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マチスタ、オープンしました。

マチスタ・ラプソディー
vol.010

posted:2012.4.6   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

コーヒー1杯300円のビジネス。

オープン前日の夜、ぼくは小学校の家庭科の授業以来の裁縫にいそしんでいた。
マチスタのスタッフルームの目隠しにするカーテンを縫っていたのである。
これが『情熱大陸』だとしたら、
経営者のぼくが主人公として、縫い物をしているこのシーンはありか否か、
なんてことを考えながら
(答えは「否」。理由は所帯じみて絵柄が悪いし、
なにより手つきが不器用で緊張感のかけらもないから)。
約2週間近いプレオープン期間中に、
お客さんから貴重な意見を少なからずいただいた。
経営者としてそれらはマチスタの課題として受け止め、
ひとつひとつ解決できるものは解決していった。ぼくが縫っていたカーテンも、
「スタッフのロッカーが見えないほうがいい」という
お客さんからの提案によるものだった。
おかげさまで、このプレ期間中にお店としての精度は
随分アップすることができたと思っている。ホント、みんなに感謝だ。

店の前に立てる「A看板」と呼ばれる自立型の看板も、
ぎりぎりオープン前日の日曜日に届いた。
プレオープン直後から、
外から見て何のお店なのかがひと目でわかる看板が必要だと感じていた。
でも、デザインのイメージがなかなか浮かんでこない。
そんなときである。
前回紹介したマチスタのカウンターを照らすランプ、
その段ボール箱の中に同梱されていた荷物があった。
アンティークのアルファベットのスタンプが6個入っていた。
ランプを購入した福岡のアンティークショップ「eel(イール)」には、
メールでオーダーを入れた際に
「新しく開店するコーヒーショップに使います」とひと言だけ伝えておいた。
それを見て、店主がお祝いの品としてプレゼントしてくれたものに違いなかった。
そのスタンプのアルファベットは、「c」「o」「f」「f」「e」「é」。
それぞれ同じ書体なんだけど、なぜかサイズはまったくバラバラだった。
そのスタンプを机の上に並べてみて、瞬間、ひらめいた。
サイズのバラバラ感をそのまま生かしてロゴ風に組み、看板にしてみようと。
デザインにとりかかったら1時間もかからなかった
(ヒトミちゃんにはコーヒーカップのイラストを描いてもらいました)。
すぐに谷川工房の伸クンにデータを送って、板と塗装のイメージを伝え、
さらに「来週の月曜日のオープンまでに間に合わせたいんだけど」と無理なお願いをした。
伸クンは休日にもかかわらず、日曜日に届けてくれた。
いろんな人たちの気持ちが入っているこの看板、
出来ばえには200パーセント満足している。

4月2日月曜日、年度の始め、マチスタのオープン日。
8時には店を開けて、「さあ、いらっしゃい!」だ。
人生2度目のビラ配りに、前回以上の粘りを見せることが出来たと
自分に満足した状態で開店を迎えることができた。
8時をちょっと過ぎたところで最初の客が! と思ったら、
プレオープン期間中、まるでスタッフのように毎日やってくる友人の高橋さんだった。
高橋さんは誰よりもお金を使ってくれているから、
マチスタの一番の上得意に違いないんだけど、
あまりに店にいる時間が長いのでスタッフ的な扱いを受けている。
また高橋さんもそれがまんざらでもないようで、
その日も「おはようございます!」と言って店に入るなり、
すぐにトートバッグを隅に置き、いかにも一緒に最初の客を待つという風情で
店の入り口にカラダを向けてカウンターの前に立った。
そして最初のお客さんがやってきた。
出勤途中のOLだろうか、車を店の前に駐車してあった。
「持ち帰り、出来ますか?」
「大丈夫ですよ」と朝らしいさわやかな笑顔でのーちゃんが対応。
さて、そこでぼくの出番である。
お客さんがカウンターの前で待っている間、つかつかと彼女に近づいた。
近づいたはいいが、こんなときになかなか言葉が出てこないのがぼくという人間だ。
「……あ、あのお……あなた、最初のお客さんです」
「ええっ! そうなんですかあ!」的な反応はまったくなく、彼女は無言で、
眼鏡の奥で目をしばたたかせただけだった。
「あ……このお店、今日オープンなんです」
「あ、はあ」
 あまりの反応の薄さに、会話の成立する見込みがないと悟ったぼくは、
無言で彼女の前を横切って菓子棚から焼き菓子をひとつ手にとり、
「これ、どうぞ」。
「はあ、どうもありがとうございます」
そのとき、なぜか高橋さんもずかずかと菓子棚に近づいて行って、「これもどうぞ」
「はあ、ありがとうございます」
以降、まったく会話のないまま、記念すべき第一号のお客さんは去って行ったのだった。

10時半過ぎにコイケさんが自転車で出勤。
コイケさんは午後からのシフトなんだけど、
やはり初日ということで気になっていたのだろう。
でも、お客さんの入りは朝からまばら。
午後になってものんびりした感じだったので、
のーちゃんはシフト通り2時にあがってもらった。
そのときは、まさか閉店の8時まで、あんなに人が押し寄せるとは夢にも思わなかった。
のーちゃんが帰ってからというもの、マジで人がひっきりなしだった。
お祝いを持ってきてくれた友人たち、新聞記事を見て来た人たち、
たまたま通りかかった人たち。
わざわざマチスタを目指して来てくれたのに、お店に入れず、
帰って行った人たちも少なからずいた。
来ていただいた方々には、この場を借りて心よりお礼を申し上げます。
また、入れなかった方々、本当にすいませんでした!

歩道に出したままの看板を店内に入れたときには、背中に痛みがあった。
なんせ朝の7時半から夜の8時まで立ちっぱなしである。
しかも2時からはお客さんとの会話だけでなく、洗い物もする買い物もする、
店の外にいるお客さんにも気を遣う。
加えて朝から何も食べていないし、何も飲んでもいない。
目は確実に5ミリほど落ち窪んでいたと思う。
そして最後の作業は本日の集計。
コイケさんとふたり、レジから出てきたレシートをカウンターの上に置いて眺めた。
売り上げはちょうど4万円あった。
プレオープン期間中の最高額が3万円に満たなかったことを考えれば上々だ。
でも、同時にいろんな思いがよぎったのも事実。
正直、あれだけの準備をして、あれだけ働いて一日4万円かという思いもあった。
「飲食って、大変でしょう?」
ぼくの思いがまるで見えたかのように、コイケさんが笑顔で言った。
こういうときのコイケさんって、ほんとヨーダみたいだ。
『スター・ウォーズ』はあんまり見てないんだけど。

明日以降、4万円も売り上げることはまずないだろう。その半分がせいぜいだと思う。
コーヒー1杯300円のビジネス。
道は相当に険しいけど、ぼんやり遠くに明かりも見えた気がした、
そんなマチスタ初日でした。

これがオープン前日に納品された看板。表面にはヒトミちゃんのイラスト、裏面にはメニューがヘルベチカで羅列してある。板の表情もいい感じね。

倉敷のケーキ屋さん「エル・パンドール」のショウコちゃんがもってきてくれた名物ザッハトルテ。見事にマチスタのロゴが再現されていました。

あまりに忙しくて初日は閉店まで写真撮影を完全に忘れてました。というわけで、夜の閉店直後の歩道。あれ、ちょっとニューヨークっぽくないですか?

オープン翌日、春の嵐の中、わざわざ広島県の三原と福山から来てくれた友人のヒロシとジャリくんファミリー。ジャリくんがやってる福山の「café nanairo」のハンバーグはヒトミちゃんも大ファン。

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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