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コイケさんのひとこと

マチスタ・ラプソディー
vol.032

posted:2012.11.22   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

泥臭い果たし合い。

事務所のすぐ近所に住んでいるおばちゃんがマグカップを手にやってきた。
「お茶しない?」と突然現れたりする人なので、
今回もてっきりお茶を飲みに来たと思った。
手にあるのは、あれはマイカップなのかなと。ところがだ。
「来週から1か月家を空けるから、これ、預かってくれない?」
水をはったマグカップの中、メダカが2匹泳いでいた。
「預かってほしいっていうか、もうもらって。ね?」
ざっくりそんな経緯で、我が社アジアンビーハイブでは10月からメダカを飼っている。
実は以前にも、捨てられていた金魚を拾って家で飼ったことがある。
捨て犬ならぬ「捨て金魚」に出くわすあたりが、
いいんだか悪いんだかよくわからない奇妙なぼくの星まわりだ。

それにしても、2000年の暮れに訪れたあの出会いはシュールだった。
親友のTの葬儀から数日して、
彼が住んでいた白金のアパートに友人一同が集まったときのこと。
その場でTの持ち物のほとんどが「形見分け」としてもらわれていった。
そして最後に残ったのが、Tが飼っていた巨大なトカゲだった。
フトアゴヒゲトカゲというオーストラリアに生息する種で、
体長はきっかり50センチあった。名前はアギーという。
Tの生前に何度も見ていたが、触ったことはなかった。触りたいとも思わなかった。
「近くのペットショップにもらってもらおう」というのがその場にいた友人共通の意見だった。
もちろん、ぼくも含めて。しかし、車座の中央にいたTの兄はこう言った。
「いや、弟が大切にしていたペットだ。ここにいる誰かにもらってほしい」
さっきまでざわついていた部屋が、一瞬、水をうったようにしんと静まりかえった。
それからどのようにしてぼくがアギーを引き取ることになったのか、
実ははっきり憶えていないのだが、「ああ、そうゆうことなのね」みたいな
なかば諦観にも似た気持ちから、最後はぼくが自ら手を上げたかもしれない。
それから1時間後、ぼくはアギーを連れて目黒のマンションに戻り、
一緒に暮らしている彼女にどう言い訳したらいいものかと憔悴していた。
重ねて記すが、そのとき目の前にいたのは50センチもあるトカゲなのだ。
唐突にトゲだらけの首のまわりを風船みたいに膨らませる得体の知れない生物なのだ。
しかし彼女は、事情を話すと、「じゃあ、飼ってあげなきゃ」と
尋常ならざる寛容さを見せてくれたのだった。
エサのことやら住環境の設定やらなにやらで、最初の1か月は本当に大変だった。
でも、アギーが可愛く思えるようになるまで、さほどの時間はかからなかった。
その後4年続いたアギーとの生活は言葉に尽くせないほど楽しかった。
いま思うと、東京の生活で一番幸せな時期だったかもしれない。

身のまわりに起こるものごとすべてに意味があると考えるような宿命論者ではない。
でも、人であれ何であれ、縁あって巡り巡ってぼくのところにやってきたものは大切にしたい、
シンプルにそう思う。

この秋のコイケさんとのーちゃんとのご飯会。
コイケさんから「マチスタはできるだけ早く閉めた方がいいです」ときっぱり言われた。
のーちゃんはさすがに驚いたようだった。
でも、ぼくはそう言われるかもしれないと思っていた。
数字を把握していれば冷静に考えるまでもなく、至極まっとうな意見なのだ。
でも、コイケさんとしても飲食のプロとして40年もやってきた自負がある。
最後まで口にしたくはなかったはずだ。
それでもそれを言わせたのは、
ぼくにこれ以上の深い傷を負わせられないという思いからだったろうか。
しかし、ぼくはまだ身を引く気には到底なれなかった。
「やることをすべてやったという気がしないんです」
コイケさんとのーちゃんにはそう説明した。
実際、これからやろうとしてまだ手をつけていないこともあるにはあった。
もちろん、ここで引けるかという意地もある。
でも、幕を下ろすことに抗ったその根底には、もっとほかの、模糊とした、
理屈では説明できないようなものがあったように思う。
それに、刃はまだ骨に届いていないのだ、切らせる肉はもう少し残っている。
「まだ可能性はあります、気持ちをリセットして頑張りましょう!」
つまるところぼくのエゴなのだが、それでも彼らは
その翌日から新しいアイデアをいろいろと実践してくれた。
ぼくもオーダーの傾向を詳しく把握できるように、
オーダーチェックリストをつくるなどした。
そうした成果がすぐに数字に表れるとは思わないけど、
10月の売り上げが前月比で約20パーセントアップした。
黒字にはまだ遠いとはいえ、久々に明るい材料をもらった感じだ。
さらに数字は上昇するのか、20パーセントアップした状態で横ばいになるのか、
はたして下がって夏の赤字レベルに戻るのか、11月の現在の時点ではまだわからない。
マチスタはこれからが本当の勝負だ。

一瞬で決まる、居合い抜きのような勝負は美しい。
でも、ぼくのそれは、だいたい汗にまみれる泥臭い果たし合いだ。今回もそう。
そしてぼくは、まだ息もあがっていない。

冬以外は部屋で放し飼いの状態が多かったアギー。ベッドを足もとからはいのぼって、ぼくの顔を踏み台にして出窓に移動、そこから外を見るのが好きだった。

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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