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最近、ぼくが刺激を受けたものたち

マチスタ・ラプソディー
vol.015

posted:2012.5.16   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

カフェゲバで朝の時間をゆったりと過ごす。

マチスタ・コーヒーがプレオープンした3月20日、
倉敷の美観地区に新しくコーヒー店がオープンしている。
京都の焙煎家オオヤミノル氏の「café Gewa(カフェゲバ)」である。
オオヤさんと初めて会ったのは2008年の11月か12月頃だったと思う。
『Krash japan』のvol.7、カフェ特集を発行した記念に、
岡山に次いで京都でも出張カフェを開いた。
モリカゲシャツのミーティングルームを借りたその一日
店舗でコーヒーを淹れてくれたのがオオヤさんだった。
以降、不思議と縁が続いていて、いまでは友人と言っていいと思う。
そして今回のオオヤさんの倉敷での出店。
「こんな店にしたい」という話は事前に本人から聞いていた。
オオヤさんの頭にあったのはカウンターだけのコーヒースタンド。
さらに、今年になって雑誌の仕事で行ったサンフランシスコのカフェの影響もあって、
早朝から営業すると言う。
なんでも向こうでは出勤する前の1〜2時間をカフェでゆったりと過ごすのだとか。
そのわりにつけた店の名前が「カフェゲバ」。
ミーハーなんだか過激なんだかよくわからないところが、
実にオオヤミノルらしい。まあ、わりとお茶目な人間でもある。

初めて足を運んだのはオープンから2週間ほど経ってから。かなり驚いた。
店内にドンと船を据えたようなレイアウトで、
船の輪郭の部分がカウンターになっている。
厨房はカウンターの内側のすべて。
お客はパフォーマンスを見るかのように、
目の前でコーヒーが淹れられる様子や、
料理が調理される一部始終を間近で目にすることになる。
衝撃的だったのは、本当にカウンターだけで椅子の類が一切ないことだった。
カウンターだけといっても何脚かは用意してあるだろうと高をくくっていたのだった。
針が振り切れるほどのこの不親切さ加減、
やろうと思ってもなかなかできることじゃない(しかも観光地のど真ん中で!)。
雑誌でも広告制作でも同じだ。
相手をおもねって、ついつい親切をやってしまうのが人ってものなのだ。
そのあたり、こともなげに突っ張り通してみせるオオヤミノルはやっぱりただものじゃない。
ちなみにぼくは計5回来ていて、そのうち2回は朝食を食べている。
オオヤさんの言った「ゆったりと過ごす朝の時間」というのはかなり素敵だ。

刺激を受けることが稀なぼくとしては珍しく、
最近おおいに刺激を受けたことがあとふたつある。
ひとつは岡山県立美術館で開催されているベン・シャーンの展覧会。
幼い頃にロシアからニューヨークに移民したユダヤ人で、
絵画だけでなく、絵本や写真、商業デザインなど多岐にわたって活躍したアーティストだ。
各時代でモチーフや表現方法も変わっていくのだが、
亡くなる2、3年前に発表したリルケの『マルテの手記』に寄せた
シンプルな素描のシリーズ『一篇の詩の最初の言葉』に集約されていく。
最後の展示室、『一篇の詩の最初の言葉』の作品群の前では胸がつまった。
彼の人生も一篇の詩が描けるまでに昇華されたのだと思って……。
ベン、最高だ! ぼくは都合4回もこの展示に足を運んだ。

もうひとつが某誌のリニューアル。
親友のKが編集長として手がけた最初の号だ。
Kとは15年ほどの付き合いで、
東京にいる頃、一番長く時間を過ごした友達かもしれない。
かなり高い頻度で、夕方から一緒に映画の試写を見に行って、晩ご飯を食べて、
さらにカフェに行ってという具合に、
地層を形成するかのごとく長年にわたってだらだらと一緒に時間を過ごした。
それだけ一緒にいたのにクリエイティブな話はほとんどしたことがなく、
Kのつくったものに注目するようになったのはぼくが東京を離れてからだった。
わかりやすくいえば、Kが編集を担当したページはカッコよくて自然体。
このふたつは相反する要素になりがちな代物で、
実際、ぼくも含めてみんなが望んでいるんだけど、
手に入った例を見るのは至極稀。
それをセンスのよさと細やかな気遣いでもって、
かなり高いレベルでさらりとやってみせるのがKなのである。
そして彼が某誌の編集長に就任したと聞いた。
これまで手がけていた大人向けの雑誌ではなく、ターゲットは若い男性。
さて、どんな雑誌ができるのかおおいに楽しみにしていたら、
ヤツはこともなげに見せてくれた。
読み手が変わろうが立場が変わろうが、それはやっぱりKのつくったモノだった。
50歳が近いぼくが見ても超カッコよくて、
力の入った感じがほとんどない、まさに自然体。
相当な苦労があったことは想像に難くない。
でも、それをみじんも表に出さず、スーパーな雑誌に仕上げている。
もう、マジに脱帽だ。
あ、この『コロカル』と同じ出版社の手前伏せていたけど、
某誌は『POPEYE』のことです。

たいがいの店が魅力的でないのは、そこにお金儲けの意図しか見受けられず、
店としての意志が感じられないことだと思う。
カフェゲバに行くことで、はからずもぼくはマチスタの意志を再確認した。
マチスタの意志とは、コイケさんの淹れるコーヒーを飲んでもらうこと、
その美味しさをわかってもらうことだ。
そして、ベン・シャーンの展覧会と『POPEYE』のリニューアル号を見て、
背中をたたかれたような気がした。「もっともっと頑張れ!」と。

看板の表示からしてひとクセあります。場所は美観地区にオープンした林源十郎商店内。夜は夜でお酒の場としていい感じです。倉敷市民はラッキーね。

中央にタンカー船があるかのようなユニークなレイアウト。運が良ければ、カウンター内でオオヤさん自らがコーヒーを淹れてくれることもあります。

ベン・シャーン展は5月20日の日曜日まで開催。アートやデザインを志す岡山の若者たち、この週末に足を運ぶべし! 6月3日からは福島県立美術館で開催。

リニューアル第一弾は「シティボーイ特集」。ほとんど禁句だったこのワードを復活させるあたりにもセンスが光ってますな。よくやったぞ!

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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