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黄金町の狭小長屋をアトリエに再生。
〈旧劇場〉の日常と、
まちとのつながり。
IVolli architecture vol.2

リノベのススメ
vol.094

posted:2015.12.8   from:神奈川県横浜市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

IVolli architecture vol.2

アイボリィアーキテクチュアの原崎です。
前回のvol.1は、僕らの事務所のあるシェアスタジオ〈旧劇場〉が
どういった経緯で生まれたのかを主にお話しました。
今回はこの旧劇場での日常と、ここから展開している活動をお伝えします。

劇場内での連携した働き方

旧劇場のメンバーは、
みな個人でそれぞれの職能でそれぞれの仕事をしています。
建築事務所は2チームですが、
木工職人、現代美術家、写真家、フリーライター、アーティストとばらばら。
ふつうは、そんなメンバーが同じ空間で働くことはなかなか想像できないと思います。
ただ、以前いたシェアスタジオの頃から、
お互いがそれぞれの技術や知識、経験などを
部分共有することができるということは少し経験していました。
それは本や道具を貸し借りするというちょっとしたことから、
共同プロジェクトを立ち上げるということまで、共有の度合いはさまざまです。
例えば、ある物件を僕らが設計して、
職人が施工して、写真家が撮影して、ライターがリリースに合わせて記事を書く、
といったリレー形式になることもあります。
そんなことをしていると、
この不思議な共同体に興味を持ってくれた近隣の方々が
少しずつ声をかけてくれるようになりました。

旧劇場の打ち合わせスペース。

まず声をかけてくれたのが、通りの向かいにお住まいのみなさん。
お話をうかがうと、ここがストリップ劇場になる前からいらっしゃるそうで、
「劇場が閉まって、次は一体どうなるのかと思っていたら、
若い人たちがたくさん来てくれてよかった」
「夜は周りが暗くて怖かったけど、
顔のわかる人たちが遅くまで近くにいてくれると安心する」
と、うれしい言葉をもらっています。
それどころか、ことあるごとに食べ物の差し入れなどをいただいてしまっています。
恐縮です……。

町内から話はすぐ伝わるようで、その後に知り合ったのが、
すぐ隣のまちなかにある伊勢佐木町商店街で、
明治に創業したお茶屋〈川本屋〉の川井喜和さん。
まちに若い担い手の少なくなった状況を変えるために、
商店街近隣を中心に行う屋台市〈ザキ祭り〉を企画・実行するなどとてもパワフルな方で、
僕らと同年代ということもあり、意気投合するのに時間はかかりませんでした。
その流れで、川本屋の上階にある住戸の部分改修も手がけさせていただくことになりました。
ただ、これはアイボリィが請けたのではなく、旧劇場として請けていて、
今回は設計施工をぼくらと大工の〈LIU KOBO〉劉 功眞くんと協働しました。

伊勢佐木町商店街にあるお茶屋さんの川本屋。

まちの人との関係はこれにとどまりません。

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黄金町発信のアートイベントに参加

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黄金町バザールへの参加

旧劇場の前を流れる大岡川を挟んで反対側には京急線が走っています。その高架下を中心に、
アートイベント『黄金町バザール』などが開催される芸術界隈があります。

以前は「特殊飲食店街」という、
違法風俗を行うバーやスナックがはびこっていた大変なエリアでしたが、
地域住民と行政の協力により、まちの浄化がなされてきました。
この活動を担うNPO法人〈黄金町エリアマネージメントセンター〉は、
年に一度の『黄金町バザール』というアートイベントの開催、
市民参加のバザー、ワークショップ、防犯活動などを行っていて、
川をはさんですぐ反対側で活動する僕らも、交流をさせていただいています。
今年10月〜11月に行われた黄金町バザール2015では、
「まちにくわえる」というテーマのもと、
まちに残る「ちょんの間」(特殊飲食店の呼び名)などの空き家5軒を対象に
コンペが行われました。
それぞれ、インフォメーション、ライブラリー、
3か所のアーティストレジデンス(アトリエ)に改修するコンペで、
僕らはレジデンスのひとつを設計する機会を得ることができました。

間口1間3階建て長屋の改修

そもそも、この「ちょんの間」、どういったものかご存じでしょうか?
ここでその背景をお話します。
太平洋戦争後、空襲で焼け野原のようになってしまった横浜。
しかし戦前から走っていた京急線の鉄筋コンクリート造の高架は焼けずに済んだため、
家が焼けてしまった人々はこの高架下にたどり着いて、生活を始めたそうです。
また、そこで商売を始める人も出てきて賑わいをみせてきたころ、
そのなかの飲食店のいくつかが次第に風俗経営を兼ねるようになり、
特にこの黄金町の狭い高架下を中心に広まり、最盛期には250店舗ほどの規模になったのです。
この小規模にこれだけの店舗数を生み出したのが、
「ちょんの間長屋形式」と呼んでいる建物の建ち方です。

この長屋群は、どれもほぼ共通で間口1間程度で2〜3畳の広さしかありません。
通りに面して呼び込みのための掃き出し窓を各戸それぞれ構えており、
中に入るとバーカウンターやトイレなどがコンパクトに収まっています。
お客さんはその狭い2〜3畳ほどの1階の部屋から狭い階段を上がり、
同じく狭い2階、3階へと招かれていったそうです。
僕らが手がける建物は、まさにこの異様な長屋群の一角にあります。
場所は黄金町駅から日の出町方面に向かってほど近い、
木造3階建て、全16戸の「元・ちょんの間」長屋で、そのうちの1区画が改修の対象です。

改修工事前の内観の様子です。

とにかく狭く、床の半分は階段が占めているような構成で、
階段と踊り場だけしかない建物といえます。
それぞれ2畳ほどしかないこの床面積をそのまま生かして
アーティストのための制作場所と考えるのは普通に考えるととても厳しいです。
そこで僕らはこの建物の3階建てという高さに価値を見出すことにしました。
それは単純ですが、階段は既存のまま残して、
2、3階の床の一部を抜き、3階分の高い吹き抜けをつくって
さらに、外からもガラス越しに中の様子をうかがえるようにするというものです。

コンペ提出時の内観イメージ。

この吹き抜けにより、ほかのアトリエではできない、
背の高い作品などをつくることができるという価値をつくることができます。
もうひとつ、まちに対しても、
敷居を低くし、風通しのいい場所にするということも狙っています。
まちの人は暮らしのなかでアーティストが
日々ここで作品を育んでいく様子を見ることができます。
日々のコミュニケーションのなかで、この場所でしか見られない、
この場所でしか生まれ得ない作品ができていくことを望みながら計画しました。
以前のまちの特徴であり、まちの特殊な状況に対して最適化された建築を、
いま僕らがこのまちにいて考えることのできる新しい形式のひとつです。

まちと応答する長屋 -reflecting room-

改修の施工は先に書いた物件と同じく、劉くんにお願いしました。
現場が狭いですが旧劇場も近いので、
必要に応じて現場と旧劇場を行き来して工事を進めてもらいました。
現場は解体、造作工事、仕上げ工事と進み、工事途中で
さまざまな難題にいろいろ悩みながらも3週間で完成しました。
完成写真の撮影は、旧劇場メンバーである加藤甫くんです。

1階から6.7メートルの吹き抜けを見上げる。写真・加藤甫

階段部分は一切手をつけず、吹き抜け側のみ施工しました。
吹き抜け部分にはこの建物の主構造材と同じ種類の木材を新たに格子状に組み、
手すり兼足場として設置しました。
また、もともと床があった位置にも設置して、作業時に足場をかけられるようにしています。
塗装などの仕上げも、吹き抜け側と階段側で見切って、
建物の新旧のコントラストを表しています。

吹き抜けを見下ろす。壁は吹き抜け側のみ塗り替えられ、床は足場部分のみ天井とフローリングが剥がされた。写真・加藤甫

建物そのものよりもそこでの生活が際立って、
周りの風景と呼応する関係をつくりたいと考えた結果、
窓ガラスはスリガラスから透明にし、屋内吹き抜けの天井をステンレス板鏡面仕上げにして、
まちからの視線や、屋内の制作風景や照明を反射させることにしました。
結果としてこれは吹き抜けをより強調する効果も生み出しています。

引きの取れない前面道路からでも、屋内の実像と、反射された虚像が窓から際立って見える。写真・加藤甫

1階床にもひと工夫しています。
もともとは土間に塗装でコーティングされていたものが部分的に剥がれていたので、
上からそのまま半透明のエポキシ樹脂を流し込んで固めています。
施工していただいたのは
これまたすぐ近くに〈nitehi works〉というアートスペースを構えている稲吉稔さん。
稲吉さんはアートワークで空間リノベーションなどを手がける作家さんで、
nitehi worksを含め近隣のさまざまなスペースにこの樹脂を使った作品があります。
耐水性もあり、光沢があるので、天井と共に合わせ鏡のように反射をして、
空間に広がりを与えています。

エポキシ樹脂コーティングの床。写真・加藤甫

まちを映し込み、まちに影響され、影響を与えていく様子に「reflect」という単語をあて、
「reflecting room」という名前をつけました。
いまはまだ何者にも染まっていない無垢で素っ気ない空間ですが、
文字通り日々まちの様子を映し込みながら、ここでしかできない作品と、
ここだから生まれる関係性を築いていける場所になってくれたらと思います。

写真・加藤甫

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つくり手が地域に関わるということ

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まちで協働するということ

まちのなかで何かをつくるうえで、まちにいる人々と協働できるということは、
僕ら当事者にとっても、まち(あるいは、まちの人)にとっても
お互いに幸せなことだと思います。
このまちも含め、かつて個人商店や職人で賑わっていたころは、
家やお店で不具合があれば近所同士でお願いする、
足りない道具なども近所で調達するといったことが自然でしたが、
それは少しずつほころび、“ひと”と“もの”と“わざ”が
だんだんとばらばらになってしまいました。
(もちろんそれによって便利なこともたくさんできるようになったのですが)
黄金町の設計時でも考えていたことですが、
まちに対して、どこで何をしている人なのかが外から見てわかるということ、
近所付き合いがしやすいこと、といった単純なことが、
個々で活動しているときほど大事だと実感しています。
そのうえで、同じまちにいる人同士がつながり、
互いに足りない“もの”や“わざ”を共有してひとりではできないことが可能になる。
その実践をこれからもここ旧劇場を基点にひとつずつ積み重ねていければと思います。

次回は、黄金町から少し足を延ばして、
日雇い労働者のまちとして知られてきた寿町の
簡易宿泊所街を拠点としているコトラボさんとのプロジェクトについてです。
同じ横浜・関内外エリアのなかでも、まちのカラーはかなり異なったものなので、
それについても合わせてお話しようと思います。

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IVolli architecture 
アイボリィアーキテクチュア

住所:神奈川県横浜市中区末吉町3-49 旧劇場2F

http://ivolli.jp/

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