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週末のお客さん

マチスタ・ラプソディー
vol.017

posted:2012.5.30   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

東京の友人と過ごした時間。

前にも書いたけど、2004年から2年ほど、
東京と岡山とを行ったり来たりの生活を続けていた。
それから、家賃が払えなくなるという痛すぎる事情で岡山に戻ることになるんだけど、
行ったり来たりを続けていたその2年の間も東京を完全に離れるとは思ってなかった。
さもありなんだ。なにせ人生の大半を東京で過ごしているわけで、
ぼくのほとんどすべてが東京にあった。
バタバタしていたわりにいまでもよく憶えている。
岡山に戻る日の朝、シャワーを浴びていたらふいに涙がぼろぼろ出てきた。
シャワーを出しっ放しにして、しばらく声に出して泣いた。
悔しいとか悲しいとかではなく、ただいろんな思い出がぐるぐる頭のなかを巡っていた。

千客万来の週末だった。土曜日、正午前に携帯が鳴った。
表示を見ると「PAY PHONE」とあった。
日本に来たばかりの外国人から電話をもらったとき、何度かこの表示を見たことがある。
出るといきなり「ヘーイ、ユタカ!」という具合に。
でも、そのときの電話の声はまるっきり日本人だった。
「いまね、マチスタを出たところなんですよ」
結構なサプライズにちょっと得意げであり、同時にちょっと照れもあり。
前々回に紹介した『POPEYE』の「K」こと木下編集長だった
(以降、知り合った頃からの呼び名「番長」でいきますので)。
にわかに信じがたいことだが、番長はいまも携帯電話をもっていない。
持ち歩いていないとかそんなのじゃなく、はなからもっていないのだ。
そのときの電話は、マチスタを出てすぐのところにいまも奇跡的に残っている
公衆電話からだった。
番長は前日にリニューアル第2号を校了し(制作の手を離れたということですね)、
翌朝の飛行機でひとり岡山に飛んできたのだと言う。
それから出勤日で仕事をしていた児島の事務所にやって来て、
とくに何をするでもなく、ただダラダラ過ごした。
お互いの家庭の話をしたり、仕事の話をしたり、
一緒にオープンしたばかりの児島のパン屋さんに行ったり、
サブの散歩をしたり。
昔からそうだった。こうしてあてもなくダラダラと時間を過ごした。
そういえば、闇雲に山手線に乗って「気が向いたところで降りてみるか」なんて
『ぶらり途中下車の旅』みたいなことをやったこともあった。

実は番長が事務所にいる間にもうひとり東京から友人がやって来ている。
『Krash japan』のホームページを全10号に渡ってディレクションしてくれた
ウェブデザイナーのスワキタカトシ。
その日、たまたま倉敷で友人の結婚式があり、
披露宴が終わった後にわざわざ児島の事務所に寄ってくれたのだった。
「ここ何回か、『マチスタ・ラプソディー』の
<いいね!>の1番を押しているのがぼくなんですよ!」
なにやら更新したらすぐにお知らせのようなものが届くよう小細工しているらしい。
相変わらずのIT系アナーキストぶり。アナーキーで義理堅いのがこの男である。
年齢はずいぶん下だけど、いい友達だ。

翌日曜日の朝、番長を車で岡山空港まで送って行った。
空港内にあるサンマルクでコーヒーを飲んでいたとき、
ふと荷物のなかに金色の光るものが目に入った。
見間違えようがない、マチスタのコーヒー豆を入れる専用袋がふたつあった。
出発ゲートでの別れ際、ぼくは言った。
「『POPEYE』は送ってくれなくていいから。買うからな」
番長はただ笑っていた。

日曜日の夕方、またひとり東京からの来客があった。
ライターで編集者の鈴木るみこさん。「原稿って、どうやって書いてるの?」と、
そんな直接的な質問を浴びせたことがあるのは後にも先にも彼女ひとり。
それぐらい神がかり的な文章を書く素晴らしい書き手なんだけど、
普通は誰にも備わっている体内のリズムマシーンのようなものが
壊れている(あるいはない)と思わせるところがあって、
たとえばその日も豊島行きのフェリーの船中で眠ってしまって
豊島に到着したことに気づかず、
港から離れた船をまた港まで戻ってもらった、なんてことをやらかしているのだった。
「『降ります! 止めて!』ってね。そしたらオジさんたち、慌てちゃって」
笑いながらそう言うるみちゃんは恐ろしい。ある種、人類の脅威である。
るみちゃんは豊島美術館の内藤礼の展示を見るひとり旅ツアーに、
マチスタへの来訪を組み込んでくれていた。
彼女とは日曜日の夜に一緒に晩ご飯を食べて、
翌月曜日の朝にマチスタで一緒に朝食を食べた。
ふたりで会うのは実に6年半ぶり。
前日の一晩ぐらいじゃ積もる話は積もったままで、
その日も朝からとりとめもなくお互いに話しつづけた。
結局、マチスタの印象とか、
口にしたコーヒーやベーグルの味にはまったく触れることなく、
彼女は朝10時の新幹線で岡山をあとにしたのだった。

まめに連絡をとりあうような付き合い方をしている友達は皆無だ。
ともすれば何か月とか、るみちゃんみたいに何年も連絡もしないこともある。
でも、だからといって彼らと疎遠になっているという感覚はまったくない。
むしろ、彼らとの関係には安心感のようなものがあって、
大切な部分で「つながっている」という感覚がある。
マチスタを介してそんなことを再認識したこの週末だった。

番長がやってきた土曜日にオープンしたパン屋さん「yuumino(ゆーみの)」。焼きたての食パンを1斤、ふたりで豪快にちぎって食した。うまし!

るみちゃんと最後にふたりで会ったのは6年前、深夜のパリのカフェだった。で、その次がマチスタというわけ。にしてもマチスタには美女が似合います。

いよいよ児島も夏の陽気。アジアンビーハイブではサブが暑苦しそうに階段で昼寝してます。苦しそうに見えるのは顔に支柱が食い込んでいるせいか?

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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