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連載

井上仏壇店

ものづくりの現場
vol.006

posted:2012.4.27  from:滋賀県彦根市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

editor's profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:田中雅也

仏壇の漆塗りをカフェグッズに生かす。

300年以上の歴史を持つ彦根仏壇は、経済産業大臣が指定する
「伝統的工芸品」として認定されている。
幅が120cmもあるような大型仏壇が特徴だ。
通常、仏壇を製作するには、
木地(木工)、宮殿、彫刻、錺金具(かざりかなぐ)、漆塗り、蒔絵、金箔押しと、
7つの工程が必要となる。すべてに専門の職人が存在し、
ひとつでも欠けると仏壇をつくることはできない。
しかし他の多くの伝統工芸と同じく、
彦根仏壇もまた、後継者不足や売り上げ低下など、先細りの状況に悩んでいる。
特に職人の数が少なくなり、
このままでは伝統技術の伝承ができなくなってしまう。
そこで、1901年創業の井上仏壇店の井上昌一さんは、
「彦根仏壇の伝統技術を使ってほかの商品をつくる」ことを考えた。

1000万円を超えるような仏壇がたくさん展示されている井上仏壇店。この周辺は仏壇ストリートとなっている。

「仏壇は今では非日常的だし、高いし、一生に一度の買い物。
しかも海外では売れません。
だから、伝統技術をもっと身近に感じてもらえる商品を
つくらなければならないと思ったんです。
でも私たちの発想は凝り固まってしまって、新しいものは生まれにくい。
そこでなるべく仏壇と正反対のイメージの商品が考えられるように、
クルツインクの島村卓実さんという
外部のプロダクトデザイナーにお願いすることになりました」

それが「chanto」。
chantoはコーヒーミルやトレイ、ドリッパーなどのカフェグッズで、
ウッドと鮮やかなカラーリングの組み合わせがポップな印象。
まさか仏壇屋さんが生み出したとは思えない。
しかし色が塗ってある部分は、すべて彦根仏壇の漆塗りなのだ。

内側が塗られる前の状態。これが抹茶やカフェオレ用の大型カップ「MATCHA」となる。

「通常、漆は黒と赤しかないんですよ。
でも、私がお付き合いのあった中嶋誠作さんという漆の塗師の方が、
10年ほど前からさまざまな漆の色の研究をしていたんです。
その色サンプルをデザイナーの島村さんと一緒に見て、
“こんな漆の色は今まで見たことがない”という話になり、
chantoの商品開発につながりました」

漆の塗師の中嶋さんは、陶芸もこなし、さらに文化財の修復や骨董品の修理など、多岐に渡って伝統技術を伝える活動に尽力している。

塗師の中嶋誠作さんは、彦根仏壇の塗師だった父親のもとで修業を始め、
30年以上活動している。
漆の可能性を広げるべく、色の研究は欠かさなかったという。
中嶋さんの漆の色があったからこそ、
このchantoが生まれたといっても過言ではない。
数十種類もある色サンプルのなかから10色を選び、
chantoの商品に採用している。漆の特性と難しさを中嶋さんは語る。

板に塗られた数々のカラーサンプル。ここだけ見ていると、漆や伝統技術という言葉は出てこないポップさ。

「漆と顔料を混ぜて色を調合しています。
なるべく漆の分量を多くしたいですが、色によってその割合は違ってきますね。
また、漆は本来アメ色をしているので、
アメ色のフィルター越しに顔料の色を見ることになります。
だから、白や薄いグレーなど、薄くて淡い色になるほど難しい。
厳密に言うと真っ白はできません。
配分や乾かし方にもかなり気を使います。
あまり早く乾かすと、今度は黒っぽくなってしまうのです。
ゆっくりと乾いていくように、湿度と温度を調整する必要があります。
漆は、硬化剤など一切入れずに空気中の水分から
酸素を取り込み自然と硬化する天然樹脂です。
漆にはそんな不思議な力があります」

漆と顔料は、かなり厳密に重量を量って配合している。少しでもズレると色が変わってしまうデリケートな世界。

ムラなくきれいに塗られたばかりの漆塗りを見ると、
ツヤツヤして光沢が美しい。

「きれいに塗ると鏡のようにきれい。
でも、全体をくまなく塗ったサンプル商品を見たときに、
プラスチックのように見えてしまいました。
赤や黒だと我々日本人は見慣れているので、
漆器だとすぐに理解できるのですが、カラフルなものだと漆とは思われない。
それで木目の一定部分を塗らないで残しながら、部分的に塗るようにしました」
と井上さんは当初を振り返る。
確かにそのほうがバランスがよく、きれいだし、今の時代に合っているようだ。

「ESPRESSO」カップの塗り工程。真空ろくろを使ってカップを固定し、内側を塗っていく。

塗った商品は、ほこりをつけないために素早く室(むろ)のなかへ。ストーブや除湿機などで、室のなかの温度と湿度は常に管理されている。

古くから日本の風土に伝えられてきた漆塗り。
伝統工芸である彦根仏壇の塗師が未来のために研究し、
それを生かした商品ができた。これが広がっていけば、
他の職人の活動をもっと活発にできるかもしれない。

「ただし、前述した通り、仏壇製作には7工程あり、
それぞれに職人がいるのですが、
今回のchantoでお願いできたのは、漆塗りの職人だけです。
他の職人にも、何らかのかたち、彼らの伝統技術を生かしてもらえるような
商品をこれからも考えていきたいと思っています。
それが私の彦根仏壇業界への恩返しです」
と井上さんは意欲的だ。

chantoは、「しゃんと」と読み、彦根の言葉で“背筋を伸ばし、
集中したり、ものごとをきちんとする行為”を表すという。
彦根仏壇の精巧で緻密な伝統技術は、きわめて“しゃんと”している。
廃れさせてはいけない技術のために、
まずはコーヒーとともに、漆の美しさとあたたかみも味わおう。

chantoの商品は、現在7種類。木と漆という天然素材からできた、ひとにやさしいデザイン×伝統の技。

profile

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SHOICHI INOUE
井上昌一

明治時代から続く井上仏壇店の4代目店主。1991年から家業を受け継ぎ、仏壇以外にも新たな仕掛けを常に模索。2011年にchantoをスタートする。
http://www.chanto.org
http://www.inouebutudan.com

Qurz Inc. 島村卓実
http://www.t-shima.com/

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