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昔の佇まいに戻すだけ?
古民家改修のすすめ。
一般社団法人ノオト vol.10

リノベのススメ
vol.106

posted:2016.4.1   from:兵庫県篠山市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer's profile

NOTE
一般社団法人 ノオト

篠山城築城から400年の2009年に設立。兵庫県の丹波篠山を拠点に古民家の再生活用を中心とした地域づくりを展開。これまでに、丹波・但馬エリアなどで約50軒の古民家を宿泊施設や店舗等として再生活用。2014年からは、行政・金融機関・民間企業・中間支援組織が連携して運営する「地域資産活用協議会 Opera」の事務局として、歴史地区再生による広域観光圏の形成に取り組む。

http://plus-note.jp

一般社団法人ノオト vol.10

第10回目となる今回は、〈篠山城下町ホテルNIPPONIA〉をはじめ、
ノオトの古民家再生物件のほとんどに建築家として関わっていただいている、
才本謙二さんに執筆をお願いしました。

才本さんは、一般社団法人ノオトのメンバーであるとともに、
篠山を本拠とする才本建築事務所の代表として、
兵庫県をはじめ数多くの古民家再生を実施してきた、古民家再生の第一人者です。

今回は、実際の古民家再生物件を数多く手がける建築家からみた、
古民家再生に対する考え方をお聞きできればと思っています。
以下、才本謙二さんにバトンタッチします。

一般社団法人ノオト 区切りのvol.10に登場しました才本です。
vol.9までの執筆者とともに古民家に関わって12年、約200件のリノベを計画し、
100棟近く触ってきました。
話のネタは、みなさまに書き尽くされてしまいました。
コーディネーターの星野さんから、
建築家の立場から古民家改修について書いてほしいと
リクエストをもらっていましたが、
あまり面白くないので、日頃思っていることを、したためることにしました。

リノベのススメタクナイ

リノベーションとは、
『家とインテリアの用語がわかる辞典』によると、

建築物の修理、改造のこと。耐震性や省エネ性などの機能を高める、
事務所用ビルを居住用マンションに変更するなど、
既存の建物を大規模改装し新しい価値を加えることをいう。
用途変更や時代の変化に合わせた機能向上を伴う点でリフォームと区別することが多い。

と定義付けられています。

私がやっていることは、機能向上もしていないし、
まして大規模に改造もしていないのです。
今は、「快適でおしゃれな住空間なんてまっぴらごめんだ」と思っています。
しかし最初は、みなさんがやられているような真っ白な漆喰壁に間接照明と
ピカピカの無垢の床で仕上げたおしゃれなものにあこがれていました。
またそれが常道だと思っていたので、薄汚れた壁を全面塗り替えるなど、
できる限り汚いものを排除していました。
でも排除すればするほど、古民家らしさが消え去り、
いやらしい作家性が表へ出てきてしまって、とても居心地の悪いものに感じました。
ただ、私がやる物件は予算工期がないのがほとんどで、
「お金ないから」「平成の修理とわかるように……」と言い訳しながらやっていました。

現在の趣を残す改修方法を「これでいいやん」と自分の中で確信に変わったのは、
ささらい〉(篠山市日置 中西家)からだったように思います。
ささらいは、古民家レストランとショップからなる複合施設ですので、
それなりに改修費がかかっていますが、どこを直したかわからなく仕上がりました。
気の毒なのは工務店さんで、
「何もしてないやないか、ぼろ儲けやな」と言われてしまいましたが、
それも、
昔の佇まいのように趣のあるかたちで直せる技術があり、手間と時間をかけている証拠。
私としては、「しめしめ」と心のうちで思ったりするのです。

ささらい改修中の様子。

ささらいの改修後。趣をできるだけ残し、昔からそこにあるような佇まいに。

「建物が最も輝いた時代(=創建当時)に戻す」
と声高らかに、仕事をしてきました。
ボードに合板、床板を剥ぐと創建当時のすばらしい部材が顔を出します。
黒光りする梁に、1尺(約30センチ)近くある大黒柱の力強さに圧倒されます。

でも最近、直近のこの家の人々にとって、
都会に一歩近づいた昭和の改造こそ、
最も輝いた瞬間であったのではないだろうかと考えるようになりました。
「産まれてずっと、すすけた天井を見て育ったんだ」
「風呂炊きが一番いやだった」
「個室が欲しかった、プライバシーなんてなかったから」……
だから、すすけた天井に白いボードを張って、ガスを引いていつでも風呂に入れる。
襖を取っ払って壁をつくったから、音楽だって大きな音で聴けるんだ。
「昔の状態に戻す? 何を言っているんだ。バカじゃなかろうか!」

昭和の改造の例。合板やボードで床・天井・壁をつくる。

そうなんです、創建当時に戻すことは、家人からすればきっとバカなんです。
性能は確実に低下しています。
すすけた真っ黒な天井に払っても払っても取れない壁の汚れ、キズだらけの柱、
家全体は昼間でも暗いし、隙間風も入ってきて寒い。
ガスを止めて囲炉裏に五右衛門風呂とおくどさん(かまど)、
炭や薪を熱源にするなんて呆れていることでしょう。
よくするのがリノベでしょ、全然よくなっていないじゃないか。

大規模な工事かというとそうでもありません。
家人からバカにされつつ、昭和を取り去り現れた梁と柱を何回も雑巾で拭き取る。
壁は全面修理することなく、
欠け落ちた部分をまったく違った色の地元の土でちょこっと手直しするだけ。
我々のやっていることは、どうも一般的に定義づけられたリノベでは、ないようですね。

ただ言えることは、
時空に振れ、機能を超えるもっと大事なものが潜んでいることに気づき、
価値観を司る部分を刺激していることは確かなようです。
人の営みをむやみに取り去ることは、昭和の改造と何ら変わりませんね。
リノベとは、新しい価値を加えることだけで十分なような気がします。

天井を剥ぐと現れる創建当時の部材(集落丸山)。

才本建築事務所内のおくどさん(かまど)。

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不便のススメ?

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快適のススメタクナイ

もうひとつは、不便のススメです。
現代の日本人は、利便性を求め多くの機械を使用して、
さまざまな“速さ”を得ました。
移動や情報に多くのエネルギーを使い、時間を速めています。
エネルギー使用量=速度と考えることができます。
エネルギー消費量は私が生まれた約60年前から比べて、
現代の日本人は当時の8倍ものエネルギーを使用し、
8倍の速度で突き進んでいると言われています。
日本人はエネルギーを大量に使用し急速に時間を速めているわけで、
自ら望んで得た速度に多くの人々は、
その速さについていけなくなってきているように感じます。
その表れが昨今のレトロブームで、ブームで片づけられない意味を秘めていて、
古民家に流れる「人間時間」の狭間に身を置く心地よさこそが「懐かしさ」に結びつきます。

エネルギー使用量=速度、縄文時代を「1」とするのなら、
昭和30年代が「5」に相当します。
「5」がちょうど心地よく安心する「人間時間」ではないかと思われます。
最もプリミティブな状態の「1」は、何も持ち得ない裸状態と考えられ、
遭難し無人島に辿り着いた、または山で道に迷ったことと同じで、
とても不安な状態だと言えます。
「5」は、時間を進める装置は至ってのんびりとしたアナログなもので、
ちょっとした利便性や身を守る情報がもてる状態が「5」ではないかと思うのです。

人々は、時間を早める装置が少ない田舎や古民家を訪れてほっと安らぎ、
「懐かしい!」と感じるのは、
このほどよい「人間時間」が流れる空間だからだと結論づけました。

ほどよい「人間時間」が流れる古民家の空間(集落丸山)。

ではなぜ、速さと利便性・快適性をさらに手に入れようとするのでしょうか。
人間の本能の退化を招いているにもかかわらず、
生き物として進化を求めるからだと思っています。
身体機能の進化は、とてつもなく時間がかかることから、
機械で補って利便性・快適性を手に入れようとします。

一旦自分のものになった便利が、機能不全に陥ると苛立ちを覚え不満に至ります。
そうするとさらなる利便性・快適性を求め、エネルギーを消費し機械を開発します。
顕著なのは、スマートフォンです。
電話・Eメール・時計・スケジュール表・カメラ・ビデオ・検索機能・ゲーム、
そのほかさまざまなアプリによるサービス、これ以上の機能が必要でしょうか。
スマホの電池切れでパニックになる現代人って不思議ですね。

また、人間が遺伝子操作で動植物の生態をコントロールしていることにも違和感を持ちます。
オスが生まれないように操作された蚊を放つマラリアの撲滅や、
病気に強く収量が多い野菜をつくり出す(その野菜の種子からは、2代目が育たない)
遺伝子操作は、人間にとって表面的には有益で苦しんでいる人々への光明と聞こえます。
しかし本当にこれでいいのでしょうか。
崩れた環境バランスは、いずれ人体に影響を及ぼし、
影響受けた人体は、素直に呼応することになります。

新たな病気の発症や、花粉症、化学物質過敏症
そのほか多くのアレルギーは、その典型ではないでしょうか。
都市部では、動植物から人が完全に隔離されています。
虫を嫌い、土に触れることを汚いとする潔癖症は、異常だと言わざるを得ません。
精神的にも“速さ”によって追いつめられて、行き場を見失っている気がします。
歳をとって日々の時間が速いと感じるのは、別の要因があるようですが、
世代を超えて若者までが、人間が編み出した“速度”に振り回され、
周りを見渡す余裕をなくし、やみくもに突き進む世界に疲れている気がします。
心や体が求めているように、一旦クールダウンし、暮らしを俯瞰して、
今一度道筋を見極め、人間にとって必要な風土(環境)を、あらためて考え直す時がきています。
その与えられたロケーションが、田舎であり古民家であるように思います。

古民家の欠点は「3K+S」といわれています。
3Kは「暗い・汚い・怖い(おばけと耐震性)」、Sは「寒さ」で、これを取り除けば、
魅力的な住まいだと言われています。なかでも最も苦労するのが、「寒さ」対策で、
あまりにも有名ですが、兼好法師の徒然草にある

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。
暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり」

で、日本家屋は、夏は大変過ごしやすくできています。
しかし、多くの脆弱な現代人は、
「古民家は寒くて住めない」と古民家を悪者扱いにしています。
本当は「暖房がないと寒くて住めない」現代人の方に問題があるのに、と思ったりもします。
残りの「3K」は、そう問題になりません。

「怖い」古民家の耐震性は、シロアリや腐朽部材の部分的な取り替えと簡単な補強をすれば、
世間で言われるほど劣るものではありません。
むしろ欲張って耐震性・利便性・快適性を求めるあまり、
古民家のよさを殺す住宅リフォームのほうが残念です。
すべての床を張り替え、壁をピカピカに塗り替えて、
最新鋭の設備を備えた住宅は、もう古民家ではありませんね。
“時間”を速める装置が少ないのが古民家の魅力ですから。

日本の住宅は、風土や習慣のもと永年培って築き上げられたもので、
日本人の暮らしに直結しています。日本の住宅様式は、江戸末期ごろ確立したと言われ、
基礎(石端立てからコンクリートへ)が違う以外は、
架構から仕上げまで当時とさほど差がありません。

家は本来仕事場で必要最小限度の機能と大きさのシンプルなものでした。
暮らしに余裕が生まれた時代に、くつろぎの場を備え、ほかの地域や時の文化を織り交ぜ、
地域固有の住宅形式を完成させました。これは高度成長期まで綿々と継承され、
傷めば丁寧に修理し、器(住まい)と同時に営み(暮らし)も引き継がれました。
ローカルで個別的な「人間時間」とともに育まれたのが古民家なのです。

人間らしく素直に生きたいと思うのなら、田舎の古民家が最適です。
古民家を手に入れて、時間を速める装置を遠ざけ、こなれた家具を配します。
旬な食材に手間をかけて調理し、お気に入りの食器を見定めて、
そこに料理を盛りつけ、食事をとりたいものです。
太陽とともに生活すること、結局ルーティーンな暮らしがいい気がします。
特別なものは必要としません。生き物として“普通”でいいと考えています。
そのためには、必要最小限度のハイテクも利用すべきです。

我慢する必要はまったくありません。環境とエネルギーの関係をしっかり把握して、
上手に生かせばいいと思っています。
季節を享受して自然と共生すれば、体や心は素直に応えます。
いらだちは消え不満は感謝へと、一汁一菜の贅沢に気づくはずです。
それが、日本人の美徳のように思います。
ハードのみならず、“人”のリノベーションが一番大事かもしれません。

古民家のよさをよく聞かれます。今思うことは、
人間が素直に暮らせる「人間時間」がそこにあることでしょうか。

information

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ささらい

住所:兵庫県篠山市日置397

TEL:079-556-3444

営業時間:10:00〜18:00

定休日:火曜・水曜

http://www.sasarai.com

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