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熊本地震直後、みんなが集まった
まちのコインランドリー。
ASTER vol.6

リノベのススメ
vol.116

posted:2016.7.7   from:熊本県熊本市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

SHOTARO NAKAGAWA

中川正太郎

ASTER代表。1977年熊本市生まれ。20代前半から建築現場や家具店など内装に関わる職を経て、
2003年よりASTERで活動開始。ASTERは、熊本県内を拠点に個人住宅、店舗、賃貸物件などデザイン・設計・施工を一貫して行うリノベーション集団。ほかに、運営する“街のよろず屋”KUHONJI GENERAL STOREや、熊本のマニアックな物件を紹介するサイト「あんぐら不動産」なども企画運営している。

ASTER vol.6

みなさんお久しぶりです。ASTERの中川です。
少し間が空いてしまいましたが、
僕の連載もいよいよvol.6となりました。
みなさんご存知の通り、熊本は震災が起きました。
このたびの熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
現在、震災から約2か月半が経ちました。
リノベのススメのなかでどうかとも考えましたが、
今、熊本に住む僕がこの震災で経験したコト、感じたコト、想ったコト、
そしてこれからのコトをお伝えしたいと思います。

突然のできごと

2016年4月14日。
その日、仕事を終えた僕は外出していた娘たちと妻を待つため、
6歳になる息子と母親と実家にいました。
隣のキッチンでは父親がテレビを観ていました。
時間は夜9時半ごろ。
何の前触れもなく、突然「ドン!」という激しい音とともに、
壁にかけてあった祖母の習字や賞状の額がバタバタと床に落ち始めました。
「キャッ! 地震!!」
母親が叫びながらとっさに息子に覆い被さりました。
聞いたこともない地鳴りのような音と、建物がきしむものすごい揺れ。
「ワッ! ワッ! ヤバい!」
僕も母親と息子の上に覆い被さり頭を押えました。

気がつくと家の中は一瞬でメチャクチャに。
1度目の前震と言われる震度7の地震でした。

我に返り、すぐ妻と娘たちに電話するにもつながらず。
割れた食器や倒れた家具で部屋は一瞬で足の踏み場もない状態に。

僕が現状を確かめようと外に出ようとすると、
息子が「パパ行かんで! ここにおって!」と、
怯えた表情で僕の手をつかんできました。
僕は息子を抱きしばらくその場に座り込んでいました。
外出中で無事だった妻と娘と合流し、
その日は近くの駐車場に車を停め夜が明けるのを待ちました。
SNSで友人や会社のスタッフみんなの安否を確認し、
翌日のテレビやインターネットでコトの重大さを知りました。

ASTERの事務所や運営するお店〈9GS〉も無惨な光景に。

最初の地震後、粉々に落ちていたASTERの事務所のファサードのガラス。

9GSの店内。

僕は何をどうしていいかもわからず、取り急ぎお客さんの家やお店の確認に動き回りました。
工事中だった現場の状況を確認するため、震源地の益城町へも行きました。
メディアでも報道されていましたが、実際に見る益城町は想像を絶する光景でした。
建物は倒壊し、道路は地割れ、電信柱も折れて信号も止まっている。
空は無数のヘリが爆音を響かせ飛び回っている。

ただただ初めて目にする光景に困惑しました。

訪れたときの益城町。

そんななか、奇しくも4月15日は妻の誕生日でした。
ケーキもプレゼントも、食器すらないなか、
紙皿に残った食材を盛り、家族でささやかに祝いました。

2度目の本震

4月16日。前震から緊張と疲れでほとんど寝ていない状態でしたが、
滅茶苦茶になった自宅マンションへ戻り、片付けもほどほどに、
その日はグッタリとベッドに横になっていました。
とんでもない経験をしたと過去のコトとして振り返りながら。

そして深夜1時半頃。
突然、まさかの携帯の地震速報。
同時に、「ドンッ!」と身体を突き上げる突然の衝撃。
そしてものすごい横揺れ、停電。
「おい、おい! 大丈夫か!」
徐々に激しさを増す揺れのなか、真っ暗な廊下の左右の壁に叩きつけられながら、
「大丈夫! 大丈夫だけんね!」と叫びながら
子どもたちに覆い被さるのが精一杯。
実際はどれくらいの時間かわからないけどとても長く感じた恐怖。
一昨日の地震よりもはるかに大きな地震に、
初めて死が頭を過ぎりました。

すぐに同じマンションに住む友だち家族が
「逃げるよ!」と叫びながら玄関ドアを叩き呼びにきました。
警報が鳴り響くなか、非常階段を降り駐車場に避難した僕らは、
ただ空を見上げ呆然とその場に立ち尽くすだけ。
本震と呼ばれる2度目の地震でした。

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いきなり戦場に置いていかれた感覚

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震度7が2度も起きるという類をみない震災となった熊本地震。
まさか僕らのマチ熊本がと、今でも思っています。
突然始まった生きるためのリアルな生活。
ライフラインが途切れ、寝る場所がなくなり、水や食糧の確保に動き回る日々。
今まであって当たり前のモノが一瞬でなくなった暮らしは、
まるでいきなり戦場にでも置いていかれた感覚でした。

家とはなにか?

僕の住んでいるマンションは被害にあったけど倒壊はしていないし、
現実にとりあえず住むコトはできる。
ただあの揺れを経験した後は
建物の中にいるコト自体が恐怖で中に入るコトができない。
RCとか鉄筋とか木造とか構造がどうこうではなく、
どんな建物よりも、周りに何もない、屋根のない駐車場の車の中が
一番安全で安心できるという現実。
デザインや性能も確かに必要だけど、
正直、安心しているコトができない家など何の意味もないとその時は思いました。

復旧の日々。熊本の人たち。

2度の地震で熊本は甚大な被害に見舞われました。
気がつけば熊本の家の屋根はブルー色に変わっていました。

まちのシンボルである熊本城や阿蘇など主要な観光地がすべて被害を受け、
商店街やまちなかのお店もほとんどが閉まりました。
ゴールデンウィークも観光客は激減し、
熊本は経済的にも大きな損害を受けました。

人影がない震災直後の下通アーケード。

しかしそんな状況でも熊本の人は強かった。
みんな被災者で大変な状況は同じなのに、
地震の直後からお店を開けレジに立つコンビニやスーパーの店員さんたち。
自分の家も壊れているのにほかの家の応急処置へ向かう大工さんや職人さんたち。
さまざまなネットワークを駆使して救援物資を避難所へ運ぶ人たち。
自分のお店の中はメチャクチャなのに、お店の食材で炊き出しをする飲食店。
もちろん行政の人や自衛隊の人も。
熊本の人たちはとても強く、助け合いながらとても前向きでした。

vol.2でご紹介した〈リバーポート9〉で
地震後久しぶりにみんなに再会しました。
デッキスペースでみんなお互いの無事を喜び合いました。

vol.3でご紹介した〈voyager〉も地域の人たちのため、
いち早くお店を再開しました。今でもどんどん新しいイベントをされています。

vol.4の〈でんでん舎〉のある築90年を越える早野ビルは
なんと外壁にもヒビひとつ入ることもなく、変わらない姿で健在です。
でんでん舎も無事です。

vol.5でご紹介した〈サクラキノイエ〉は残念ですが、
地震で建物が壊れてしまいました。
拠点を失った彼女たちはそれでも前向きに今は
“移動サクラキノイエ”を始めました。
いつかはまたサクラキノイエを必ずつくりたいと頑張っています。
ぜひ応援してください。https://local.camp-fire.jp/projects/view/7143

そして、今回の震災で本来の役目、というか、
マチの人たちになくてはならない場所になった施設もあります。

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不安な日々に、安心できる場所

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熊本ではおそらくまだ希少な複合型コインランドリー、
THE LAUNDRY LOUNGE

まちのみんなが集まる新しいコミュニティスペースをつくりたいと
熊本の若きオーナー大島 隆さんがつくった場所です。
ASTERでデザイン、施工をさせてもらいました。
コインランドリーの中に、カフェ、雑貨ショップ、植物屋さんなどが入ります。

2015年11月にオープンし、徐々に認知度も上がり
お客さんも増えていったのですが、大島さんの本来の想いであった
“みんなが集まる街のコミュニティスペース”というよりは、
当初はまだ、お洒落なコインランドリーとか
新しくできたスポットという理由で人が来ていました。

しかし、この震災をきっかけにこの場所の本来の役目を果たすことになります。
ランドリーの貯水タンクもあり、断水後もいち早く水が使えたことで、
地震直後、大島さんは家で洗濯ができない人のためにと
早急にランドリーを開けました。
深夜12時までの営業時間を24時間営業に変え、
駐車場は車中泊の人のために無料開放しました。
カフェのコーヒーも無料で提供し、
県外からのボランティアの方々に来ていただき
駐車場で温かい炊き出しなども行われました。

炊き出しの様子。

みんな不安な毎日を過ごすなか、少しでも心安らぐ場所がある。
あそこに行けば誰かいる。元気がもらえる。
そんな想いで地域の人たちになくてはならない場所となりました。

オーナーの大島さん(左)とスタッフさん。

話は戻りますが、
4月20日。本震から4日後にずっと止まっていた水が出ました。

震災後初めて笑いました。
その日は僕の39歳の誕生日。最高の誕生日プレゼントに
うれしくてFacebookに投稿しました。
すると全国のみんなから励ましや「おめでとう」というメッセージが。
正直、午前中から事務所のデスクで泣きました。
先の見えない不安な状態のとき、たくさんの人からの温かい言葉は、
「俺もがんばらねば」と、とても励みになりました。

震災で良かったコトなどひとつもないけど、
あえて言えば人と人との距離が近くなったコト。
そして当たり前にあるモノの大切さを再確認できたコトでしょうか。

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震災を経て、正直な気持ちは……

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時間が経つにつれ、少しずつ考えも変わっていきました。
震災直後は水、食料、家など生きるためのコトを考え、
少し経てば仕事や会社のコトを考えました。
お客さんや周りの人たちの復旧を手伝いながら、
僕らの事務所やお店も徐々に直していきました。

ASTER事務所の割れたファサードの1枚ガラスは
強度を高めるため6分割に変更しました。
見た目も進化した感じで気に入ってます。
ちょうど改装中だった事務所は7月にリニューアルオープンします。

ASTER、復旧工事中。

9GSの壊れた壁は直さずそのまま補修し、割れをあえて残すコトにしてみました。
ピンチはチャンスじゃないけど、リノベの概念で単純に元通りに戻すのではなく、
元の価値を超えるモノにしようと。

休業中の9GS。早く復活したいとビルが笑っているように見えた。

震災を機に価値観が変わるとよく言いますが、
正直僕の今の気持ちは、震災前より
「人生を楽しむ」という純粋な想いがさらに増しました。
起きてしまったコトはもうどうすることもできないし、
これからも震災はいつどこで起きるか誰もわからない。

だからできるのは今を楽しみながら生きるだけ。
とてもありきたりですが正直な気持ちです。
ただあんまり頑張りすぎないように。ぼちぼち。
そしてこれからも人とのつながりと出会いを大切に、
熊本で楽しく暮らしていこうと思っています。
辛いコトの後に幸せなコトがあるのだとすれば、
熊本はこれからものすごい幸せが来るのだと信じながら。

最後に今回の震災でたくさんの方々にさまざまな支援をしていただきました。
心から感謝いたします。ありがとうございます。

そして熊本を助けていただいた全国のみなさん、
本当にありがとうございました。

次回は、最終回後(まだありますよ!)
本来の最終回でご紹介する予定だった、築130年の元酒蔵、
早川倉庫のお話でラストにしたいと思います。
お楽しみに。

information

THE LAUNDRY LOUNGE 

住所:熊本市北区麻生田4-2-40 

TEL:096-227-6829

営業時間:6:00〜24:00/SHOP 10:00〜19:00

定休日:なし

http://laundry-lounge.com/

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