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〈暮らしかた冒険家〉が考える、
これからの暮らしと
オフグリッドライフ

札幌国際芸術祭(SIAF)2017
札幌へアートの旅 in コロカル
vol.008

posted:2017.9.8   from:北海道札幌市  genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築

PR 札幌国際芸術祭実行委員会

〈 この連載・企画は… 〉  2017年8月6日から10月1日まで開催される「札幌国際芸術祭(SIAF)2017」。
その公式ガイドブック『札幌へアートの旅』をコロカル編集部が編集しました。
この連載では、公式ガイドブックの特別バージョンをお届けします。
コロカルオリジナルの内容からガイドブックでしか見られないものまで。
スマートフォン&ガイドブックを手に、SIAF2017の旅をぜひ楽しんで!

editor profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。コロカル編集部員。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。

credit

撮影:池田晶紀
写真提供:D&DEPARTMENT(『NIPPONの47人 2017』)

暮らしがアートに? 芸術祭を機に札幌に移住

前回の札幌国際芸術祭(SIAF)2014を機に、札幌で暮らすようになった人たちがいる。
「高品質低空飛行」をモットーに、理想の暮らし方や働き方をつくっていく
〈暮らしかた冒険家〉。クリエイティブディレクターの伊藤菜衣子(さいこ)さんと、
ウェブディベロッパーのジョニイ、こと池田秀紀さんの夫婦ユニットだ。

東京でカメラマンや広告制作の仕事をしていた菜衣子さんと
大手クライアントのウェブ制作をしていたジョニイさんは、
東日本大震災後、熊本市の築100年の家に移り住む。

「どこでもよかったんですけどね。20年近く空き家だった家で、
水道管もだめで電気もつながっていなくて、リアルオフグリッド(笑)。
全然問題ないと思ってたけど、大問題でした」と菜衣子さん。

大家さんに相談して水道工事と電気工事はしてもらったが、
暮らしをゼロからつくっていくことに。
そんななかで、「自分たちがつくった野菜と交換でウェブサイトをつくってほしい」
という農家と、貨幣以外の価値の交換をしたりする暮らしを、SNSで発信していった。
さらに、人が人を呼んでおもしろい人たちとつながり、
何かが起こりそうなおもしろい状況をつくりだしていった。

そんなふたりの活動が、坂本龍一さんの目にとまったのは2012年。
2014年に初めての開催を控えた札幌国際芸術祭の
ゲストディレクターに就任した坂本さんは、Facebookのメッセージで
「札幌に住んで、芸術祭に参加してほしい」と要請。
ふたりは最初、ウェブ制作の手伝いか何かと思ったら、
アーティストとして、ということだったのだ。

「『君たちの暮らしはアートだ』って言われて、
自分たちがアーティスト? この暮らしが芸術祭の作品? という動揺とともに、
もうひとり客観的な自分が、こういうことも含めて芸術祭とするなんて、
坂本さんは本当におもしろいなぁ、と思って」と菜衣子さん。

実は菜衣子さんは3歳から9歳まで札幌で暮らし、
その家がまだ札幌にあったということもあり、札幌に移住することに。

熊本から札幌に持ってきた薪ストーブ。

2014年に札幌の家に引っ越し、暮らしながら家を改装。
SIAF2014会期中は土日にオープンハウスとして家を開放した。
とはいえ、改装中の家はまるで工事現場。

「これまで私たちがやってきたことや、
Facebookを見て来てくれればわかると思いますが、
芸術祭のガイドブックだけ見て来た人は『これのどこが作品なんですか?』
という人も多くて。怒っちゃう人もたまにいました」

社会と自分たちとの距離感やズレを感じたり、
コミュニケーションの難しさを感じることもあったという。

一方で、多くのボランティアスタッフが支えてくれた。
多い日は、1日50人もの人がオープンハウスに訪れる。
当時、今年3歳になる息子を妊娠中だった菜衣子さんを気遣って、
「もう奥で休んでなさい」と声をかけてくれるお母さんたちや、
すてきな差し入れを持ってきてくれる人たち。
みんなでDIYで家をつくっていくのは楽しかったようだ。

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札幌のおもしろい仲間たち

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札幌での豊かな暮らしとコミュニティ

SIAF2014が終わっても、彼らの冒険は続いた。
そのなかで、札幌でもおもしろいつながりができていった。
2015年には、〈D&DEPARTMENT HOKKAIDO by 3KG〉で、
札幌に来てから365日の写真を展示する、暮らしかた冒険家の展覧会
『hey, sapporo ないものねだりから、あるものみっけの暮らしかた』展を開催した。

そのクリエイティブオフィス〈3KG〉の代表である佐々木信さんと、
同じ建物に引っ越してきて、菜衣子さんとは畑のシェアメイトでもある、
玩具や絵本を扱う〈ろばのこ〉の藤田進さんは、このビルを〈niiiwa〉と名づけ、
人が集まる「公民館」のような場所にしようと企んでいるそう。

「公民館って、みんなが集まって無料でイベントとかできるでしょう。
お店はあるけど、買い物しに来るだけじゃない場所があると楽しいですよね」
と、菜衣子さんは仲間たちの企みに期待する。

また、福島市で〈あんざい果樹園〉を営み、
現在は札幌で農業をしながらカフェ〈たべるとくらしの研究所〉を営む
安斎伸也さんと、先述の藤田さんとで畑を一緒に借りて、自給を試みている。

みんな子どももいて、どんな風に自分たちの暮らしを
これからも継続していけるかということを真剣に考えているという。
「真剣に」といっても、いつも「楽しい」ということとセット。

SIAF2014が終わった直後、11月に誕生した長男も今年3歳。

自宅から車で少しのところにある畑。住宅街からちょっと離れただけで、広大な自然が広がる。

カフェのほか、ギャラリーを併設し、ワークショップなども開催する〈たべるとくらしの研究所〉。安斎さんは今年のSIAF2017で、手づくりのオーブンを使ったプロジェクト「モバイルアースオーブン」でも中心となって活動。(撮影:クスミエリカ)

さらに菜衣子さんはこう話す。
「札幌には、本質的で丁寧な暮らしの師匠たちがたくさんいるんです。
自家製食材を使ったオープンサンドのお店〈やぎや〉の永田温子さんもそう。
いろいろなものを自給しながら暮らしていて、いろいろなことを教えてくれます。
息子が通う保育園の園長先生もとてもおもしろくて。
保育園に有機栽培の畑があったり、床に無垢の木を使っていたり。
食べ物や住まいの大事さに重きをおいているので、
この保育園があるなら、もう札幌がいいですよね(笑)」

暮らしかた冒険家のキッチンには、各地で集めた器が。

いまでは暮らしかた冒険家の野菜自給率は8割にまでなった。
お肉はやぎやの温子さんに教えてもらったお肉屋さん、
そのほかオーガニックのスーパーも近所にある。
自宅から少し行けば、円山・宮の森と呼ばれる高級住宅街エリアがあり、
おいしいレストランもたくさんある。

菜衣子さんは東京での仕事が多く、出張も多くて忙しいが、
東京やほかの地域からもたくさんの人が家に遊びに来てくれ、
そんなときは東京ではできない話がゆっくりできる。
こんな暮らしを、とても豊かだと菜衣子さんは感じているそう。

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オフグリッドってどんなこと?

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エコハウスとオフグリッドライフ

2014年から少しずつ改修していた家ができあがったのは、昨年2016年。
熊本時代に、あまりの寒さに愕然としていたときに出会ったのが「エコハウス」だった。
現在の札幌の家は、既存の断熱材にプラスして外から断熱し、
外壁も道産材で貼り直した。出窓は熱効率が悪いのでやめ、
結露しない樹脂サッシとトリプルガラスを入れた。
結果、燃費を3分の1に抑え、冬でも一日中暖房をつけている日が少なくなった。

昨年完成した家は、リノベーション住宅推進協議会の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2016」の800万円未満部門で最優秀賞を受賞。

菜衣子さんは、高性能なエコハウスのつくり方をひもとく
あたらしい家づくりの教科書』という本を編集。
建築グループ〈みかんぐみ〉の建築家で東北芸術工科大学教授の竹内昌義さんら、
9人の家づくりのエキスパートが解説している。

その竹内さんと、〈ASIAN KUNG-FU GENERATION〉の後藤正文さん、
そして菜衣子の3人がキュレーションをする展覧会
『NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた Off-Grid Life』が、
現在、東京・渋谷ヒカリエの〈d47 MUSEUM〉で開催中だ。

住まい、食べ物、エネルギー、働き方、まちづくりなどに関わる、
多種多様な暮らし方を実践している人を、47都道府県からひとりずつ紹介し、
未来の暮らしのスタンダードを探る展覧会。

後藤さんは菜衣子さんの友人でもあり、
音楽活動とは別に『THE FUTURE TIMES』という、
これからの社会を考える新聞を発行する活動もしている。

エコハウスについて語りだすと止まらない竹内昌義さん(左)と、『THE FUTURE TIMES』編集長として各地で取材を重ねてきた後藤正文さん(右)。

「オフグリッドってひと言で言っても、いろんなグリッドがあると思うんです。
電気が送られてくる電線もグリッドだし、
震災のときに商品棚から物がなくなったのも流通網というグリッド。
サラリーをもらって働くというグリッドもある。
それらをすべてオフにするのは難しいし、つながっているものがあってもいいんだけど、
ただ無意識に何かに乗っかっているのはやめたいなと思うんです。
いろんなグリッドがあるけど、それが意外にもろいんだということに自覚的でありたい」

NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた Off-Grid Life』は〈d47 MUSEUM〉で2017年10月9日まで開催中。

この展覧会でも、いわゆるエネルギーのオフグリッドという意味ではなく、
自分らしい暮らし方を実践している人やユニークなアイデアが多数紹介されている。
そして大事なのは、そのどれもが、楽しそうということ。

「ひたすら正しさのほうにいっちゃうと、目がキリキリして、楽しくなくなっちゃう。
食べ物もエネルギーも、いきなり全部自給自足なんてできないから。
そうじゃなくて、少しずつ仲間を増やして広げていく。
みんなでやったほうが、きっとメリットがあるから。
ハッピーでいられる、楽しいって思っていられるのが一番。
そうじゃないと続かないですよね」

そのバランス感覚が、とてもすぐれているのだ。
だから、暮らしかた冒険家のまわりには、自然と楽しそうな人が集まってくる。

例えば、京都のブースでは、大手取次を介さない流通や、「新しい経済」をめざしサポーター制度を導入するなど独自の取り組みをする出版社〈ミシマ社〉を紹介。

「これからは、仕事と暮らしをもっとつなげていきたい。
今回の展覧会は、参加してくれたたくさんの仲間たちの
販売や営業の機会になっていたり、
もっとみんなの仕事になるようなしくみをつくっていけたら。

安斎くんと畑の話をしていたときに
『種をまいたら、刈り取りまでがワンセットだよ、
そこまでやって見えてくる景色がある』って言われて、そうか!と。
私たちはいつも仕事に関しては楽しいことを提案して、
刈り取りまでしてこなかったんです。

いまはエンドユーザーに伝えるというところまでやっていこうと思っています。
自分たちがいいと思っている暮らしを必死に伝える努力をしてみようかなって。
いいものをスタンダードに、一般化していく。
そのために、きちんと客観的にも主観的にも伝えていきたい」

『あたらしい家づくりの教科書』も、今回の展覧会も、その延長線上にあるともいえる。
そしてもうひとつ、伝える手段として、
『#よむ暮らしかた冒険家』という冊子まで自分たちでつくってしまった。
1冊目はこれまでの暮らしかた冒険家のストーリーがわかるような内容だ。
「DIY」をテーマにした2冊目も準備中。

『#よむ暮らしかた冒険家』は、オンラインストアで販売中。

これからも「高品質低空飛行」の冒険は、軽やかに続いていくようだ。

profile

暮らしかた冒険家

ウェブディベロッパーの池田秀紀さんとクリエイティブディレクターの伊藤菜衣子さんによる夫婦ユニット。2014年に札幌に移住。展示に『hey, sapporo ないものねだりから、あるものみっけの暮らしかた』展(2015年、D&DEPARTMENT HOKKAIDO by 3KG)、『雑貨展』(2016年、21_21 DESIGN SIGHT)など。伊藤菜衣子さん編集による『あたらしい家づくりの教科書』発売中。

http://bouken.life/

information

NIPPONの47人 2017 
これからの暮らしかた Off-Grid Life

会期:2017年8月3日(木)~10月9日(月)

会場:d47 MUSEUM

◎4日間限定「Off-Grid Life Lecture & Talk」開催!

9月9日(土)、10日(日)、10月7日(土)、8日(日)に、出展者とキュレーターによるさまざまなテーマのレクチャーが開催されます。詳細はこちら

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