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家庭料理の
おいしさを支える醤油
大崎上島・岡本醤油醸造場

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.012

posted:2014.8.8   from:広島県豊田郡大崎上島町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

すっきりとして、とてもやわらか。
すっと体に馴染み、奥には食材の風味を引き出す謙虚さと力強さがある。
香りをかぎ、味わい、まさに私が思い描く理想の醤油の香りと味だと思った。
お野菜を主役にしたり、だしを利かせた料理が好きな私にぴったり。
出会えた喜びに包まれました。

手がけているのは、広島県大崎上島の唯一の蔵元「岡本醤油醸造場」。
75歳の岡本義弘さんと奥さん、そしてふたりの息子さんが、
毎日の「おいしい」を支えるべく、
大崎上島で生まれる四季折々の食材や、家庭ごとの味付け、
そしてひとりひとりの体調にもすっと馴染む醤油を造り続けています。

材料や微生物そのものが持つ力を支える

心地よい海風に誘われながら広島の竹原港からフェリーに乗ること30分。
初めての場所なのに懐かしさを感じるのどかな大崎上島に到着しました。

広島の竹原港からフェリーで30分。

港から5分ほど歩いて岡本醤油醸造場へ。
中では仕込みを行っており、岡本さんが大豆を蒸すNK缶の蓋を開けると、
熱気と高い香りが一気に立ちあがりました。
ある程度冷ましてNK管をひっくり返し、勢いよく出てくる材料を
弟の哲也さんがザッとショベルですくい、お兄さんの康史さんが容器で受け止めて
室(むろ)までかけ足で運んでバサッと入れる。
それが何度も繰り返されます。

蒸し上がったほくほくの大豆をNK缶から取り出し、味見をさせてくれた。

材料を室(むろ)の中に運び込む。力のいる作業を何度も繰り返す。

その様子を、お父さんの義弘さんがじっと見つめていました。
室に材料を入れ終わると
「醸造では寝かせることが大切なんだ。僕はすべての工程で寝かせる。
大豆を仕入れたら1年蔵の中に置く。
大豆を寝かせるとたんぱく質の成分が出る気がするんだよ。
煎った小麦も1日寝かせる。こうやって材料を室に入れてからも、
ひと晩寝かせると、ちゃんと自分の力で麹菌が動き始める。
すぐに人が手を入れちゃいけない。
材料や微生物そのものが持つ力を支えることが大切なんだよ」と話してくれました。

そして、材料や素材そのものの味を1年以上かけて引き出し続けてできた醤油は
「さまざまな料理や食材をおいしくする醤油になる。
季節ごとの食材や料理、そして家庭の好みや体調。
そういった繊細な違いにも対応する醤油になるんだ」と話します。

室に入れられた材料。「醸造では寝かせることが大切」という。

このような義弘さんの醤油造りに対する考えは、家庭料理が要。
「島に帰ってきたばかりの頃は、各家庭に醤油を配達していたんだ。
このことはすごく勉強になったよ。当時はうちだけじゃなく、
他の醤油屋もこぞって醤油を置きにいっていたんだ。
選ばれなきゃ! 使ってほしい! と思いながら巡っていると、
料理をしている家から香りがしてきて『うちの醤油の香りだ!』とわかるんだ。
この家では煮しめに、あの家では煮魚にうちの醤油を使ってくれているって。
その瞬間が嬉しくてね。
届けに行くと、天ぷらをうちの醤油でつくったつゆにつけて渡してくれたり、
分葱なますとかを食べさせてくれることもよくあった。
味わいやアレンジの仕方が家によって少しずつ違っていて、
こんな風に使ってくれているんだと思うと嬉しかったよ。
その時『家庭料理っていいなぁ』って思ったんだ」と、嬉しそうに話します。

愛情いっぱい醤油造りに対する考えを伝えてくれる社長・義弘さん。子供の頃からおじいさんに寄り添い、好んで蔵の中にいた。

「帰ってきた頃はまだ若かったから、
いろいろ珍しい醤油を造りたいって思っていたんだけど、家庭を巡って思ったんだ。
どの家庭で使ってもおいしく楽しめる醤油がいいって。醤油の味もぶれてはいけない。
冬の根、春の菜、夏の茎、秋の実もおいしくする醤油を造ろうって」
義弘さんの言葉は、確固たる信念に満ちていました。

できあがった麹。菌糸が伸び、黄色い胞子にびっしりと包まれている。

こうした家庭料理を想った醤油造りは、体や食卓と重ね合わせて考えられていて
「蔵は人間の体と同じだから常に清潔じゃないといけない。
体の中が汚れて不調になるとうまく消化や吸収ができなくなる」と清潔を保ち、
「すべてを肌で感じることが大切。
うちはもろみを櫂棒(もろみを混ぜる棒)で混ぜる。
手で混ぜながら、もろみと会話することが大切なんだよ。
料理も買ったものを食べたり、だし醤油を使って調理するより、
手を使ってだしをとって料理をするのがいい。
食卓を囲む相手を傍で見てわかって、おいしく感じるように味付けをする。
それが大切なんだよ」と話します。

もろみはすべて櫂棒で混ぜる。混ぜるときは、櫂棒をもろみの表面から上に持ち上げることなく、桶の中のもろみを対流させるように混ぜる。長年考えて生まれた方法。

さらに「うちの蔵は、醤油を造るのに適した蔵なんだ。
光合成でできた空気を含む山風や海風が通る場所を選んで蔵を建て、
蔵の中に風が通るつくりになっている。水質もいい。
こうして大崎上島の自然の恵みを得ながら造るから、
大崎上島でとれる食材にも合うし、体にも合う」と話します。

蔵の中は常に換気し、山から海へ、海から山へと流れるきれいな空気を通す。先祖が自然の恵みを得やすい場所を選んで蔵を建てたそうだ。

シンプルな商品ラインナップ。価格がお手頃。

家庭料理を大切にし、目に見えない微生物や自然の恵みに心を寄せて生まれた
岡本さんの醤油は、煮炊きに使っても、野菜や豆腐にかけても、
すっと食材と馴染んで繊細な風味を引き立ててくれる。
なんて使いやすい醤油なんだろう。

岡本さんの醤油で味付けしただし茶漬け。

頬張っているいまも、きっと岡本さんは気を緩めることなく
純粋無垢に素材や微生物を見守り、素材や微生物の持つ力を引き出し続けている。
これからも、ずっと。

帰りは見えなくなるまでずっと見送ってくれた。

information

map

岡本醤油醸造場

住所 広島県豊田郡大崎上島町東野2577
TEL 0846-65-2041
http://okamoto-shoyu.com/

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