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大分・農家民宿「雲中坂」後編

美味しいアルバム
vol.017

posted:2015.7.10   from:大分県竹田市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

お母さんが腕をふるいます

前回に引き続き、大分県竹田市の農家民宿「雲中坂」よりお伝えします。
農家民宿とは、地元のご家庭が営む宿で、
農作業やこんにゃく作りなど、その土地ならではの体験ができるのが魅力。
私も山へ連れていってもらい、ぷりぷりの椎茸や、
ふっくらと柔らかいふきのとうをたくさん収穫させてもらいました。

今回の後編では、その食材を宿のお母さん羽田野あき子さんに料理していただきます。
では、お台所へとおじゃまします。

羽田野忠夫さん、あき子さんご夫婦。

母「さあて、何から作ろうかな~」

使い慣れた台所に立つお母さん、その後ろ姿はどこか頼もしい。

母「ふき味噌から作っちゃおうか」

はい。
トントントントン。
さすが民宿の台所を預かるお母さん、包丁の音がリズミカルで手早い。
あっという間にふきのとうがみじん切りになり、苦みをまとった青い香りが漂ってきた。

熱したフライパンに油を少し垂らし、ふきのとうを炒め始める。
少ししんなりしてきたところで、味噌を混ぜ合わせる。

母「ここにね、これを入れるんよ、卵」

卵?

母「これ入れると、冷めてもかたくならなくて、しっとりするんよ」

ほー、初めて知りましたそのコツ。
さっそく我が家でも試してみよう。

母「そうそう、これも作ろうか」

お母さんが取り出して見せてくれたのは、自家製の干し大根。
普段スーパーで見かける千切りではなく、輪切りにして干されたもの。

母「これ、じっくり煮たほうが美味しいから、先に作っちゃお」

油をひいた鍋で、まずは鶏肉を炒める。

大根はよく洗い、水気を絞って鍋に入れる。
軽く炒めたら、醤油、酒、みりん、水をひたひたの量まで入れ、しばらくコトコト煮る。

母「ストーブの上とかで放っておくと、ちょうどいいんよ」

と、お父さんお手製のストーブの上に鍋が置かれた。
煮汁が少なくなり、こっくりと馴染んできたら完成。

母「椎茸はどうする?」

テツ「お母さんは、どうやって食べるのが一番好きですか?」

母「うーんとー、やっぱし炭火で焼くんが美味しいよね~」

炭火と聞くだけで気持ちが上がる。

母「外で七輪出して焼こうか、ね」

さらに七輪とは、嬉々。

炭火と聞いて、気持ちが上がっている人がもうひとりいた。
お孫さんの勘太君、弱冠5歳。
バーナーを持ち出し、炭に向かって真剣に取り組み始めた。
その後、慣れた手つきでうちわを使いこなし、
あっという間に火を起こしてしまうのだからすごい。

テツ「勘太君、すごいね~、怖くないの?」

勘太「ぜんぜんこわないわ」

俺に任せとけ、といった感じでクールに決めている様子が可愛い。

父「小さい頃から何でもやらせとるからなぁ」

東京で暮らしている私からすると、こんな小さい子どもに
火の扱いをさせるなんて危ないと、つい任せることを避けてしまう。

父「火傷したってたいしたことにはならんから、これくらいのことでは」

はい、確かにそうですよね。

赤く火がともった七輪に網をかけ、その上に椎茸を並べていく。
しばらくすると、椎茸の表面がじわっと湿り、白く細い湯気が立ち始めた。
たまらん。

テツ「勘太君、もういい頃かなぁ」

こくりと男らしく頷く勘太君。

勘太「ばあちゃーん、焼けたー」

台所にいたお母さんが、焼け具合を見にきてくれた。

母「うん、いいやろ」

じゅわっとしたシズル感をまとっている椎茸、早く食べたい。

母「椎茸とふきのとう、天ぷらもしといたから」

こちらを誘うかのように、たくさんの天ぷらが大皿に盛られている。

母「熱いうちに食べようか」

はい!

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炭火でじっくりと焼いた椎茸の味はもちろん…

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もはや天国に近い、至福のとき

◎本日のメニュー

ふき味噌

椎茸とふきのとうの天ぷら

椎茸の炭火焼

干し大根の含め煮

一同「いただきまーす」

さて、何からいただこうか、つい箸が迷ってしまう。

母「これ、椎茸にかぼすかけてね」

炭火でじっくりと焼いた椎茸に、醤油をほんの数滴垂らす。
そこへかぼすをたっぷりと。
ふわ~っと、口中に椎茸エキスが充満。
そして大分特産のかぼすがフレッシュで美味しい。

父「どうじゃろ、山の椎茸は」

にんまりと微笑みながらこちらをうかがうお父さん。

テツ「美味しいです!」

父「やっぱし、炭で焼くんが一番やろ」

はい、おっしゃるとおり。
お父さん、いい笑顔だな~。

お次は、こっくりと煮つけられた大根に箸を伸ばす。
口に運ぶ前から、すでに甘い香りを漂わせている干し大根。
いただきます。
うーん、美味しい! 
見た目も味つけもとてもシンプルなのに、その味わいはとても奥深い。
生の大根では感じられない、芳醇な大根の香り。

母「冬の寒い時期に干すでしょ、そうすると甘みが増すんだよね」

いや~、これは美味しい。
自然の甘みを丸ごと感じられる。

テツ「これ、本当に美味しい、すごく好きです!」

母「あら、よかったー」

お母さん、口をもぐもぐ動かしながら、うれしそうに微笑む。

卵入りのふき味噌を初体験。
ほー確かに、いつも食べてるふき味噌よりも、ふわっとしたやわらかい口当たり。
うん、卵入りのほうが美味しい~。

父「ふきの天ぷらもどうぞ」

死ぬ前に食べたいもの、それは山菜の天ぷら。
そんな私にとって、ふきのとうが
山のように盛られているこのシチュエーションは、天国に近い。

母「たくさんあるから、遠慮しないで食べてね」

はい。

もぐもぐ、美味しい~。
一気に春の香りを届けてくれる山菜、この自然の恵みに心が震える。
次から次へと口に運ぶ、至福。
いったいいくつ食べたのだろうか、いつしかお腹がはち切れそうになっていた。
ごちそうさまでした。

テツ「どれも本当に美味しかったです、ありがとうございます」

母「お口に合ったようで、よかった」

お口に合いすぎて、食べ過ぎました……。

テツ「これからの季節だと、ほかにはどんなものが採れるんですか?」

父「うーん、そうやね、ふきとかかねぇ」

母「ふきを佃煮にするんやけど、それがけっこう美味しくてね」

テツ「きゃらぶきですか?」

母「そうそう、きゃらぶき。
韓国のお客さんなんか、美味しい美味しいって、お皿を舐めるふりするんよ」

テツ「それはうれしいですねー」

母「うん、そりゃもう、うれしいよー。
言葉は通じんけど、気持ちと気持ちがこう、つながるっちゅうんかね。
いろんな人に出会えて本当に楽しいよ、民宿をやってよかったよ、ね、お父さん」

お父さんも、うんうんと頷く。

母「人生いろいろあるから、心が折れそうなときもあるでしょ。
けどな、お客さん来るんだからこんな顔してちゃいけんて思うと、
上を向いて頑張れるんよ」

テツ「人生いろいろですか」

母「うん、人生いろいろあるよなぁ、いろいろあったなぁ」

遠くを見つめながら、昔のことを思い返しているお母さん。
お母さんのたどってきた人生ってどんなだったのかな、私もしばらく黙っていた。

母「料理も気持ちひとつやからね、明るい気持ちで作らんとな。
みんなの美味しいっちゅう顔を思い浮かべながら作るんよ、
みんな元気になるように、って」

お母さんの料理が、なぜすっと体に染みていくのか、いまその理由がわかった。

母「同じ材料で作っても、気持ちひとつで違う味になるんよな。
美味しく食べさせてあげようっちゅ思ったらね、料理にその気持ちがこもるんよ」

お母さんの話を聞きながら、とある写真家さんの言葉を思い出していた。
その写真家さんの撮る料理写真は、それはそれは艶っぽく鮮やかで、
その場の空気がこちら側に迫ってくるような力がある。
その彼に、撮影時に心がけていることを聞いたことがあった。

「俺はね、美味しそうだなーって思う料理を、
美味しそうだなーって思って撮ってるの。ただそれだけ」

その言葉を聞いた瞬間、すべてのことが腑に落ちた気がした。
美味しそう、という熱を帯びた気持ちが写真に封じ込められている、
そういうことだったんだ。
料理も写真も同じ、そこに気持ちが込められているか否かで、その味わいは違ってくる。
それは料理と写真だけではなく、すべてのことに通じるのかもしれない。

ちょうどこの原稿を書いているときに、宅急便が届いた。
送り主を見ると羽田野あき子さん、お母さんからだった。
中には自家製の干し椎茸、梅の塩漬け、そしてきゃらぶきが詰まっていた。

「体に気をつけて、また遊びに来てください」という手紙が添えられていた。
きゃらぶきは色が濃く、しっかりと甘くて、台所に立つお母さんの姿を思わせた。
「気持ちひとつ」というお母さんの言葉が、胸の奥にすっと落ちた。

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雲中坂

住所:大分県竹田市大字竹田993番地

TEL:0974-62-4838

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