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平泉町、世界遺産〈中尊寺〉は
平安美術と物語の宝庫。
赤いスーツのガイドさんが案内

東北の田園 一関&平泉
これから始めるガイドブック
vol.004

posted:2017.9.9   from:岩手県西磐井郡平泉町  genre:旅行

PR 一関市

〈 この連載・企画は… 〉  岩手県南の岩手県一関市と平泉町は、豊かな田園のまち。
東北有数の穀倉地帯で、ユニークな「もち食」文化も根づいてきた。
そんなまちの新しいガイドブックとなるような、コンテンツづくりが始まった。

photographer profile

Kohei Shikama

志鎌康平

山形県生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ帰郷。東京と山形に拠点を設けながら、日本全国の人、土地、食、文化を撮影することをライフワークとしています。山を駆け、湖でカヌーをし、4歳の娘と遊ぶのが楽しみ。山形ビエンナーレ公式フォトグラファー。
http://www.shikamakohei.com/

writer profile

Kei Sato

佐藤 啓(射的)

ライフスタイル誌『ecocolo』などの編集長を務めた後、心身ともに疲れ果てフリーランスの編集者/ライターに。田舎で昼寝すること、スキップすることで心癒される、初老の小さなおっさんです。現在は世界スキップ連盟会長として場所を選ばずスキップ中。
https://m.facebook.com/InternatinalSkipFederation/

岩手県一関市と平泉町を舞台に進めるこの連載の
第4回目は、近年世界遺産として登録された「平泉」をレポート。
古くから観光名所で親しまれた史跡のひとつ〈中尊寺〉だが、
長年その魅力を伝えてきた地元でおなじみのガイドさんたちがいる。

東北の地で独自に発展。平安美術の宝庫

平泉は、「仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として
2011年に世界遺産に登録され、平泉町に点在する中尊寺、毛越寺、
観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5つの構成資産からなる。

真っ赤なユニフォームに身を包み、しゃんと背筋を伸ばした立ち振る舞いが若々しいガイドの向井早苗さん。

「平泉には仏教の中でも、とくに浄土思想の考えに基づいてつくられた、
さまざまな寺院・庭園及び遺跡が一群として良好に保存されていたことが、
世界遺産への登録の際に評価されたポイントでした。

それらの寺院や庭園は、度重なる戦乱によって荒廃していた当時の平泉に、
平和な思想世界をつくり出そうとしたもの。
海外からの影響を受けつつも、日本で独自に発展を遂げたものなんです。
平泉の理想世界の表現は、ほかにないものとされています」

中尊寺の門前で、まるで自慢の家族を紹介するように、
親しみを込めて話す向井早苗さん。
真っ赤なスーツが愛らしい〈平泉町観光ガイド事務所〉に所属するガイドさんだ。
彼女たちが着ているこのユニフォームは、半世紀近くデザインは変わっておらず、
地元では、誰もが知っている中尊寺ガイドのシンボルカラーなのである。

「いい歳をして赤いスーツなんてちょっと恥ずかしい気もありますけど、
地元の女性にとっては憧れのユニフォームだった。
だから、誇らしい気持ちのほうがちょっと強いかしら」

今年75歳になる向井さんは、ガイド歴50年の大ベテラン。
中尊寺境内で、北東北地方の歴史に触れながら、中尊寺はもちろん、
毛越寺などほかの世界遺産の構成資産についての説明をしてくれる。
女性ばかり、15名の同僚たちとともに、
大晦日以外は個人・団体問わずガイド業務を行っている。

中尊寺全体マップ。(中尊寺HPより引用

ひとつの山がまるっと、物語あふれる場所

定番コースは、ガイド事務所もほど近い中尊寺表門から続く
月見坂から中尊寺本堂、そして金色堂と讃衡蔵を巡るコース。
その間、参道沿いに点在する小さなお堂や神社など、
つきっきりでそれぞれの個人的なおすすめスポットの情報などを交えながら、
みっちり1時間30分ほどかけて丁寧にガイドしてくれる。

この坂で月見を楽しんだことから「月見坂」と呼ばれるようになった。

樹齢400年ほどの立派なスギの木が立ち並ぶ月見坂を歩きながら、
向井さんの中尊寺ガイドが始まった。

「西暦850年に、宮城県、松島の〈瑞巌寺〉や山形県の立石寺などを開いた
比叡山延暦寺の高僧・慈覚大師円仁によって開かれ、平安時代に奥州を治めた
奥州藤原氏の初代・清衡公が建立したのがここ中尊寺です。

中尊寺は、山号を関山(かんざん)といいます。
17の寺院により構成される天台宗の一山寺院で、本堂や金色堂だけではなく、
小さなお堂、すべての総称として中尊寺と呼ぶのです。
山号の『関山』は、平安時代前にこの辺にあった『衣川関』の『関』。
お隣の一関市の『関』ではないんですよ(笑)、よく間違われているようですけどね」

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急な坂を登った先にあるのは……

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想像以上に急な月見坂をスタコラサッサと登りながら息も切らさない向井さん。

「最近は、団体のお客さまだとバスでそのまま本堂まで、
裏手の車道を使って行くことも多いのですが、
やっぱり参道を登っていくほうがおすすめですね。
いい運動をした後に見る本道の御本尊さまや金色堂は、もっとすてきに見えます」

その健脚ぶりだけでなく、スラスラと続けられる、
史実に基づく的確な説明にも感心させらえる。
それは、単に長年のキャリアのなせる技ではなく、
日々の勉強と深い平泉愛によって支えられているのだ。

天台宗の東北本山、中尊寺の本堂。同宗では、総本山の比叡山・延暦寺に次ぎ、上野の寛永寺、長野の善光寺と同格に数えられる。 

「私たちは、世界遺産・平泉のガイドですから、
やっぱりできるだけ正確な情報をお伝えしたいんです。
だから、日々勉強会を開いたり、歴史や郷土学の先生たちに
お話を聞いたりしているんですよ。常に新しい情報を取り入れていかないと。
ときには、ガイド仲間と中尊寺のゆかりのある寺社仏閣まで旅行にいき、
歴史を確かめてくることもあります。
だって、いろいろな物語が詰まっているのが、平泉の魅力ですから」

シンと静まり返る、魅惑の小さなお堂巡り

そうこうしているうちに、関山の中腹にある本堂、
さらに奥手にある金色堂と巡っていく。

奥に見えるのは、有名な金色堂を保護するために立てられた新覆堂(おおいどう)と呼ばれる建物。なかに金色堂がある。

金色堂は、1124年、奥州藤原氏初代清衛公によって上棟された、中尊寺創建当初の姿を今に伝える。まさに極楽浄土、往時の工芸技術が集約されたその装飾には、やはり圧倒される。奥州藤原氏四代の亡骸が納められた御霊廟でもある。(写真提供:中尊寺)

金色堂や奥州藤原氏の残した文化財3000点あまりを収蔵する宝物館〈讃衡蔵〉など
多くの参拝客で溢れ返る有名スポットももちろんとてもすてきだけれど、
実は、その合間合間に点在する弁慶堂や薬師堂などの小さなお堂も、
よく見てみるとそれぞれが個性的で、興味をそそられる。

向井さんの奥に佇むのは、弁財天堂。

中尊寺の本堂の近くにある峯薬師堂。各お堂ではそれぞれ御朱印をお授けしているので、各お堂の御朱印集めするのもまた愉し。

向井さんは、各お堂の前に立ち止まり、
さまざまなエピソードを交えて説明してくれる。

「小さなお堂には、それぞれ住職さんがいて代々お堂を守っているんです。
彼らは地元の方で、家もお堂の裏手にそれぞれ建っているんですよ。
ご家族も一緒に住んでいます。子どもたちはここから学校に通っているんです」

峯薬師堂のとなりにある、大日堂。

参道から登っていくと最初にあるのが、地蔵堂。

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あの俳優たちの舞台を観賞できる場所も

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見事な、茅葺きの能舞台

金色堂の奥を進むと、白山神社が見えてくる。
中尊寺のような古い山寺ではお馴染みの、
神仏習合時代を今に残す景色なのだが、
その社の隣に向井さんのオススメスポットでもある能舞台がある。

「葺き替えたばかりだから、見事な茅葺きでしょう?
毎年8月中旬の夜には、薪能が開かれるんです。
ここ数年、人間国宝の野村万作さんや野村萬斎さんなど、
すばらしい狂言師の方々を迎えるんですけれど、
外のステージでかがり火の中で観賞する舞台は、本当にすてきです」

まるで恋する乙女のように話す向井さんは、無類の歌舞伎&能好き。
休日には、歌舞伎座や能楽堂などに通うのが、趣味なのだそうだ。
そんな人間味溢れる向井さんがガイドになった理由は、
「とにかく人と接するのが好きだから、ガイドの職業に就いたんです」。
愛情のこもった話だからこそ、初めて聞く歴史文化も楽しく知ることができる。

2016年に葺き替えられた茅葺きがまだ若々しい能舞台。毎年5月4・5日に行われる白山神社の例大祭では、お坊さんたちが能を舞い奉納する。

“ゆめのあと”の平泉の風景

帰路は参道を戻り、同じ月見坂を下りていく。
途中の「東物見」という展望台までくると
ガイドの象徴である赤いユニフォームの襟を正す向井さん。
ここからは、平泉町一体や、北上川を眺めることができる。

「ここは、もうひとつの私のお気に入りスポットなんです。
昔は、北上川のほとりに菜の花やレンゲ草が咲いているのが見えたり、
遠くに早池峰山が見えたり、ホッとする場所なんです。

『なつくさや つわものどもが ゆめのあと』

松尾芭蕉がここからの風景を見て詠んだといわれていますが、
今の平泉は“跡”が多いんです。だから、実際の建物がなくとも藤原家の想いや
義経公がここに住んでいたんだという想いなどが詰まっているのが
まるで見えてくるかのようなんです」

たしかに、京都などの古都と比べると“跡”の多い平泉。
でも、早苗さんをはじめとする真っ赤なガイドさんたちのお話を聞きながら周ると、
彼女たちの想いがフィルターになり、
松尾芭蕉よろしく想像力に満ち溢れた気持ちになってくるから不思議だ。
地元を愛し地元から愛される赤いガイドさんと一緒に、
金色だけではない平泉の色に触れてみてはいかがだろうか。

団体客の帰りのバスを、事務所にいたみんなで手を振りながら見送るガイドさんたち。これも、毎回ガイドしたあとの恒例行事だというほほえましいエピソード。

information

map

平泉観光ガイド事務所

住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉坂下9

TEL:0191-46-4203

中尊寺の門前にあり、個人から修学旅行などの団体客まで対応(少人数3240円〜)。予約が空いていれば、当日でも対応。

東北の田園 一関&平泉 これから始めるガイドブック

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