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三重で始めた暮らしで考えた、
大きな環境の変化と移住の難しさ|Page 5

暮らしを考える旅 わが家の移住について
vol.010

Page 5

大事なことに気づかせてくれた1本の映画

翌朝、朝食を食べながら家族3人で話しました。

「東京へ戻ろうか、みんなに会いに帰ろうか」

すると、娘の表情はパッと晴れやかになり、大きく頷きました。
翌日、持ってきた荷物の一部を段ボールに詰め直し、
東京へと引き返したのです。

娘が生まれたのは2011年。
5歳になるいままで、私の母と姉家族と実家で3世帯同居してきました。
姉には9歳の男の子と4歳の女の子、ふたりの子どもがいます。
私たちが移住を考え始めた数年前までは、
子どもたちの関係はそんなに密ではありませんでした。
それぞれがバラバラに遊んでいたり、
絡み始めたと思ったら喧嘩ばかりという雰囲気で。

けれど、昨年一年で子どもたちの関係は確実に変わっていたのです。
3人がしっかりと結びつき、子どもたちだけの世界が形成されてきて、
お互いにかけがえのない無二の存在となっていました。
それでも、私たち両親と一緒にいればなんとかなるだろうと考えていました。
家族3人が揃っていれば娘も安心して暮らせるだろうと。

けれど、そうではなかった。
年末年始にいとこたちと毎日過ごし、
そのあと彼らと急に引き離されたことは、私たちが想像していた以上に
娘にとっては負担だったのだと思います。

東京に戻ってきてから娘にはいつもの笑顔が戻り、
子どもたちは以前のようにじゃれあっています。
その姿を見てほっとするとともに、
私は不安な気持ちに包まれていったのです。

一度出発したのに、また元の生活に戻ることへのいら立ちや、
この先ずっと東京から離れることができないのかもしれないという不安から、
どんどん落ち込んでいきました。

落ち込んだとき、私は気分を変えるために映画を観に行きます。
上映作品を調べてみると、ちょうど気になっていた
『人生フルーツ』がありました。
愛知県春日井市に住む、90歳の津端修一さんと
87歳になる英子さんご夫妻を追ったドキュメンタリー映画です。

『人生フルーツ』はポレポレ東中野ほか全国順次公開中。(c)東海テレビ放送

おふたりが住んでいるのは高蔵寺ニュータウンという住宅地。
ご自宅に一歩入ると、そこには森のような景色が広がっていて、
まわりが住宅地だということを忘れてしまうほどです。

その雑木林は、津端夫妻が50年前に購入した土地に自ら木を植え始め、
長い歳月をかけて家族みんなでこつこつとつくり上げてきたもの。
そのなかで畑を耕し、採れたての野菜や果実を味わい、
手間ひまを惜しまず日々の暮らしを丁寧に紡いでいるおふたり。
その姿を見ていたら、胸がわくわくと高鳴り、
それと同時に涙がこぼれました(本当に泣いてばかりで困ります……)。
こういうことでいいんじゃないか、そう気づかされたのです。

(c)東海テレビ放送

美杉への移住を断念せざるをえないのかもしれない。
もしそうなったら、この先どうすればいいんだろう……。
東京に戻ることになったら、どうしよう……。

そうした不安に私は押しつぶされそうになっていました。
けれど、津端夫妻のようにどこの土地であってもどんな環境であっても、
自分たちでその道を開拓していくことがきっとできるのです。
大事なのは、自分たちがどう生きたいのか、何を大事にしたいのか、
目標に向かってわくわくしたイメージを持ち続けること。

美杉の人たちの魅力に惹かれ、その土地で一緒に暮らしてみたいと
私たち夫婦は思い描きました。
けれど娘にとって、生まれ育った家やいとこたちと離れることが
大きな負担になるようであれば、方向を変える必要があります。

娘がもしこのまま美杉に馴染めないようであれば、
もう少し東京に近い土地を考えるかもしれません。
週末はいとこたちの住む東京に通うスタイルを試してみて、
娘の様子を見てみます。

それでもダメなら、移住を断念して東京に戻るかもしれません。
もし、東京でまた暮らすことになったとしても、
自分たちにできることはきっとあるはずです。
映画を観てから、そう思えるようになりました。

今回のことで、自分の気持ちが少し整理できたように思います。
母親として心構えが足りないことにも気づかされました。
娘が不安定になったのには、私の心持ちが影響していたのです。
娘が風邪をひいてしまったときも私自身がうろたえてしまい、
この土地で暮らすことを少なからず心細く思っていました。
子どもと母親というのは不思議なくらい影響し合うものです。
私が不安定ならば娘もそれにつられ、
私が楽しそうにしていたら自然と娘も楽しくなります。

東城先生がおっしゃっていました。
母親というのは木の根っこで、夫や子どもという枝葉を育てる役割がある。
根っこがしっかりしていないと、枝葉は元気に育たないのだと。
私に必要なのは、どんなときにでもリスクを覚悟して動揺しないこと。
私自身がもっと強い根っこにならなければ。

暮らしを考える旅には、どうやら終わりがないようです。

家の近所にある〈丸八酒店〉の女将さん。娘が泣いた翌日に私が落ち込んでいると、たまたま女将さんから電話がありました。ご自宅にうかがうと、「寒いでしょう」と電気アンカを持たせてくれて、梅酒やら味噌やら大根やらたくさんのおいしいものをくださいました。こんなに温かいご近所さんに巡り合えるなんて、そうそうあることじゃないよな~。そう思うとまた美杉に強く惹かれてしまうのです。

写真・文 津留崎徹花