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白醤油の原点を追求した
「しろたまり」
愛知・日東醸造

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.003

posted:2014.2.27   from:愛知県碧南市・豊田市大多賀町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

人と空気がおいしさを育む白醤油「しろたまり」

人里離れた小さな村に、見た目は小学校の醤油蔵がある。
その蔵では昔ながらの白醤油が仕込まれ、村人からたいそう愛されていたそうな。

そんな「にっぽん昔話」に出てきそうな話が、本当にあります。
仕込まれている醤油は「しろたまり」。
白醤油の発祥の地、愛知県碧南市に本社を持つ日東醸造が
発祥した当時の白醤油を再現したものです。
白醤油は、料亭など料理にこだわりを持つ人のあいだで、茶碗蒸しやすまし汁など、
淡口醤油よりも一段と素材の色をいかしたいときに使われてきましたが、
シェアは極わずか。

そして、もともとの白醤油は小麦と塩だけで造っていたものの、
JAS法の規定で大豆を使わないものには「醤油」と表示できないことや、
より一般の人になじむように、日本に出回るほとんどの白醤油が
大豆を5%ほど混ぜて造るようになりました。
さらに味つけされた「白だし」が、白醤油よりも多く出回っています。

だしのような淡い色の「しろたまり」。

日東醸造の「足助仕込三河しろたまり」(150ml)357円。

白醤油造りに最も重要な水があった。

「おじいさんがかつて造っていた白醤油をもう一度再現しようと、
昭和60年頃に父が製法を戻しました。
天然醸造で仕込み、木桶を少しずつ集めていきました。材料は小麦と塩だけ。
大豆も化学調味料も保存料も遺伝子組み換えの材料も使いません。
でも、できた醤油がなにか物足りないんです。
いろいろ試して、小麦をいつもの2倍使い、やっと納得できる醤油になりました。
そして、昔は白醤油のことをしろたまりと呼んでいたことにもとづいて、
商品名に『しろたまり』と名づけました」
こう話すのは蜷川洋一社長。

「私の代になってから、材料はすべて地元産にしようと決めました。
昔は近くでつくられる材料で仕込み、地元の人に使われていましたから。
そして、探し始めると小麦も塩もすぐに見つかったのですが、
肝心な水だけがなかなか見つからないのです。水道水ではなく、
ミネラル豊かな地元の天然水にこだわりたくて、探しに探しました。
そして、やっと人づてでこの大多賀のことを知ったのです。
最初は水を碧南まで運ぼうと思ったんですよ。
でも、訪ねたときにひと目でこの集落に惚れ込みました。
そして、辺りを巡ってこの廃校に出会った瞬間、ここで仕込むと決めました」
なんと、本社から車で1時間半もかかる豊田市大多賀町に。

奥三河の美しい自然と豊かな水が決め手に。

廃校になった「足助町立大多賀小学校」を「足助仕込蔵」に。子どもの声が聞こえてきそうな校舎の中に、醤油造りの道具が並ぶ。

遠く離れた地に住む人たちが応援団。

いざ仕込むにも、希望の場が学校なので地域の承諾が必要。
地域の人たちの集会に何度行って説明をしても、
“校舎で醤油を仕込む”、“本社から車で1時間半”という突拍子もない話は、
どうにも信じてもらえず、なかなか許してもらえません。
「何度帰されても諦めがつかず、頭をひねって集落の人に本社に来てもらったんです」
すると今度はみんなが一目惚れ。
礼儀正しい従業員。きれいで大きく立派な会社。
よし、わかった! とみんなは言いました。
こうして校舎を改装した「足助(あすけ)仕込蔵」で「しろたまり」が造られることに。

「認めてくれてからは、ものすごく応援してくれるようになりました。
本当にありがたくて、そのご好意に応えようと真剣に造りますし、
大多賀の人たちに向けた感謝祭を開いたり、
蔵の近くで小麦を育てたりして、地域に溶け込むようにしています」

私が蜷川社長と蔵を訪ねたとき、大多賀の方は蜷川社長を見るやいなや、
ご自宅に招いてくれ、食べきれないほどの料理を振る舞い、
「うちは日東醸造の醤油しか使ってないよ」
「そりゃもう素晴らしい社員さんだよ」
「お姉さんがしっかり宣伝してよ!」と、何度も力強くおっしゃいました。
その気迫に圧倒されながら、はい!はい! と返事をするたびに、
私の心も熱くなりました。

日東醸造本社にある仕込み桶。しろたまり以外の醤油を造る。

こちらは足助仕込蔵にある仕込み桶。しろたまりを仕込む。

熱い絆の中で生まれたしろたまりは、ふんわりとした甘さが広がります。
白醤油には淡白で塩味が利いたイメージがあったので驚き。
お吸い物や炊き込みご飯、だし巻き卵や白和えに使っても、
色鮮やかで優しい風味に仕上がり、ほっこりとした気持ちにさせてくれます。
こんな醤油があるものなのかと感動しました。

「足助仕込蔵」と蜷川社長が住む場所は遠い。
しかしいつも繋がり、支え合っています。
こうしてできたしろたまりを、極めて意識の高い
日本各地の料理人が高く評価して使い、多くの人が舌鼓を打っています。
味を育む環境や人との関係性までもが古き良き日本。
それでいて、一昔前よりずっと「距離」を超えて絆を深めています。
原点回帰を突き詰めた先にあるのは、
元に戻ることではなく、まさに「進化」でした。

「醸造って計算だけでは成り立たない世界でしょう。
蔵も周りの空気も人も、すべてがおいしさをつくり上げていく気がするのです」
という蜷川社長の言葉が、いつまでも心に残ります。

information

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日東醸造

住所 愛知県碧南市松江6-71
TEL 0556-41-0156
http://nitto-j.com/

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