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漁師穴子の店 たまちゃん

日本の食堂
vol.005

posted:2013.4.18   from:山口県宇部市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  日本全国津々浦々、おいしい食堂を探したい! 食通の方々が注目する店、
ローカルの方々からの情報で、安くて、おいしくて、楽しいデータを蓄積しよう!

editor's profile

KANAko Tsukahara

塚原加奈子

つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

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撮影:在本彌生

豪快な漁師定食と楽しい会話に、お腹も心もほっこり。

山口県の南西部に位置し、瀬戸内海に面している宇部市。
市内の中心地にほど近い、レトロな看板が並ぶ商店街、新天地名店街に入ると、
醤油の香ばしい匂いが通りに立ちこめる。
店前ではおいちゃんこと、福田 誠さんが炭火で穴子を焼きながら、
「いらっしゃーい」と屈託のない笑顔で迎えてくれた。
「漁師穴子の店 たまちゃん」の看板メニューは、店名通り、もちろん「穴子丼定食」。
かつては、穴子漁師だったおいちゃんが、厳選して仕入れる穴子をさばき、
注文を受けてからひとつひとつ、炭火で焼いている。

穴子は、以前は近くの海でもたくさんとれたが現在は減ってしまい県外から仕入れることも。

穴子がたっぷりのった豪快な穴子丼定食(980 円)は、人気メニュー。

醤油タレにつけながら、かりっと、ふわっと焼き上げたアツアツの穴子を
豪快に大盛りのご飯に乗せるのが、たまちゃん流。
それに、地元の新鮮野菜を使った、たっぷりの副菜とお味噌汁、漬け物がつく。
これは、おばちゃんこと、奥さま球子さんの担当だ。
ちなみに、この日の副菜は、煮物と「はなっこりー」のごま和え。
「はなっこりーはね、山口県で生まれたかけ合わせの野菜。
炒めてもおいしいんだけど、おいちゃんがさっぱりしたものが好きだから、
うちはいつもごま和え。どう、おいしいでしょう?」
“はい!”と思わず答えてしまう、おばちゃんの気さくな人柄に気持ちもほぐれる。
野菜も多いからか、見た目のボリューム感とは裏腹にぺろりと食べられる。
「多い多いって言いながら、みんな意外と食べちゃうんだって。でもさ、
量が少ないとかわいそうじゃない。お客さんにはお腹いっぱい食べてってほしいから」

穴子丼の他にも、親子丼やうどんなど、10くらいあるメニューのなかで、
お客さんのお目当ては、刺身定食(900円)と焼き魚がメインの日替わり定食(500円)。
魚は、毎朝市場から仕入れるので、毎日、異なる。
だから、その時期に一番おいしい魚だけを、食べさせてくれるというわけだ。
旬の素材に、シンプルな調理。
母の味を思い出すような定食は、どれも、ホッとするおいしさだ。

訪れた日、日替わり定食の魚は「メジ」。ほどよく脂がのっておいしい。定食のご飯は「穴子のせ」もできる。お客さんの要望で生まれたそう。

「もともとはね、おいちゃんとおばちゃんふたりで船に乗って、
漁に出ていたの。とれた魚や貝を売り始めたのがこの食堂のはじまり」
大分県の小さな島に生まれたおばちゃんは、
宇部から、その島に貝をとりに漁に来ていたおいちゃんと出会って結婚。
当時は、戦後まもないとき。おいちゃんの仕事は、冬は貝などをとり、
夏は、宇部周辺の海底に残った「爆弾とり」だったという。
「新しく港を整備するっていったら、うちらみたいなもぐりが、爆弾を拾いにもぐる。
おばちゃんとふたり船で沖へ出て、おいちゃんがこの潜水服を来てもぐるんよ。
おいちゃんは耳が弱かったから、辛いときもあったなぁ。
でも、子どもたちを食わせないけんからね」とおいちゃんは目を細める。
二人三脚で、漁師を続けて数十年がたったころ、
今は亡き娘さんが、とれたての魚や総菜を売る店を始め、今の食堂に至るという。

店の入り口にある陳列棚にはお弁当や総菜が売られている。食べたいものがあれば、中で定食と一緒に食べることもできる。

この食堂を始めて8年目というが、
とても気になるのは、店内にある何十年も使い込まれたような家具や置物だ。
実は、この店にあるテーブルやイス、棚や人形など、
ほとんどすべてが知り合いから譲り受けた品々なのだという。
日本人形や、木彫りの熊、そして年代もののレトロなミシンまである。
コロカルの連載「「みうらじゅんのニッポン民俗学研究所」の“いやげ物”」にも
登場できそうなものもちらほら……。
パズルでつくられた立派なお城の写真が飾られ、
思い出の場所なのかとおばちゃんに伺ってみたが、「どこかは、知らん」と、一言(笑)。
「何も考えんともらってきて、置くとこないんじゃ」とおいちゃんも笑う。
さらに、1年しかもたないと言われてもらって来たという陳列棚の冷蔵庫は、
なんと、8年も使い続けているというから驚きだ。

ノスタルジックなものばかりが並ぶ店内。右にあるのはおいちゃんが現役のときに使っていたという潜水服のヘルメット。

「私は田舎の人間やから、なんでも『もったいない』って思ってしまって、
“たまちゃん、要る?”って言われたら、“要る要る! ちょうだい”
ってもらってきてしまうのよ」
「こんなにもらってきてね、倉庫にもいっぱいあるやろ……」
とおいちゃんはあきれるが、「だって、もったいないじゃろ」とおばちゃん。
そんなふたりの会話を聞き、おいしい魚をいただいたお客さんたちは、
「おばあちゃん家に来たみたいで、すごく落ち着く」と口々に言うのだそう。
時間があれば、おばちゃんに悩みを話しこんでいくこともしばしば。
「おばちゃんは話が好きだから、いろいろ聞いてるだけよ」

おいちゃんとおばちゃんのあったかい人柄と
季節の魚と野菜を使ってつくられる、素朴で、おいしい定食。
宇部に来たら、またふたりに会いに来よう。そう、何度でも訪れたくなる食堂だ。

愛猫のゴンちゃんと一緒に。

information

map

漁師穴子の店 たまちゃん

住所 山口県宇部市新天町1-3-7
電話 0836-35-8584
営業時間 10:30〜14:00 日曜・祝日休

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