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空き家から見えてきた、
地域が抱える課題

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.010

posted:2015.12.24   from:北海道岩見沢市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

裏に山が広がる、赤い三角屋根の空き家

コロカルの連載も今回で10回目となった。
半年間、エコビレッジをつくるために土地を探してきたわけだが、
ここにきて具体的な候補地が見つかった。
その土地とは、前回もチラリとお話しした、
ハイジの丘のように美しい山の土地だ(ただいま地主さんと交渉中)。
当初の構想だと、山の土地を買ってそこにエコビレッジを建てようと思っていたのだが、
インフラ問題など解決しなければならないことが予想以上に多いこともわかってきた。
そこで、山の土地を買ってゆくゆくはそこに家を建てるとしても、
同時にもう少しハードルの低い方法で、
夢への第一歩を踏み出したいと思うようになった。

新しい可能性を考えるきっかけになったのは、
ハイジの丘の近くに空き家が見つかったことだ。
まずはここでゲストハウスなどをスタートさせ、
徐々に規模を大きくしていくことはできないだろうかと、思い始めている。

2階建ての家。築年数はかなり古そうだが、以前の住人が大切に使っていた様子が感じられる。

1階部分。引き戸を開け放つと広々として、子どもたちが駆け回っていた。

この空き家は、岩見沢の東部丘陵地域の活性化に取り組む
NPO〈M38〉が管理する物件だ。
M38は、この地域に移住を希望している人たちに向けて
空き家を紹介する活動を主に行っており、代表の菅原新さんに、
わたしがエコビレッジをつくりたいという構想を話したところ、
物件を紹介してくれたのだった(その経緯は前回の連載に)。
場所は、山々が連なる美流渡(みると)という地区にある。
この空き家は、今年の10月まで使われていたそうで、
移住者がすぐに生活が始められるようにと家具や家電なども残されていた。

ストーブもすぐに使える状態。台にはタイルがあってデザインがかわいい。

棚や机も残されている。モダンなプリントが施された食器棚を発見。

昭和テイストの畳マット。敷物やドアノブ、引き戸のガラスなどの模様はどれも手が込んでいて見ているだけでも楽しい。

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空き家の所有者は誰?

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この空き家の窓からの眺めは最高だった。
家の裏は山へと続いており、子どもも思いっきり遊べそうだし、
畑もできそうないいところだ。
「どこまでが家の敷地なんですか?」と尋ねると……
「どこまでもですよ」と菅原さんは笑った。
えっ、どこまでも?
詳しくうかがってみると、空き家がある土地も、その裏の山も、
所有者は菅原さんのおじいさんなのだそうだ。
この地域で、土地の所有者がこのようにはっきりしているのはラッキーなことらしい。

もともと美流渡は、炭鉱街として栄えた場所だ。
炭鉱が稼働していた間は多くの労働者がおり、人の出入りも頻繁で、
誰かの家を誰かが借りるということが繰り返されていたという。
「壊すときに面倒を見てくれたらこの家貸すよ」
そんなやりとりがよく行われていたようで、
土地や建物の所有者が誰なのかハッキリしなくなっているところも多いそうだ。
ちなみにM38では、この地域の空き家を洗い出し、
以前住んでいた人の話を聞くなどして所有者を見つけ、
NPOに権利を移行してもらって移住を促進させようと地道な努力を続けている。

NPO〈M38〉の代表の菅原新さん。本業は歯科技工士で、アスリートのためにカスタムメイドしたスポーツマウスガードをつくっている。また、北海道のローカルラジオ局で、食と健康やスポーツをテーマにした番組のパーソナリティも務めている。

空き家の裏に出て山を少し登ってみると、眺めのよいところへ出た。
人の気配はまったく感じられない静まり返った谷に、鹿の鳴く声が響いている。
山の木々を見ながら、毎日ここを散策したら、どんなに心が休まるだろうと、
またもやうっとりしてしまった(いい原稿も書けそう!)。

裏の山に登ってみた。振り返ると赤い屋根の空き家が見える。

山を登りきると、一気に見晴らしのよい風景が広がった。耳を澄ますと鹿の鳴き声がする。

帰りの車中で
「あの空き家、本当にすてきだね~」と夫に言ったところ……。
「子どもたちの学校はどうするんだ! 
エコビレッジをつくるとかつくらないとか以前に、重要な問題だろ!!」
と、またしてもお叱り(?)が 。
まあ、おっしゃる通りなんですけどねと、思うことは思った。

実は今日、菅原さんにこの地域が直面するさまざまな問題について
教えてもらったのだが、その中で美流渡小中学校が
統廃合されるかもしれないという計画があることがわかった。
長男はいま5歳。2年後には小学校に入学することになるので、
わが家としてもとても気になる話ではあった。

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小中学校の統廃合の危機…!

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学校の統廃合という地域が抱える問題

この日、菅原さんと話をしていてハッと気づいたことがあった。
エコビレッジをつくるなら、その地域が抱える課題としっかりと向き合い、
そのうえで計画を立てていくことが欠かせないということだ。
いくら自分がやりたいからといって、
地域の人に受け入れられないような場所になってしまっては、
継続することは難しいだろう。
さらに、息子が通うかもしれない小学校のことについても、もっと知っておきたい。
そんな思いから、2週間後、再び菅原さんのもとを訪ねた。

統廃合の問題について菅原さんは、とてもていねいに経緯を説明してくれた。
美流渡小学校は現在12名、中学校も12名の生徒が通っているそうだ。
菅原さんの娘さんが今年、小学1年生として入学。
3年ぶりの新1年生になったという。
統廃合の問題が浮上してきたのは、今年の秋だ。
10月には岩見沢市教育委員会から学校の保護者に向けて
「学校適正配置に関する説明会」が行われた。
ここで、美流渡小中学校は「適正な規模に満たない」とのことで、
3年後をめどに統廃合を進めたいという計画案が発表された。
この計画案によると、子どもたちは15キロほど離れた小中学校に
スクールバスなどで通うことになってしまう。

「東部丘陵地域の学校はいままで統廃合が進められ、
美流渡小中学校がこの地域にある最後の学校、まさに砦です。
この問題が表面化したことで、子を持つ親だけでなく、
おじいちゃんおばあちゃんも地域に学校がある重要性に気づきました。
また、ぼくは移住希望者からの相談を受けていますが、
この問題は子育て世代の移住の妨げにもなってしまいます」

赤い屋根の空き家以外にも、菅原さんは2軒の空き家を見せてくれた。この家も、移住者のために家具やストーブが残されていた。

いま菅原さんは、先頭に立って統廃合の問題に取り組んでおり、
保護者のみならず町内会も含めて、反対の姿勢を貫いている。
「適正規模の人数がいないと切磋琢磨できない、
学力が担保できないという意見があることは当然です。
ただ、教育の場において切磋琢磨とは、ほかの人と競い合うことよりも、
自らが自らを磨くことが重要なのではないでしょうか? 
それは人数が多いとか少ないということに関係することではないはずです。
また、少人数であるからこそ、同学年だけでなく異学年との交流もできるし、
親や地域の人々が学校を支える意識も強くなるのです」
ひとりひとりの個性を尊重し、自然の中でのびのびと子どもが育つ、
そんな場が美流渡にはあるという。

また菅原さんは、
「小中学校の統廃合という問題が、岩見沢市の教育とは
どうあるべきかについて考えるトリガーとなってほしい」
と、教育そのもののあり方を見つめ直す機会になればと願っている。
菅原さんの取り組みは、学校や空き家の問題にとどまらない。
さまざまな活動を通じて、この地域をいかに元気にしていくかという課題に
全身全霊をかけて取り組もうとしているのだ。

東部丘陵地域は炭鉱で栄えた地区だ。当時の人口は1万人以上、それがいまでは1000人を割り込むようになった。写真は炭住と呼ばれる炭鉱の労働者が住んでいた家。いまでも、ここで暮らすおじいちゃんおばあちゃんたちがいる。

炭鉱が稼働していた頃に使われていた共同浴場の跡。豪雪地帯のため、雪の重みに堪えかねて空き家の中には倒壊してしまうものもある。

タイルの跡が、共同浴場だった当時の様子を感じさせてくれる。

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地域を“おこしていく”ために必要なのは…

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地域を心から愛するという気持ち

前回も紹介したように、菅原さんは2年前に
自然の多い美流渡地区に住みたいと、岩見沢市内から移住してきた。
もともとおじいさんと従姉が住んでいたため、
幼少時代は休みになるとこの地で野山を駆け回った思い出があるものの、
移住前から、この地域に深く根ざしていたわけではない。
移住後、菅原さんは、自らの仕事をするかたわら、消防団に入り、
朝には街頭に立ち子どもたちの通学を見守り、
地元のおじいちゃんおばあちゃんの困りごとを解決してきた。
この地域を心から愛す気持ちは日増しに強くなり、
「地元で汗をかいて、ここに根ざしたい」と日々努力を重ねている。

こうして地域の人々と信頼関係を築いているからこそ、
地域の人がM38の活動に理解を示し、空き家の委譲などがスムーズに行われているのだ。
「地域を“おこしていく”ために本当に必要なのは、
イベントなどを開催して集客を考えたり、資金を投入することではなく、
ここに住む人自身が自分の足で立ち上がることが何より大切」
外側から何かをもたらすのではなく、内側に入って地域の人々とともに立ち上がる、
そのために何ができるのかを菅原さんは常に模索し続けている。

移住してきた菅原さんが、なぜここまで本気になるのだろう?
そのモチベーションがどこからくるのか思わず聞いてみたくなった。
「じいちゃんが大好きだったまちが、
このままいったらなくなってしまうかもしれないんです。
ここは小さな診療所しかないし、スーパーも1軒しかない。
それでも満ち足りた日常があることに気づかされました。
もし効率を優先するのであれば、
もっと便利な場所に引っ越したいと思うかもしれませんが、
物質的な豊かさでは得られないものが、この土地にはある」
菅原さんは「ほかには代替えのできない土地への愛」というものの価値に気づき、
この地域とともに歩む覚悟を決めたという。

菅原さんの話を聞いていると、わたしのエコビレッジ構想の
中途半端さが露呈されるようで、なんとも恥ずかしい気持ちになるが、
同時に、こんなにも郷土を愛し行動する菅原さんのような方に出会えて、
とっても勇気づけられる思いがした。
そして、わたしにも何かできることがあるのかもしれない、
そんな希望がわいてきたのだ。

さて、もう一度、我が身を振り返ろう……。
この半年動いたことによって、可能性の芽が、
目の前にいくつも生まれたような気がする。

・ハイジの丘のような山が手に入るかもしれない。

・山を一緒に購入しようとする友人がいる。

・美流渡に空き家がある。

・夫は大工である。

・わたしの仕事の関係でクリエイターたちが、よくわが家に遊びにくる。

などなど、思いつくままに挙げられるだけ挙げてみたら、
1枚のスケッチができあがった。

おっ、なんだか、実践できそうなことだけ書いたわりには、
すべてがつながっているんじゃないか?
山の恵みを美流渡の家で生かすこともできそうだし、意図したわけではないが、
いろんな矢印が右に左に流れていて、まるで風が通っているみたい!
そうか、「風の通る家」っていいフレーズかもしれないね……。
まだ山が買えるかどうかわからないし、空き家に住めるかどうかも模索中だけど、
とにかく進められそうなことを、ひとつひとつやっていくしかないよね。
その総体がエコビレッジにつながっていくはずだし。

今年のリポートはここまでです!
連載を応援してくださったみなさん、本当にありがとうございます。
特に連載を知ってくださった北海道の方々が、うちの近くにいい場所あるよーと
声をかけてくださったおかげで、あきらめずに進むことができました。
また、同じような思いで行動を起こしている方々がたくさんいることがわかって、
どんなにうれしかったことか!
来年のエコビレッジ奮闘記をどうかご期待ください。

話は飛びますが、正月を迎えるためのもちつき会を、先日わが家の庭先で行いました! 知り合いの農家さんが、薪ストーブも臼も杵も持ってきてくれ、昔ながらのもちつきを再現するという試みでした。こんな感じで年越し準備を進めています。みなさんも、よいお正月をお迎えください!

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