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連載

明治神宮 いのちの森
Part1 “森の番人”と明治神宮100年の杜を歩く。

KAI presents EARTH RADIO
vol.001 StoryA-01

posted:2012.5.11  from:東京都渋谷区代々木神園町  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  俳優・伊勢谷友介さんと放送作家・谷崎テトラさんが、
“未来を作る日本の現場”を求めて、さまざまな土地を巡ります。
コロカルでは、この「EARTH RADIO」を“読む”ための、連動連載をお届けします。

editor's profile

Tomohiro Okusa
大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:Suzu(fresco)

100年続く杜。それは人の手でつくられた杜だった。

今までinterFMで放送されていたプログラム「KAI presents EARTH RADIO」。
今期から始まる3rdシーズンはWebラジオとして生まれ変わる。
よりリアルな現地の声や鼓動を伝えるため、積極的に外に飛び出していくことになった。
そこでコロカルとの連動企画がスタート。
Webラジオで聴く、コロカルで読む。
多角的なアプローチで、“日本の未来をつくる現場”について、理解を深めていきたい。

パーソナリティの伊勢谷友介さんと谷崎テトラさんが、
3rdシーズン第1回目の放送として訪れたのは、
意外にも身近な場所、
自分たちの拠点である東京・原宿の明治神宮。
都心に突然あらわれる緑豊かな自然。
この場所には、約100年近く前、未来を指向した物語があった。
明治神宮の“森の番人”こと沖沢幸二さんに、その明治神宮の自然を案内していただき、
先人たちからいまに続く営みについて伺った。

原宿駅裏の鳥居で一礼する沖沢さんに続く。
参道の真ん中は神様が通る道なので、すこし避けて左側を歩くそう。
まずは足もとから聞こえる玉砂利の気持ちいいリズムをBGMに、
この“森”が“杜”であることの説明を受けた。

「明治天皇をまつる明治神宮が創建されたのは1920年(大正9年)。
当時、このあたりは森も、樹木もない土地でした。
しかしお宮には、神様が住まう森、鎮守の森が必要です。
その神様をまつる森を“杜”といいます。
そこでまったく何もないところに“杜”をつくりあげるプロジェクトが始まりました」(沖沢)

参道をしばらく歩くと落葉広葉樹が増えてすこし明るい雰囲気になるのが、下に小川があるこの橋。水源は、清正井(きよまさのいど)。

今や東京でも有数のマイナスイオンスポットである明治神宮の豊かな杜は、
人工的につくり上げられた杜だった。
90年ほど前に全国から10万本にも及ぶ献木が寄せられたのだ。
当時、つくろうとしていた森の姿は、代々木という場所柄を考慮したものだった。

「他の神社だと、杉や檜などの針葉樹を植えることが多いですが、
この場所は関東ローム層といって乾燥した土地です。
杉や檜は湿潤な場所じゃないと育ちません。
また、当時の山手線は蒸気機関車、
さらに近くには火力発電所もあり煙を出していましたが、
針葉樹は煙害に弱いのです」(沖沢)

そのような場所の問題を前提とし、さらに込められていたのが、
未来を見据えた素晴らしき理想。

「針葉樹だと人間の力で何回も植え直すことになります。
しかし、杜自体の自然の力で100年続くようなものでなければ、
神社の杜としてふさわしくないだろうと考え、広葉樹が植えられたんです。
自然の循環のなかで、永遠に続く杜をつくる。
この杜はまもなく100年を迎えようとしていますが、
当時の先人たちが思い描いた姿に近づいてきていると思います」(沖沢)

人工の杜でありながら、自然の植生をつくり上げている明治神宮の杜に、伊勢谷さんも
「我々の生活からみても、気候や環境からみても、
針葉樹ではなく広葉樹が適していたんですね」
と納得していた。

参道を進んで行くと、姿をあらわすのが雄大な大鳥居。
その横には、少しずつ雰囲気の異なる5本の木が並んでいる。
ここは人工の杜であることを確認できる場所なのだ。

「すべて葉っぱの色が違うでしょう。左から、楠、椎、粗樫、白樫、赤樫です。
それぞれ育つ土壌が違うので、自然のなかでこの5種類が揃うことはあり得ません。
人がつくった杜であることをイメージできますね」(沖沢)

本殿へといたる鳥居の手前に5本の木。左から楠、椎、粗樫、白樫、赤樫と、よく見るとそれぞれ雰囲気が異なっている。

さらに進んで行き、次に訪れたのは、明治神宮のなかでもさらに仕切られた「御苑」。
江戸時代は加藤家や井伊家の庭園だった。

「ここまでは常緑広葉樹だったんですが、
御苑のなかは、葉が落ちていく落葉広葉樹なので、明るくなります。
すぐ上にはイロハ楓、ゴツゴツしたのがコナラ、遠くに山桜が咲いていますね」(沖沢)

確かに鬱蒼とした参道から、御苑に入ると日の光が注ぐ空間にでる。
御苑には、お茶会が行われる隔雲亭、
最近ではパワースポットとして人気の清正井(きよまさのいど)などがある。
色とりどりの花菖蒲が楽しめる菖蒲田(しょうぶだ)は6月が見頃。
これは明治天皇が昭憲皇太后のために植えられたもので、
今も大事に育てられ、私たちの目を楽しませてくれる。

「御苑」内にある菖蒲田にはそれぞれ名前がついていて、花が咲くとどんな色になるか、名前から想像するのが楽しい。

清正井(きよまさのいど)の水は、水温は14.5〜15.8℃とほぼ一定で、かなり蒸留水に近いという。上からのぞくと浅く見えるが、水の屈折率が高いので、実際は腰くらいの深さ。

人がつくっても、人が手をくわえない。

自然の循環にまかせるといっても、これだけの広大な杜。
ある程度の手入れは必要になるはず。

「私たちがするのは、ほんのちょっとのお手伝い。
倒れると危ない枯れ枝や、台風などで折れてしまったときにきれいにするくらいです。
それ以外は杜の天然更新に任せます。
さきほど、参道の落ち葉を清掃していましたね。
あれも焼却するのではなく、杜に返します。
折れた木や枝も無駄にはせず、看板や階段などの資材として使って、
もう一度働いてもらってから土に帰ってもらいます」(沖沢)

枯れ葉は虫たちの栄養になる。実が落ちて芽が出る。
杜としては当たり前の光景かもしれないが、
人がつくったのに人が手を加えないことで、自然の杜へと育っていく。
そうして90年。
小さくてもひとつの生態系を築くには、これだけの時間がかかるという教訓が、
大都会・東京にあった。
なんとも遠回りで気の長い話だ。

「いま、この杜がここまで育っているのは、
おいでいただいた方々の協力もあるんです。
参道にはロープや柵は設けていません。
これだけの自然があると、“自由に歩いてみたい”という気持ちになると思うんですが、
みなさん我慢してくれました。
杜に入ってはいけない、切ってはいけない、取ってはいけない、
というルールを守ってくれました。
自分たちが大切だと思うものを守るには、ある程度我慢する必要があると思います」(沖沢)

明治神宮だけでなく、地球環境を守る姿勢としても通用する話。
明治神宮を守っていくことができないようでは、
これからの日本や地球の環境を守っていくことはできないだろう。

「私たちは、境内の一斉調査をしています。
木々だけではなく、どんな鳥や虫が棲んでいるのか。
それをもとに、100年続いてきたこの杜をこれから200年、300年先に残していくために、
どんな杜にしていくべきか。その確かな計画が必要だからです」(沖沢)

未来にビジョンを持ち、それを遵守していくことの大切さに伊勢谷さんも共感したようだ。
「落ち葉も積み重なって栄養分になる。森のおかげで肥沃な土地ができる。
素晴らしい循環ですね。
人間が手を加えるのではなく、森自身の力で続いていくようにする。
その循環がこの森の起源であり、
また環境問題解決のヒントをたくさん教えてもらいました」(伊勢谷)

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KOJI OKISAWA
沖沢幸二

明治神宮・森の管理人。昭和21年生まれ、青森県出身。昭和39年、農林省林野庁入庁。
主に民間林の保護や担い手、森林計画等の指導業務を担当し、青森、秋田、長野、新潟の国有林の業務に従事する。平成13年から明治神宮の杜を管理する技師として活動している。

KAI presents EARTH RADIO :  第1回『明治神宮 いのちの森』

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