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連載

飛騨の移住者たちに聞く「働き方」
地域のためになる仕事、
地域だからできる働き方

あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?
vol.008

posted:2017.2.7  from:岐阜県高山市/下呂市  genre:暮らしと移住

sponsored by 飛騨地域創生連携協議会

〈 この連載・企画は… 〉  最近、飛騨がちょっとおもしろいという話をよく聞く。
株式会社〈飛騨の森でクマは踊る〉(ヒダクマ)が〈FabCafe Hida〉をオープンし、
〈SATOYAMA EXPERIENCE〉を目指し、外国人旅行者が高山本線に乗る。
森と古いまち並みと自然と豊かな食文化が残るまちに、
暮らしや仕事のクリエイティビティが生まれ、旅する人、暮らし始める人を惹きつける。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Daisuke Ishizaka

石阪大輔(HATOS)

Uターンして高山市で飛騨信用組合に勤める古里圭史さんと、
下呂市でNPO法人〈飛騨小坂200滝〉に勤める熊崎潤さんの、飛騨での働き方を聞いた。

肉体労働から金融という異業種へ飛び込む

大学浪人&留年、就職活動もしなかったような男が、公認会計士の資格を取り、
いまでは飛騨のために働いている。
〈飛騨信用組合〉(ひだしん)の経営企画部長である古里圭史さんは、
一般的には遠回り人生を送っているようだが、
豊かな人生経験が、飛騨で人に会う仕事に生きているようだ。

〈飛騨信用組合〉の経営企画部長である古里圭史さん。

飛騨市の古川町出身で、高校卒業後名古屋で1年間大学浪人生活。
その後、早稲田大学に入学するも、留年して1年余計に通い、
大学5年目には日雇いの肉体労働系アルバイトばかりしていた。
その後、派遣会社を通して、総務の設備関係、そして監査対応の仕事に就いた。
経済・金融はまったく未知の世界だった。

「監査対応の仕事がおもしろいと思って、簿記や公認会計士の勉強を始めたんです。
昼休みにおにぎり片手に勉強していましたね。
“1浪1留”で就職も遅れていて、同級生たちに遅れをとっていたので、
焦りの気持ちもありました」

その後、監査法人の〈トーマツ〉に入社。働きながら公認会計士の資格も取った。
古里さんの人生が大きく舵を切っていく。

飛騨の木材を使った吹き抜けのフロアは明るく気持ちがいい。

Uターンして気がついた地方の「経済生態系」

「飛騨信用組合の方々に、
“戻ってきて一緒に働かないか”と声をかけてもらいました。
東京にまで会いに来てくれて、夢やビジョンを語ってもらいました」

これを帰るチャンスととらえた古里さん。
2012年にUターンし、飛騨信用組合に入社する。
トーマツで働いていた6年間は、一部上場企業や
上場を目指す有力なベンチャー企業などを相手に仕事をしていた。
ところが、飛騨では中小企業や小規模事業主が仕事相手になる。

「これまでの正論がまったく通用しないんですね。
数字だけ追っていると実態が見えない。
中小企業を取り巻く、まったく新しい生態系があることを知りました。
しかしよく考えると、そういう会社のほうが日本には多くて、
実際に日本を地方から支えている。実はここが一番大切なのではないかと」

それまでの監査の仕事とは、扱うものは同じ「お金」であっても、
仕事内容のベクトルは正反対なのだ。

高いパーテーションやポスターなどがなく、落ち着いた雰囲気のカウンター。

イベントなども開催しているひだしんの中庭をバックに。

地域にフィットするクラウドファンディングを!

飛騨の中小企業の現状を見ていて、
「飛騨で新規のベンチャーなどが生まれてこない理由のひとつに、
お金の調達手段が少ないことに気がついた」という古里さん。
そこでメニューを増やそうと試みる。
東京では、いろいろな資金調達のメニューがあり、
それらを組み合わせて事業を運んでいくことができる。

そこで〈ミュージックセキュリティーズ〉と業務提携した
投資型クラウドファンディングや、
もっと手軽な購入型クラウドファンディング〈FAAVO飛騨・高山〉を立ち上げる。
また、子会社を立ち上げてより本格的なシステムとして〈結ファンド〉もつくった。

「地元企業がもっとチャレンジをしやすいように、とにかくツールを揃えたい。
金融機関の役割ってそういうことなんじゃないかなと思っています」

信用組合というのは、一般的に規模としては一番小さい業態の金融機関だ。
ひだしんは、飛騨市、高山市、白川村でしか営業できない。
地元の人としか取引ができない。
だから地域が衰退すれば、ひだしんもともに衰退していく。
“売り上げが悪いから飛騨から撤退”なんてことはあり得ないのだ。
だから地域との接点はおのずと増えていく。

「クラウドファンディングは、地域特化していれば、
より企画を練り込んでいくことができます。
また資金調達以外にも、地元の人たちのおもしろい活動にお金を出すことで
当事者意識を持つという、ネットワークづくりにも役立っていると思います」

ひだしんにも地域のナレッジが集まり、
活動を「見える化」することにもつながるだろう。

「少しずつ地域カタログのようになったらいいなと。
僕が東京にいたときは、飛騨のことが全然わかりませんでしたから」

「ビズコン飛騨」では、ビジネスのコンシェルジュとして、ひだしんの取引先でなくても、誰でも無料で相談を受けつけている。

人に会って、親身になって、一緒に何かを生み出す

古里さんと一緒に〈エブリ東山〉というスーパーマーケットを訪れた。
もともとひだしんの取引先であったが、
一番目立つ場所に支店である〈ひだしんリビング〉と
ファブリケーション施設〈フレッシュラボ高山〉がある。

「最初にひだしんリビングに勤務していた支店長と次長は、夫婦でした。
本来ならあり得ないことですが、スーパーに土日に来る家族や夫婦にとって
一番の相談相手になるんです」

夫婦で店舗を回すなんて、まるで定食屋かラーメン屋か。
そんな親密感もあって、売り上げも上々。
窓際で明るく、子どもが入りやすい開けた店舗設計。
制服もなく週休3日制と、実験的な働き方も進めている店舗だ。

金融機関とは思えないひだしんリビングの店舗。

子どもに人気の木彫りのクマさん。チェーンソーでつくられた作品だとか。

隣には〈フレッシュラボ高山〉。
スーパーの施設であるが、レーザーカッターや3Dプリンターなどのツールがあり、
キッチンスタジオも完備したファブリケーション施設。
食関連のイベントなども行われている。

「この場所をつくらせてもらったときに、いろいろと関わらせていただきました。
どんな場所にしたいかというワークショップにも混ぜてもらいました」

フレッシュラボ高山の山下貴士さんと近況報告。

スーパーマーケットに突然ファブ施設!

このように地域と密接になって、“どうしたらうまくいくか”考える。
常にそれを意識していくのが、地域の金融機関における古里さんの働き方。

現在のように足を使って、人に会って、親身になって、
一緒に何かを生み出す働き方が合っているのかもしれない。

「飛騨ではリアルな対面のコミュニケーションが重要です」
こうして地域のハブになろうとしている。

information

map

飛騨信用組合

■『グッとくる飛騨』では、こちらのインタビューも↓

恩師が見てきた、古里さんのアナザーストーリー

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滝のまちにUターンして働く

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地元の滝を守るため、自らをモデルケースとする生き方

小坂町の自然環境が子どもの頃から好きだという熊崎潤さんは、下呂市の小坂町出身。
現在はNPO法人〈飛騨小坂200滝〉で働いている。
小坂町は下呂温泉で有名な市街地からは、車で30分ほど離れたエリアだ。

愛知県の大学に進み、その後Uターンして、高山市の木工家具メーカーに勤めていた。
子どもの頃から自然が大好きで、休みがあれば山登りに出かける日々。
しかしその目的地は小坂ではなかった。
それでも次第に地元の自然環境に目を向けるようになり、
2010年頃からボランティアなどで飛騨小坂200滝に関わるようになる。

2008年、岐阜県から小坂の滝が「岐阜の宝もの」という認定第1号を受ける。
これは岐阜県民が自慢できる地域資源として認められるもの。
豊かな自然環境であることはもちろん、NPOの活動で環境整備やガイドツアーが
しっかりと行われていることも選定理由にもなっていた。

この認定を受けて、当時の飛騨小坂200滝は3年間の緊急雇用事業で人員を雇い、
冊子やホームページなどをつくった。
しかし助成金がなくなるとそのまま下降線。
担い手や制度などを整備できずにいた。

「これだけの自然環境があって、それをガイドする人や広報ツールなども
せっかくつくったのに、誰もやる人がいなくて
このまま終わらせてしまうのはもったいないじゃないですか。
だから“後継者としてやらせてください”と、仕事も辞めて飛び込みました」

NPO法人〈飛騨小坂200滝〉事務局長の熊崎潤さん。

こうして専任として飛騨小坂200滝で働くことになる。
小坂町の大きな資源は、やはり滝。
200という名前がついている通り、日本一滝が多いまちであり、
落差5メートル以上の滝が200以上ある。

こんなにキャッチーな観光資源はないように思われるが、
飛騨小坂200滝が立ち上がった2006年までは、
ほとんど観光化されていなかったという。

飛騨小坂200滝では、里山ふれあいゾーン、奥山挑戦ゾーン、秘境探検ゾーンと
3つのレベルにわけて、14の滝めぐりコースを設定し、ガイドツアーを催行している。

初心者向けの滝巡りをガイドしてくれた。

「秘境探検ゾーンには、全国から“滝好き”と呼ばれる
ジャンルの人たちが集まってきます。
ニッチなので人数は少ないですが、すごく濃い人たちばかりです」

透明度が高い〈あかがねとよ〉という滝の滝つぼ。

御嶽山の溶岩が水の力によって削り出されて生まれた〈からたに滝〉。

複数の仕事をこなすという地域の働き方

かつては一定のサラリーをもらって働いていた熊崎さん。
この業態に飛び込んで、驚いたことがあるという。

「自分の力で何かをつかんでこなくてはならないので、
いろいろなものをつなぎ合わせて複数の仕事をしている人が
たくさんいることに気がつきました。
うちからガイドをお願いしている人でも、きこりをやっている人、
冬はスキーガイドをやっている人、農家など、
この地ならではの組み合わせで働いています。
これがローカル的な働き方なのかもしれません」

熊崎さん自身、ガイド以外にも飛騨小坂観光協会の事務局としての顔も持っている。
さらに他団体とのコラボイベントや企画も精力的にこなしている。
意外とのんびりとはしていられない。
しかしやりたいことがたくさんある人にとっては幸せな環境ともいえる。

「僕もやりたいと思ったことにどんどんチャレンジできています。
組織にいてはなかなか難しいことでも、小回りよくできますし」

「炭酸泉もオススメですよ」と熊崎さん。

道中には美しく立派なつららが随所に見られた。

だから熊崎さんの1日は忙しい。
ネイチャーガイドが主だから、まずは日照時間に左右される。

「夏だと6時くらいから19時くらい、冬だと9時から16時くらいまで、
屋外でのガイドなどの活動です。それ以外の時間で事務仕事をやります。
やれることをやっていくしかないですが、やりたいことが多過ぎて……。
休みという概念はなくなりましたね(笑)。でも休まなくても楽しいです」

まずは地域での仕事や働き方が気になる人も多いだろう。
熊崎さんはそういう不安をもつ人たちにとっての
ひとつのモデルケースになりたいという。

「仕事がないと移住もUターンもできないし、暮らすこともできません。
ガイドの仕事や僕のような働き方を、選択肢のひとつとして提示していきたいんです。
そのためには僕が食べていけないと見本にもならないし、
この先、産業としても発展しません」

木も葉も似ているけど、葉を裏から見てみると違いがわかると説明してくれた。(上から)ヒノキ、サワラ、アスナロ。

熊崎さんのように働きたい、暮らしたいと思う人が増えれば、
おのずと小坂町の自然を守る人も増えていく。

「小坂町に住みたいという声も聞くので、その受け皿になりたいと思っています。
やはり人口は減っているので、その進行を食い止めなければなりません。
そのためには、仕事と魅力ある生活。小坂にはそのポテンシャルがあると思います」

飛騨小坂200滝の活動を通して、小坂の滝も認知が上がってきた。
それでも「まだ情報量が少ない」と熊崎さんはいう。
さらに認知度を上げていくためには、ひとりでは難しい。
まち全体の意識が変われば、飛躍的に認知度は上がるだろう。

「そもそも僕も、“安定した一般企業にいたのになんで辞めて戻ってきたんだ?”
というような見られ方でしたが、最近は
“がんばってるね”などと言ってもらえるようになってきました。
そういう雰囲気が変わってきたことが一番大きいですね。
若者ががんばっているということが、
地域のみなさんの元気の源になればいいと思っています」

1冊の写真集を見せてもらった。
熊崎さんの生まれた年に発行された、その名も『小坂の瀧』。
小坂町の滝をしらみつぶしに踏査して記録したものだ。

「僕の原点です。滝に興味を持ったのはもちろん、山登りを始めたのもこれのおかげ。
ただこれだけの滝がありますが、ほとんどの滝は子どもの足では行けません。
いまでも、ガイドがいないと行けないような場所ばかりです。
だからどうしても行ってみたいという気持ちがありました」

小坂の滝への愛情がつまった『小坂の瀧』。

熊崎少年が見た小坂の滝は、いまもまだ残っている。
しかし環境整備する人が減っていく現状では、この先どうなるかわからない。
だから仕事として、暮らしぶりとして、
熊崎さんのモデルケースに倣う人がたくさん出てきてほしい。

「僕ひとりでは難しいし、僕の世代でできるかもわかりません。
ただそういうまちなら僕は住みたいと思う」

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NPO法人 飛騨小坂200滝

■『グッとくる飛騨』では、こちらのインタビューも↓

小坂の滝に魅了された、もうひとりの男

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