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連載

大雪山の山々の名づけ親、
小泉秀雄を知ってる?
〈大雪山ライブラリー〉

my weekend@HOKKAIDO
大雪山と、北の暮らしを旅する
vol.005

posted:2017.9.2  from:北海道上川郡東川町  genre:旅行

PR 北海道観光振興機構

〈 この連載・企画は… 〉  “北海道の屋根”と言われ、日本最大の〈大雪山国立公園〉を有する大雪山。
深く美しい大自然のなかで、コテージや温泉宿に滞在しながら、北の暮らしを旅します。

photographer profile

Asako Yoshikawa

吉川麻子

フォトグラファー。北海道苫小牧市生まれ。札幌市在住。2006年からのスタジオ勤務を経て2011年より独立し、フリーランスとなる。主にポートレイト、衣食住、それらに関わる風景など幅広く撮影。おいしいものといい音楽があると笑顔になります。
気のいい犬1匹と現在二人暮らし。

writer profile

Akiko Yamamoto

山本曜子

ライター、北海道小樽生まれ、札幌在住。北海道発、日々を旅するように楽しむことをテーマにした小冊子『旅粒』発行人のひとり。旅先で見かける、その土地の何気ない暮らしの風景が好き。
旅粒
http://www.tabitsubu.com/

知られざるパイオニアの足跡を集めたライブラリー

1911年に旭川へ赴任した、山形県出身のとある博物科教師。
以来、彼は大雪山を全山踏破し、膨大な植物を採集して
植生や地形、沢の名に至るまでを緻密に調べ上げ
大雪山の山々の名づけ親となり、その全容を世に知らしめるという偉業を果たします。

彼の名は小泉秀雄(1885〜1945)。その知られざる仕事や文献とともに、
大雪山を中心に集められた山岳資料を閲覧できるのが、
旭岳のふもと東川町に2016年に誕生した〈東川町文化芸術交流センター〉
1階にある〈大雪山ライブラリー〉です。

小学校だった建物につくられた東川町文化芸術交流センターは、大雪山ライブラリーのほか留学生たちでにぎわう日本語学校や、ギャラリースペース、おいしい定食で人気の〈ひがしかわ食堂ワッカ〉などが入っている。

東川町から、大雪山を望む。

大雪山は、最高峰の旭岳を筆頭に黒岳やトムラウシ山など
いくつもの山がゆるやかに連なる巨大な山塊。縦走を楽しむ登山者も多く、
冬はバックカントリーのメッカとしても知られます。

高山植物研究家として名を知られる小泉の北海道、本州での業績や
大雪山の山々のなかにある彼の名を冠した「小泉岳」に光を当てたのが、
〈日本山書の会〉会員の清水敏一さんでした。

若い頃から登山や山スキーに親しんできた京都出身の清水敏一さん。転勤で北海道の岩見沢市へ移住、現在は大雪山ライブラリーの専門員。小泉に関する書籍を何冊も手がけてきた。

ライブラリー開設とともに東川町に移住した清水さん。47歳のとき、登山仲間から

「大雪山には著名な人物の名前のついた山が多いが、“小泉岳”という山の由来は?」

と聞かれたことがきっかけで、謎に包まれた小泉秀雄の存在を調べ始めることに。
やがて、小泉が大雪山の学術調査研究の第一人者であり、
大雪山にある多くの山々の名づけ親であったことがわかっていきます。

登山家のみならず芸術家や作家も寄稿していたという日本山岳会の機関誌『山岳』(1917年刊)に発表された小泉の「大雪山登山記」。自宅のある旭川からの登山行程はもちろんすべて徒歩。

絵を得意とした小泉が手書きした登山ルート記録。現在の天人峡温泉から登山道へ入っている。「テント場」「お花畑」などの記載や、アイヌ語の沢の名も。

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小泉秀雄とは、どんな人?

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明治生まれの、中学校教諭

小泉秀雄が初めて大雪山の調査登山記録を発表したのが、日本山岳会の機関誌『山岳』。
これが大雪山の情報が全国へ発信された最初の論文でした。
そののち旭川の実業家であり、現在の層雲峡温泉観光開発を企画する荒井初一が、
大雪山調査会を設立します。荒井の要請によって
小泉はガイドブック『大雪山-登山法及登山案内』(1926年刊)を著し、
大雪山調査会より刊行しました。

同書によって大雪山の名は一躍全国の登山家たちに知れわたり、
大雪山登山ブームが起こりました。本書には、
発行元の大雪山調査会が敬意を込めてつけたとみられる小泉岳の名を見つけることができます。

小泉はすでに本州へ戻っていたが、その知識や経験を認められて著した『大雪山 登山法及登山案内』。学術的な描写が多いのも小泉らしい。自身の描いた写生図や、調査会の撮影した写真を多数使用。

そもそも小泉自身は純粋な登山家ではなく、登山の目的は
高山植物の調査・採集、いわばフィールドワークにありました。
彼は自らの調査研究のため、当時まだ個別の名がなかった大雪山のいくつもの山々に
「旭岳」をはじめ「間宮岳」「桂月岳」などの名前をつけたことが
文献に残されているほか、標高や地形、地質についても調査しています。
北海道在住の間に道内大半の山に登り、各地の植物を調べていた記録もあるそう。

大雪山ライブラリー所蔵の、小泉による直筆の植物図。採集地が記載された4つの植物を緻密に描き分けている。

「北海道の高山植物は本州にはない独自の種類が多く、
また緯度が高いため、大雪山には本州では3000メートル以上の高所でないと
出会えない高山植物がたくさんありました。研究対象として魅力的だったし、
北海道での高山植物研究の先駆者としての自負もあったのでしょう」

清水さんはそう教えてくれました。

若かりし小泉が描いた絵画帖「動物植物画帳」(明治38年、大雪山ライブラリー蔵)。草花を中心に情緒的な筆致で描かれたモチーフからは、類いまれなセンスと画力がうかがえる。

家族も知らなかった、膨大な研究資料

赴任して9年後に旭川を去り、
長野、東京の旧制高校、専門学校で植物学講師や教授を歴任する小泉は
本州の山々をはじめ、南は台湾から北は樺太、千島でも植物採集や研究に没頭し、
数々の発見を重ねます。その死後に残された貴重な植物標本は16万点を超え、
すべて国立科学博物館へ寄贈されたものの、あまりの膨大さのため
分類整理に数十年を費やし、つい近年やっと完了しました。

しかし、小泉は、大雪山での研究をはじめすべての業績、
自身の名をつけられた山についてさえも、家族や教え子にも語っていなかったそうです。

大雪山ライブラリーには山岳にまつわる貴重な文献がたくさん。小泉秀雄に関する資料展示をはじめ、スマホで集めるのとはひと味違う山の情報に出会えるはず。

ながらく埋もれていた小泉の業績を丁寧に掘り起こし
何冊もの著作に収めた清水さんは、自らの仕事を
「まるで探偵をやっているようでした」と振り返ります。

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初めて知った、小泉岳の存在

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「調べるうちにご遺族にも出会えたので、小泉の軌跡をかたちにして残したいと思った。
そして教え子はもちろん、ご遺族さえも小泉岳のことを知らなかったので
お伝えしたところ、みなさんとても驚かれていましたね」

図らずも小泉秀雄の研究者となった、齢84を数える闊達な清水さん。「大雪山はスケールの大きい初夏のお花畑と、パウダースノーを体感できる冬が魅力」背景の絵画は主峰の旭岳。

その後、「小泉岳に登りたい」というお孫さん一家や教え子たちの希望を汲み、
案内しながら一緒に大雪山に登ったのも、登山に長けた清水さんでした。

「東川町は、小泉秀雄がつけた山名の残る、大雪山のふもとにあります。
この大雪山ライブラリーが、彼の業績をより広く知ってもらえる場となれば」

大雪山への登山をするならぜひライブラリーを訪れて、小泉秀雄の遺した資料や
エピソードに触れてから、山行きを楽しむのがおすすめです。

information

map

東川町文化芸術交流センター 大雪山ライブラリー

住所:北海道上川郡東川町北町1-1-1 東川町文化芸術交流センター内

TEL:0166-74-6801

営業時間:10:00~17:00

定休日:月曜日

駐車場:あり

Web:https://town.higashikawa.hokkaido.jp/arts-exchange-center/

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