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連載

キャンピングカーでラクラク!
長崎・移住先探しの旅 最終回:
奥津家の3拠点生活

ローカルの暮らしと移住
vol.013

posted:2016.3.31  from:長崎県雲仙市  genre:暮らしと移住 / 旅行

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〈 この連載・企画は… 〉  ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。

photo&text

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。『コロカル』では「美味しいアルバム」を連載中。
http://colocal.jp/category/topics/food-japan/tasty/

credit

supported by 長崎県

家族との移住を本気で考えて、日本全国あちこちを旅するフォトグラファーのテツカ。
そんなテツカがキャンピングカーで平戸市・波佐見町・雲仙市を4歳の娘と巡ってきました。
長崎って移住先としてどうだろう? という彼女なりの目線をお楽しみください。
長崎滞在最終日。雲仙市に到着したテツカ。
奥津さん一家に移住前後の生活の変化についてうかがいました。

【その1:キャンピングカーを借りてみる】はこちら

【その2:平戸市のレムコーさんに聞く人づき合いのヒント】はこちら

【その3:移住者は“タンポポ”!? 波佐見町・岡田浩典さんの移住体験話を聞く】はこちら

【その4:波佐見で感じた“もの力”と“ひと力” 陶芸家 長瀬 渉さん】はこちら

「人生で、いまが一番幸せです」

東京から雲仙へ移住した奥津典子さんは、
すっとこちらを見ながら、そう話してくれた。
「東京の生活で失ってきたものを、取り戻すことができたんです」

人が移住するのには、さまざまなきっかけがある。
自然に魅了されたから、人との出会いに恵まれたから、
そして、“働き方や暮らし方を変えたい”という強い思い。

今回お話をうかがったのは、奥津 爾(ちかし)さん、典子さんご夫婦。
おふたりは、日本の在来種の野菜や種に関するイベントの企画、
マクロビオティックの教室やカフェなどを手がける
〈オーガニックベース〉を運営している。
その拠点を、東京から雲仙へと移したのは2013年のこと。
彼らが移住を決断したのには、どんな思いがあったのだろうか。
そして、暮らしはどのように変わったのか。
キャンピングカーの旅も、今回が最終章。
長崎県雲仙市の小浜町よりお届けします。

島原半島には3つの市がある。
北東には島原市、南東には南島原市、そして北西に位置するのが、
今回訪ねた雲仙市。
雲仙市は、雲仙普賢岳や雲仙地獄などの険しい表情を見せる火山地帯と、
穏やかな有明海や橘湾に囲まれている。
私にとって、移住する上で大きな魅力のひとつが温泉。
雲仙には、全国的にも有名な雲仙温泉や小浜温泉などの温泉地がある。
共同浴場や旅館の立ち寄り湯も多いので、温泉三昧の日々が楽しめる。

まずは、雲仙市の移住相談窓口ご担当、中村昌太さんにうかがいました。
雲仙市【Q&A】 !

Q 子育に関する支援はありますか?

A 第2子以降が保育所や認定子ども園に入園した時、保育料が無料になります。
また、中学生までの児童を養育している家庭に対して、
5千円~1万5千円の児童手当てを支給いたします。
※「児童手当」の支給については、所得の状況、子どもの年齢、人数により
支給額が変わります。
詳しくは雲仙市健康福祉部子ども支援課までお問合せください。

Q 雲仙のおススメポイントは?

A 古くから湯治場として庶民に愛されてきた〈海の小浜温泉〉と、
日本最初の国立公園として認定された〈お山雲仙温泉〉というふたつの温泉があります。

Q 住宅補助金などはありますか?

A 住宅取得に対する補助金を整備してます。
雲仙市定住促進奨励補助金(新築住宅取得補助金)
→次の①と②の合計金額を5年間交付します。
①取得した住宅に係る固定資産税の2分の1相当額(上限10万円)
②18歳以下の子ども1人につき1万円
雲仙市定住促進小弟補助金(中古住宅購入補助金)
→次の①と②の合計金額を1回交付します。
①定額10万円
②18歳以下の子ども1人につき1万円
また、平成28年度より、空き家バンクを活用し、
賃貸借契約を締結した空き家のリフォーム工事に対し補助金を支給します。
詳しくは、雲仙市総務部政策企画課秘書政策班にお問合せください。

Q 食べ物でおいしいものはなんでしょうか?

A 雲仙市では「地元産の食材」を、方言で「じげもん」と言います。
農産物も海産物でも、とびきりおいしい「じげもん」があります。
これからの季節だと、じゃがいもが特におすすめです。
年に2回「春じゃが」と「秋じゃが」と呼ばれる新じゃがが取れますが、
どちらも風味と香りがともに豊かで、フワフワとやわらかく、
何度食べてもおいしいなーとしみじみ思う逸品です。

Q 保育園はすぐに入れますか?

A 待機児童は、いまのところいないようです。
他市に比べ比較的に入園しやすいと思います。
※希望する保育園に必ず入園出来るということではありません。
ご理解ください。

Q 中村さんが好きな場所はどこでしょうか。

A 高校生の時から、落ち込んだときなどに足を運ぶ場所があります。
何の変哲もない防波堤なんですが、そこから海に沈む夕日を眺めていると、
夕日と海が接する瞬間、海面上に光の橋が渡り、
夕日と自分が繋がっているように感じられます。
なんとなく元気になれる私なりのパワースポットです。

中村さんによると、「じげもん」のおいしい秘密は、雲仙の湧水にあるという。
大地にろ過された湧水が田畑を潤し、海を豊かにするため、
農産物も海産物も絶品になるのだとか。

そこで、“市民の台所”を知るために、スーパーへ行ってみることにした。
が、慣れない土地でまんまと道に迷う……。
通りを歩いているおばちゃんに道を尋ねてみると、
「もっとあっちの、海沿いの道よ。
これ、おもしろい車だね〜?」
このキャンピングカー、やはり目立つ。
そのおかげで、地元の方と会話が弾むからおもしろい。
「東京からきたの? この車で!? お父ちゃんは? ふたりで?」
などなど。
「気をつけてね〜」とおばちゃんに見送られ、その場をあとにした。

教えてもらった〈DAIMON〉という大型スーパーに到着。
「お腹すいたー!」という娘とともに、食材をあれこれと物色。
たしかに、魚が安くて心が躍る。
魚売り場では小浜産サザエを選び、
野菜売り場ではじゃがいもと雲仙まいたけをチョイス。
そして、これらの食材を調理するために向かったのが、
海に面している〈小浜マリンパーク〉。
この公園には、日本一長い足湯〈ほっとふっと105〉と、
温泉の蒸気を利用する〈蒸し釜〉が併設されている。
小浜に来る前に、地域おこし協力隊の岩佐浩明さんからいただいた情報。
「小浜のいちおしです!」ということで、その蒸し釜へ立ち寄ってみることに。
専用のかごを100円で借り、食材を入れて蒸し釜へ投入。
もくもくと湯気が立ち登る蒸し釜を見るだけで、娘は大興奮。
8分ほどで引き上げてみると、籠の中はいかにもおいしそうな状況に。
「アツっ! アツっ! おいしー!」
無言でじゃがいもをむさぼる娘。
温泉の強い蒸気で蒸すからこその、このうまみ。
わき上がる大地のエネルギーを感じながら、それを調理に生かせるなんて。
こんな贅沢な体験が身近でできるのも、雲仙の魅力といえる。

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東京から雲仙、そして福島へ

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腹ごしらえをしたあと、奥津さんご夫婦と待ち合わせしている店へと向かった。
小浜温泉から数分、細い路地や坂道をてくてく歩いていったところに
〈刈水庵〉がある。
空き家が多い刈水地区に、“住民と観光客と自然” をつなげる、
地域活性プロジェクトの中心地として立ち上げられた。
1階は雑貨を取り扱うショップで、
2階はゆったりとしたカフェスペースとなっている。
窓からの光がやわらかく、凛とした空気が流れていて、心がとても落ち着く場所だ。
奥津家とも深い関わりがあるこのお店で、ゆっくりとお話をうかがった。

奥津さんご夫婦は、2003年に〈オーガニックベース〉を、
2007年にはオーガニックカフェの先駆けともいえる〈ベースカフェ〉を吉祥寺で立ち上げた。
その後〈ヒトト〉へと店名が変わり。
現在は、吉祥寺のビルの取り壊しに伴い閉店し、福島への移転準備中だ。
東京を拠点として幅広い活動をするなか、
2013年の夏に東京から雲仙へと移住した。

「息子があるとき言ったんです、お父さんの記憶がまったくないって。
カフェを立ち上げてから、夫はほとんど家にいませんでしたから。
その言葉に、ひどくショックを受けていました」
それまでも移住へ向けて動いていたものの、
本格的に動き出すことになったのはその言葉がきっかけかもしれない、
と典子さんは話す。

〈オーガニックベース〉を立ち上げて以来、ずっと走り続けてきた。
家族で食卓を囲むのは年に数回だったと言う。
そうした生活に限界を感じ始めていた奥津さんご夫婦。
「いまとは違う働き方、暮らし方をしたい」
そうした思いがつのり、東京を離れることを決めた。

それからは、いろんな地域を家族で見て回ったという。
「調査不足だと、初恋みたいにのぼせてしまうんですよね。
いろんな場所を見ていくうちに、自分たちが求めていることが見えてきました」
大自然だけでも都会だけでもなく、刺激を受けられる何かがあるところ。
雲仙はそうした奥津さんたちの条件を、充分に満たしてくれたのだという。
「縁がある場所っていうのは、その土地のいい面と自然に出会えると思うんです。
雲仙では、そうした出会いに恵まれました。
もう、この人がいるだけでいいって思えるような、
そんなすばらしい方と出会えたんです」

典子さんは長年、マクロビオティックの講師としても活動してきた。
雲仙に移住してからも講座を続けるため、月に何度か東京や大阪に通っていた。
大阪で新しい講座が始まったちょうどそのとき、第三子の妊娠がわかった。
「妊娠して飛行機に乗れなくなって、通えなくなったんです。
それが、大改革の始まりでした」
生徒さんに申し訳ないという気持ちもあり、
雲仙にいながらできる方法を必死で模索した。
そうして、ネットを使ったライブクラスや、
生徒さんひとりひとりと手紙でやり取りをするなどの新たな試みをスタート。
「通うことができなくなったことで、
“雲仙から発信しなさい”と言われているように感じたんです」
直接顔を合わせる機会も大事にしたいと、
〈刈水庵〉や〈雲仙観光ホテル〉でのトークイベントもたびたび開催してきた。
さらに、今年の1月からは、『ながさきプレス』という
地元のタウン誌で連載が始まった。
「おくつ家の台所じかん」と題して、その時期ならではの食材を使った
レシピやコラムを雲仙の地から発信している。

デザインも写真もすてきな『ながさきプレス』、ぜひご一読を。県内の書店ほか、インターネットでも購入できます。
http://www.nagasaki-press.com/press/press.php

爾さんは、日本の在来野菜に焦点をあてたイベント〈種市〉の
ディレクションをしている。
東京での開催は2015年で5回目となり、
2016年の1月には雲仙で初めての開催となる〈種市大学〉が行われた。
月に一度のペースで東京に通っている爾さん。
「方向性と企画を自分が決めて、あとは現場のスタッフに任せています」
直接会って密に関わる仕事と、離れた距離で関わる仕事、
そのバランスが大事だと言う。
〈ヒトト〉の福島移転に伴い、今後は3か所を行き交うことになる。
「あくまでも、僕らの拠点はこの雲仙です。
ここから、いろんな地域につながっているんです」

長距離移動は、まったく苦にならないという。
「9時の飛行機に乗れば、10時半には羽田に着きます。
移動中はひとりになれるので、考えごとをするには最適です」
長崎から羽田の航空券は、安いものだと往復2万5千円程度。
「こちらで暮らしていると、生活費があまりかからないんです。
交通費を含めても、東京で暮らすより安いですよ」

生活費はいま、どれくらですか?
「家賃が3万5千円です。
8部屋もある一軒家で、小さい畑もついています。
この近所だと、120平米の掛け流しの温泉つきで7万円ぐらいの物件もあります よ」
不動産情報を検索してみたところ、たしかに家賃はかなり安く抑えられそう。

「家族全員で、月々15万くらいで済みます。
ひとり暮らしだったら10万で生活できると思いますよ」
そこが東京と大きく違うところ。
東京の暮らし方は、たくさん稼いでたくさん使う。
地方の暮らし方は、たくさん稼げないけれど、出ていくお金も少ない。
典子さんは、それをこう捉えている。
「2011年の震災以降、以前とは違う価値観、
幸福のあり方をみんなが無意識に探していると思います。
いままでの価値観ではかるとマイナスに見えることが、
別のものさしで見るとものすごくいいことなんだって、
みんなが気づき始めていると思うんです」

春になると、奥津家は〈刈水庵〉の裏山で、たけのこ掘りをさせてもらう。
堀ったたけのこはそのまま温泉へ放り込んでおき、
みんなで温泉へ出かけ、汗を流す。
温泉を利用して茹でたたけのこは、それはそれはおいしいのだそう。
「こんな豊かな体験、お金払ってもなかなかできないですよね。
それを子どもたちにさせてあげられるのが、本当にうれしいんです」
ここでしかできないことを、たくさん見つけていきたいと
子どものように目を輝かせる典子さん。
「一日一日が本当に濃くて、毎日が違う日です」

雲仙で暮らすようになって、大きく変わったことがある。
それは、家族で食卓を囲むようになったこと。
「私たちにとって、それはもう奇跡なんです」
東京の生活では、家族全員で食事をする機会はほとんどなかった。
「本当は大切だったはずの家族の時間を、
東京の生活でないがしろにしてしまったんです。
その痛みを、僕ら家族は背負っています」
そう語る爾さんの表情を見て、こみ上げてくるものを感じた。
いままで失ってきたものを、この雲仙で少しずつ取り戻す、そのための移住。
「自分がつくったものを家族と一緒に食べる。
そうして食卓を囲むことで、いろんなことがうまくいくんです。
こどもにとっても、心のよりどころになるんですよね」
小学校に通う娘さんは、学校から帰るとすぐに台所へやってくるのだそう。
そうして、今日あったことを母親に楽しげに話す。
「何があっても守っていきたいんです、この家族の食卓を。
すべての始まりだと思うから」

引っ越して間もなくのこと、いつもと同じように台所へやってきた娘さん。
「ねえねえ。
お父さんてあんなにおもしろい人だったんだね、今まで知らなかった」
そう言って、笑った。

高校生の息子さんと、小学生の娘さん。
そして、昨年2月に誕生した佑季子ちゃんと5人家族の奥津家。

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長崎滞在で私が感じたこと

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あとがき

我が家は、私と夫、4歳になる娘との3人家族です。
東京で生まれ育った私たちは、数年前から移住を意識するようになりました。
これまでの働き方や、子育ての環境、東京での暮らし方に、
どこかしっくりこない感覚が芽生え始めたのです。
自分たちはこの先どういう生き方をしていきたいのか。
そう考えた先にあったのが、移住という選択でした。

今回の旅では、長崎に移住して、
新たな暮らしをスタートさせた方々にお話をうかがいました。
移住することになったきっかけや、それぞれが抱えてきた思い、
大事にしていること、そして現実。
そうした生の声をうかがっていくうちに、移住において必要な心得や、
捨てたほうがいい思い込みなどが、しだいに見え始めました。

あるひとりの方は、こう話してくれました。
「移住は結婚と一緒。
いいところも悪いところもお互いに見つめながら、
そうして仲良くなっていけばいい」
きっと、移住した先での生活は、楽しいことばかりではないはずです。
それでも挑戦してみたい。
そう思ったのは、長崎の圧倒的な大自然やその恵み、
地元の方の魅力にあると思います。
肩に力を入れすぎず、けれど、大事な思いを決して忘れないように。
そうしてゆっくりと、その土地と寄り添っていこうと思います。

「ここではない、どこかへ」
もしそう思っていたら、出発してみませんか?
夕陽に染まる穏やかな海、土の匂いがする山の清々しい空気、
無数の星が輝く真っ暗な夜空。
キャンピングカーで巡る長崎の移住先探しの旅は、
きっと何かを気づかせてくれるはずです。

information

長崎県企画振興部地域づくり推進課「キャンピングカーによるラクラク移住先探し」

TEL:095-895-2241

E-mail:iju@pref.nagasaki.lg.jp

ホームページ:http://nagasaki-iju.jp/support/camper

ながさき移住者倶楽部

長崎県への移住に関心がある県外に在住の方が、各種割引や特典サービスを受けることができる、無料の会員制度です。

http://nagasaki-iju.jp/support/club

ワンストップ窓口

移住相談窓口が長崎県と県内21市町に設けられているので、気軽に移住の相談ができます。

http://nagasaki-iju.jp/window/staff_info/

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