.002

posted:2014.4.12  from:富山県南砺市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  世界遺産もあり伝統工芸も盛んな富山県南砺市と、
リバース・プロジェクトが組んだプロダクトの共同開発やエコビレッジ構想が始まった。
地域にまたひとつ新しい種がまかれる、その実践をレポート。

text&photograph

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

加賀藩に献上していた五箇山和紙の伝統技術。

リバース・プロジェクトと富山県南砺市の取り組みとして、
和紙を生かした、新しいプロダクトを生み出している。

五箇山で和紙の生産がいつから始まったのかは定かではないが、
江戸時代初期に加賀藩に献上されていたという記録が残っている。
伝統的な紙すき技法を守り、現在まで脈々と受け継がれてきたが、やはり後継者不足は深刻。
一時は五箇山に1500軒以上あった紙すき業者も、現在ではたった3軒になってしまった。

「うちの『悠久紙』は文化財の修復に使われています。
少なくとも500年もつ耐久性があることが原則です」と話すのは、
東中江和紙加工生産組合の組合長、宮本友信さん。
桂離宮や名古屋城などの修復に使われているという。

五箇山和紙は楮(こうぞ)という木が原料。
その楮100%の「悠久紙」は、光が当たるほどに白くなる。
家庭の障子に使ったならば何十年も張り替えなくてよいくらいだ。
染料や色を白くする薬品などは一切使用しない。
紙を白くするには”雪さらし”という手法を用いる。雪国ならではの知恵だ。

通常のパルプ入りの紙でも、直した当初は一見わからないが、
時間とともに黄ばんでくるので文化財の修復には使えない。

雪の上に1週間ほどさらすと色素が抜け、自然の漂白効果がある。また、繊維が緊密にもなる。

トロロアオイの根をつぶした粘性のある汁が和紙のつなぎとなる。

手間のかかる作業をあえて行う。

五箇山和紙の特徴としては、原料の楮を自分たちで育てていることだ。
ほかの産地では原料から育てているところは少ない。
「原料をほかから買うのなら、わたしは和紙づくりをしません」と宮本さんはいう。
もちろん手間はかかるのだが、
”よい原料があってこそ、よい紙ができる”という原理原則にこだわることに意味がある。

さらに、楮の皮を煮沸してアク抜きをする際、
苛性ソーダで煮れば、楮の皮からちりを取る作業もラクになるのだが、
繊維が弱くなるので、宮本さんはソーダ灰で煮ている。
だから手作業でちりを取る作業も発生する。

皮の1本1本から、ちりやゴミを手で取り除く”ちり取り”という作業。大ベテランです。

原料から育て、化学的な薬品には一切頼らない。
そんな手間がかかる五箇山和紙だが、
最近では学生のインターンシップを積極的に受け入れ始めた。
長くて数か月、住み込みで和紙づくりを手伝う。
これらの体験を通して伝統技術を次代に引き継いでいければいいが、
そう簡単に、和紙づくりを生業にする若者が出てくるわけでもない。
しかし少しでも五箇山和紙の素晴らしさを伝えていきたいという思い。

宮本さんの家に残っていた、
先代が使っていたという帳簿をいくつか見せてもらった。
楮100%でつくられた手すき和紙を綴じた帳簿は、
”大正”と明記してあるので約100年前のものだ。
紙自体ボロボロになることなく、きっちりと形状を留めているし、文字も薄くなっていない。

デジタルの記憶媒体が100年後にどうなっているかわからないが、
少なくとも五箇山和紙は100年以上もつことが、まさに形として実証されている。

重要なことは紙に残しておきたい気持ちになってくる。
これだけの手間ひまをかけているからこそ、悠久なる和紙となるのだろう。

後編では実際にリバース・プロジェクトとコラボした商品を紹介する。

宮本さんのお父さんが村の収入役だったことで残っていた帳簿類。十分に白さを保っている。

information

東中江和紙加工生産組合

住所 富山県南砺市東中江582
TEL 0763-66-2420
http://www1.tst.ne.jp/yukyushi/

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