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冨士源刃物製作所

ものづくりの現場
vol.013

posted:2013.3.11   from:高知県香美市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

writer's profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

くじらナイフに込められた、土佐打刃物の技術と想い。

子どもが鉛筆を削るのにちょうどいい「くじらナイフ」を製造している
冨士源刃物製作所は、高知県香美市にある。
かわいいフォルムのナイフシリーズで、子どもへのプレゼントはもちろん、
大人が使うナイフとしても人気を博している。
工房を訪れると、かなり男らしく、
高い金属音がキンキンキンッと鳴り響いていた。
くじらナイフのルックスから想像できる“アトリエ”というよりも、
まさに“鍛冶屋”といった雰囲気。
くじらナイフの職人は、高知県から「土佐の匠」にも選ばれている
冨士源刃物製作所の2代目山下哲史さん。

「あるお母さんから、
子ども用に先がとがっていないナイフがほしいという依頼があって、
なんとなくデザイン画を描いていたんです。
頭を丸くして、持ちやすくしてとやっていたら、
くじらに似てきたんです(笑)」と話す山下さんは、
職人さん特有のコワモテ感はなく、物腰がとてもやわらかい。
ラフスケッチからくじらというアイデアが出てきたのも、
まったくの偶然だけではないような気がする。
最初にできたのは、マッコウクジラ。
他にもナガスクジラやミンククジラなどファミリーも増えて、
今では6体の仲間たちになった。

(上から時計回りに)マッコウクジラ、ミンククジラ(雌)、ニタリクジラ、ザトウクジラ(ペーパーナイフ)、ナガスクジラ、ミンククジラ(雄)。

最近では、水族館のおみやげ用に別注文が来たり、
絶滅危惧種に指定されているアカメという魚をモチーフに製作するなど、
幅も広がってきた。
また、木工で鳥を削るためのナイフをつくってほしいというオーダーから、
鳥の形をしたカービングナイフを製作したこともある。

「こうしたもので、少しでも土佐打刃物の技術や文化が残っていけば……。
本当は鎌が売れればいいんですけどね」。
そう、鎌が売れない。

土佐は、土佐打刃物として日本の3大刃物の生産地として栄え、
その発祥は鎌倉時代ともいわれる。
特に山で使う鎌や鉈、のこぎりなどの品質の高さは有名だった。

山下さんがこの道に入ったのは34年前。
当時は、下草刈り鎌、枝打ち鎌など、山で使うありとあらゆる鎌を作っていた。
この土佐山田地区は、目の前に香長平野が広がり、
米を二毛作でつくっていたので、鎌は毎日のように使う必需品。
裏は一面、松の山で、炉で使う炭がすぐに取れる環境。
需要と供給がマッチする場所だった。

そして土佐から全国へと土佐打刃物を下げて出稼ぎに行っていた山師たち。
彼らが持っていた刃物がすごく質がいいと評判になり、
土佐打刃物の市場はどんどん全国へと広がっていった。

しかし林業の機械化、林業自体の衰退とともに、
刃物が売れなくなってしまった。
さらに追い討ちをかけるように、中国産などの安い刃物が輸入され、
刃物は研ぎながら大切に使うものではなく、使い捨て感覚になってしまった。

年季の入った道具と技術で鍛造する、職人ならではの仕事場。

鍛造、焼き入れ、研磨……。手作業で繰り返す職人技。

六寸鎌を鍛造する作業を見せてもらった。
一丁一丁、手で叩いて鍛造して伸ばしていく。
土佐打刃物の特長は、両刃であることだ。
鉄の真ん中に鋼をいれて、両側から包み込むようにするのは
刀のつくり方に近い。
山用の刃物は特に耐久性が必要なので、
こうすることで衝撃に強くなるし、折れても飛ばないようになる。

両側が鉄。真ん中に入っている鋼の部分が刃になる。

今では金型でプレスして抜く方法が簡単だが、
それでは厚さがどこも均等になる。
山下さんは、鎌が曲がっている腰のあたりの一番大事なところに
鉄を厚く置いて、強度を出している。そしてだんだん薄く伸ばしていく。

何をしているのか素人目にはわからないほど、作業は素早い。
鎌を火に入れて、熱されたら叩き、またそれを火に戻すと、
別の鎌を火から出して叩く。
これを何度も何度も繰り返すので、何本も同時につくっているのかと思ったら、2本を繰り返し叩いていたようだ。
「なかなかうまく曲がってくれません。
一度つくり込んでから、また叩いて伸ばします」
柄の部分をやって、腰をやって、と、部所ごとに叩いて伸ばす作業を繰り返すため、
工程はおのずと増えていく。

激しく叩くため、粒子が飛び散る!

赤々と熱せられた鎌の柄になる部分。

こうして、むねが厚く、刃が薄い、美しい鎌の原型となった。
この後、荒研磨をして、焼き入れを行う。

焼き入れは、ふいごと松の炭を使う。
いまでは、炭ではなく、鉛や油を使うひとがほとんどだ。
炭で焼き入れを行うと、「鋼も炭素なので、切れ味が違ってくる」という。
「工業試験場ではそんなことはないというんですが、
実際に私は研磨のときに完璧に違いがわかります。
砥石へのあたりが違うんです」というのは、まさに職人の手の感触。
ふいごにいたっては、「私しかいないんじゃないか」というくらいアナログ。
手前に付いている取っ手を押したり引いたりすることで、風が送り込まれる。

ふいごから右下に見える松炭へと風が送られ火を起こす。

焼き入れが終わると、油戻しという作業。
170度くらいの油に40〜50分入れると、鋼に粘りが出てくる。
あとは砥石で仕上げていく。
これら工程をすべてひとりでこなしている。

「いまだにうまくいかないときがありますよ。今日は鎌にならんなぁ」
と笑うが、この繊細かつ力技の難しい技術を、受け継ぐひとが少ない。
職人の世界は、技術が肝。しかしこの技術もまた、失われつつある。
それは売れないので産業として成り立たないからであり、
つまり需要がないからだ。

質のいい鎌を求める客は少なくなったが、それでも冨士源の鎌の切れ味を求めるこだわりの顧客も、数少ないがいる。

だからくじらナイフのような商品をつくり、
土佐打刃物を広げることが少しはできた。
焼き入れや研磨などには山下さんの技術が詰まっており、切れ味はバツグン。
しかしくじらナイフのようなフォルムを叩いてつくり出すことは不可能なので、
型はプレスで抜いている。
山下さんの技術すべてを生かせている商品ではないのは
残念なことだと認識しておきたい。

みなさんは、ナイフで鉛筆を削ったことがあるだろうか?
そんなの簡単と思うかもしれないが、実はちょっとしたコツがいる。
鎌や鉈を使おうとまではいわないが、
せめてナイフを使う感触を手に覚えさせてみる。
それが土佐打刃物、そして職人の技術を守ることへの第一歩だ。
まずは、くじらナイフで鉛筆を削ってみよう。

ポイントは、鉛筆を持っているほうの親指でナイフの背を押すことだ。鉛筆をナイフで削ったことのないひとは、このコツを知らないという。

山下哲史さんは、30歳のときに脱サラし、家業であったこの道に進んだ。

information

冨士源刃物製作所

住所 高知県香美市土佐山田新改184
TEL 0887-53-4508

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