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播州織を受け継ぎ、
新しいものづくりをする
〈hatsutoki〉

ものづくりの現場
vol.025

posted:2016.3.16   from:兵庫県西脇市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

editor profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。

credit

撮影:片岡杏子

播州織メーカーがつくるオリジナルブランド

播州織の産地として知られる兵庫県西脇市。
四方を山に囲まれ、加古川と杉原川と野間川という3本の川が流れる美しいまちだ。
ここで、産地ならではの新しい服づくりをするブランドが〈hatsutoki(ハツトキ)〉。

播州織は綿糸を染めてから織り上げられる、いわゆる先染め織物で、格子柄が特徴的。
紳士シャツで栄えた産地だが、hatsutokiでは女性向けの繊細な服をつくろうと、
生地を開発。ごく細い糸で織り上げられ、触れると綿とは思えないような
繊細で独特の風合いの生地に、思わずはっとする。

hatsutokiを手がけるのは、小野圭耶(かや)さんと村田裕樹さん。
服のデザインをする村田さんは「西脇は水が豊かな土地。
その水を使って糸を染めることから繊維の産地となっています。
水の循環から服が生まれるということをかたちにできたら」と話す。
村田さんのデザインを生地に落とし込むのが小野さん。
小野さんは西脇出身、村田さんは東京出身だ。

村田裕樹さん(左)と小野圭耶さん(右)。小野さんは西脇出身で、服飾の専門学校卒業後、地元に戻り島田製織に就職。村田さんは東京出身で、大学卒業後、ブランドのアシスタントなどを経て4年前に西脇に移住した。

北播磨地区の4市1町(西脇、加東、加西、丹波、多可町)で先染め織物として織り上げられたものを播州織と呼ぶ。播州織は格子柄が特徴的で、hatsutokiの服にもチェックやストライプの柄がよく見られる。パネルオーバードレス 26000円(税別)

hatsutokiは〈島田製織〉という80年以上の歴史を持つ播州織のメーカー内に誕生した。
もともと播州織は、糸を染める染色、タテ糸をつくる整径、布を織る製織など
すべてが分業制。島田製織はアパレルなどの依頼に応じて、
工場や職人たちとさまざまな生地をつくって販売してきた。
だが海外など安い産地に仕事が流れていくなか、これからは受注生産だけでなく、
自分たちで企画開発してつくった生地を提案していくことも必要だと、
新しい取り組みがスタートした。

もともと島田製織に勤めていた小野さんは
「有名なブランドで西脇の生地を使っていても、西脇という産地名は出ません。
直接、消費者に西脇をアピールするという意味でも、
自社ブランドをやったほうがいいと思いました。
いままでは生地をつくるだけでしたが、それをどういう服に仕上げて
どういう人に着てもらうか、そこまでを大事にしたい」と話す。
そんなとき、特に人材を募集していたわけではなかったが、
村田さんが自らデザインをやらせてほしいと社長に直訴し、東京から移住して入社。
こうして西脇ではほとんど見られなかった社内ブランドが立ち上がった。

hatsutokiというブランド名には、「初めてほどく」という意味があると、小野さんが教えてくれた。時間をかけてできあがってきた反物の生地を、初めてほどいた瞬間、初めて触れるその感動を、お客さんにも受け取ってもらいたいという思いが込められている。

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新しく開発した生地“影織”とは?

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仲間たちと産地のものづくりを受け継ぐ

hatsutokiの2016年春夏コレクションのテーマは「ウォーターカラー」。
川の水面に朝陽が輝き、水面を風が吹いていくような、
そんな西脇の風景のイメージを、みずみずしいテキスタイルに落とし込んだ。
よく見ると、織りの密度に差があり、それが陰影となって
柄のように特殊なテクスチャーを生み出している。

このように、こういう服をつくりたいからこういう生地をつくろうと、
服と生地の企画を同時並行で進めていくのがhatsutokiのやり方。
「影織(かげおり)」と彼らが呼ぶこの織り方は、
生地を織る機屋(はたや)さんと一緒に試行錯誤を繰り返しながら開発したもので、
織機の装置を組み替えることで、違う柄も描き出せるという。

織り方により微妙な陰影をつけて模様を描き出していく影織。

「ふつう生地をつくる人は生地をつくるだけ、
服をつくる人は服をつくるだけですが、僕らはそれをうまく連携できる。
素材に本当に合った服を考えられるというのが強みです」と村田さん。
小野さんも「産地だから職人さんもすぐ近くにいるので、
職人さんと一緒にものづくりができます。
職人さんのところで昔の播州織の生地を見せてもらったりして、
古い生地の持つよさとhatsutokiの繊細さを組み合わせて、
試作を繰り返しました」と話す。

新作のワンピースも影織の生地でつくられた。shadowオーバードレス 28000円(税別)

遠目にはわからないが、ディテールをよく見てみると、水面が揺れ動くような淡い陰影が見てとれる。

この影織を一緒に開発したのが〈小円(こえん)織物〉という機屋さん。
3代目の小林一光さんは、小野さんや村田さんと同世代で、
播州織産地の機屋では最年少だ。
もともと家業を継ごうと思っていたわけではないというが、
高校卒業後に2代目である父の仕事を手伝い始め、代替わりをしたのが約1年前。
産業としてはなかなか厳しい時代だが、いまは小円の自社ブランドも立ち上げ、
父と一緒に精力的にものづくりに取り組んでいる。

「やるしかないという感じです。自分が全部引き継いでからは、
播州織に対する見方は変わりました。播州織を売ろうとするのではなくて、
とにかくいいものをつくって、それ何? と聞かれたら、播州織だよと。
“影織”ということで売れてくれたらいい」と小林さん。

小野さんも、ここでしかできないものをつくらないと、と言う。
「影織は展示会などでも、海外でも見たことがないという評価をいただきました。
それどこでつくってるの? と思ってもらえるくらい、
素材が自ら営業してくれるような素材をつくらないと世界に通用しない。
もともと西脇は量産の産地なので、量をつくってなんぼ。
それだと工賃が安くなってしまいますが、これからは機屋さんも
ちゃんとブランド力をつけて、値段を守って売っていく力をつけていってほしい」

また、小円はhatsutoki以外の島田製織の生地づくりも請け負っている。
hatsutokiのための開発だけではとても採算がとれないが、
島田製織の仕事も受注することで、お互いにとってメリットになっている。
小円以外でも、もともと島田製織とつながりがあるから
hatsutokiの依頼も受けてくれるという会社もあり、
それが自社ブランドのいいところなのだという。

〈小円織物〉3代目の小林一光さん。体育の先生になりたかったという小林さんは体力も精神力もある。もともと小野さんと知り合いだったが、お互い同業者だとは知らなかったそう。

工場では多くの織機がせわしなく動いていた。機械の音が大きく、話し声を聞き取るのもやっと、というほど。

織機の細かく複雑な動きから、さまざまな柄が生まれていく。

小林さんの父は、息子に代を譲って肩の荷が下りたのか、
影織の開発も一緒におもしろがって挑戦してくれたという。
「若いのがようやりおる、と言ってましたよ(笑)」と小林さん。

村田さんは工場に何度も足を運んで織機をじっくり観察し、
しくみを理解したうえで、こうしたらどうなるんだろう、
じゃあこうしたら? と小林さんとアイデアを出し合ったそう。
「こういうこともできるの? とか根掘り葉掘り聞きました。
それは産地にいるからできることだし、僕はそういうのが好きなんです。
小林さんもいろいろ実験してくれて、こういうのができたよ、と持ってきてくれたり。
そういうやりとりは楽しいですね」

工場での村田さんの表情は、まさにそんな思いが表れているように生き生きしていた。
小林さんはhatsutokiのふたりにとって、同志といったところだ。
「小円さんにはずっと続けてもらわないと、僕らが困ります。
僕らがこれから先、年をとっても服をつくっていくときに、
素材をつくれなかったら困る。同じ世代だったら
一緒に年をとっていけるので、ほかの工場と仕事をするときも、
できるだけ若い職人さんがいるところとつきあっていきたい」(村田さん)

繊細な影織の生地が織り上がっていく。

工場に何度も足を運び、調整をしていった。同志のような3人。

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他産地とのコラボレーションも

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産地を超えたものづくりで新しいものを生む

hatsutokiは、西脇以外の産地とも服づくりに取り組んでいる。
例えばそれは今シーズンの本藍染と泥染めのワンピース。
本藍染は、西脇で織り上げた生地を、東京は青梅の藍染工房
〈壺草苑(こそうえん)〉で美しい本藍に染め上げた。
また泥染めは、同じく西脇の生地を、奄美の天然染色工房〈金井工芸〉に依頼し、
奄美の伝統技法である泥染めで染めてもらった。
これらは影織とはまた全然違う表情を見せる。

「播州織は先染めなので、西脇の人は後染めをちょっと下に
見ているところがあるんですが、そういう先入観があると産地の枠は超えられない。
敢えて外の人とコラボレーションすることで、いままで西脇では
生まれ得なかったものが生まれると思うし、僕らにとっても新鮮です。
こういうものを少しずつ増やしていって、hatsutokiのものづくりの哲学はそのままに、
ほかの産地ともクロスオーバーさせることによって
新しいものを生み出せるブランドでありたいと思っています」(村田さん)

本藍染のワンピース。手作業で何度も染め重ねているため、堅牢さも備わっている。本藍染ポプリンワンピース 32000円(税別)

うっすらとラメのストライプが入っているが、後染めしたことでラメの光沢がぐっと抑えられ、シックな仕上がりになっている。

播州織だから、ではなく、hatsutokiだから買う、というブランドにしたいと
ふたりは考えている。そのためにはブランドの世界観をつくることが大切だ。
「古い産地ではなかなかそれが理解されにくいんですけどね。
服の世界観にあこがれて買ってもらえるようにならないといけない。
その世界観をつくるhatsutokiのアイデンティティというのは、
根本的にはこの土地でつくっているということ。
東京の人混みのなかで思い浮かぶデザインと、
この西脇の自然のなかを軽トラを走らせて思い浮かぶデザインとでは、絶対に違う。
懐かしさだったり、自然の彩りだったり、手にとったときに
そういうものが感じられる服だといいなと思っています」(村田さん)

その世界観を伝えられるようなブランディングに
ともに取り組んでいるのが、北川一成氏率いるGRAPHだ。
東京にも事務所があるが、GRAPHの本拠地は西脇のお隣の加西市。
彼らとともに、自分たちのオリジナリティを追究しながら、
hatsutokiというブランドは成長中だ。

2016SSのビジュアルもできあがった。水面の揺れや光を感じさせるイメージ。(写真提供:hatsutoki)

(写真提供:hatsutoki)

「ブランドの世界観を買ってもらえるようになりたい。西脇ってどんなところなんだろうと想像しながら着てもらったり、感情的な付加価値をつけたい」と村田さん。

hatsutokiの服はオンラインやセレクトショップ、デパートの催事などでも
販売されているが、地元西脇でのイベントでもよく売れるという。
「昔は西脇の生地を、工場に転がっている、どこにでもあるという意味で
“工場縞”とちょっと見下げるような言い方があったんですけど、
いまの若い人たちにはそんな意識はない。
みんな本当は自分たちが育った土地でつくられたものが着たかったんだ、
ということに私もびっくりしました」と小野さん。
今後、地元でも販売する機会を増やしていきたいという。

昔からのものづくりを受け継ぎ、新しく発展させていくhatsutokiの挑戦は、
まだ始まったばかり。これからも、はっとするようなすてきな服を、
西脇から届けてくれるに違いない。

服だけでなく、バッグやストールなど小物もつくる。こちらは撥水加工を施したバッグ〈fab sack〉。旅行用のインナーバッグとして重宝しそう。こんなものがあったらいいな、と自分たちがほしいものからアイテムのアイデアが生まれていく。

information

島田製織株式会社 
hatsutoki

住所:兵庫県西脇市野村町1796-67

http://hatsutoki.com/

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