colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧

連載

真鶴の高台のアトリエから。
〈スクランプシャス〉の
細やかな洋服づくり

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.15

posted:2017.2.15  from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:ものづくり / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Hiromi Kajiyama

梶山ひろみ

かじやま・ひろみ●熊本県出身。ウェブや雑誌のほか、『しごととわたし』や家族と一年誌『家族』での編集・執筆も。お気に入りの熊本土産は、808 COFFEE STOPのコーヒー豆、Ange Michikoのクッキー、大小さまざまな木葉猿。阿蘇ロックも気になる日々。

photographer profile

MOTOKO

「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。

アンティークショップからオリジナルの服づくりへ

肘から袖口にかけてたっぷりとギャザーの寄ったインディゴ染めのワンピース。
凛とした美しさが溢れ、どんな気分やシチュエーションにも
寄り添ってくれそうな一着だ。

中山靖さん、則美さん夫妻が手がける〈スクランプシャス〉の洋服は、
神奈川県の南西部、真鶴の高台にあるアトリエから生まれる。
玄関を上がってすぐ左の階段を上ると、正面には海を望む大きな窓があり、
中央の長テーブルを囲むように服や小物がディスプレイされている。
左奥のスペースは作業場として使われていて、
ヨーロッパから仕入れたという生地やリボンが並ぶ。

役割はどのように分担しているのか尋ねると
「僕は言葉がいらない作業を」とはにかむ靖さん。
それぞれが得意な作業を担当し、ときに率直に意見を言い合うのが基本だ。

「僕がパターン引きや縫い物といった実作業を担当して、
事務的なことと人とのセッションは嫁に任せています。
そうは言っても完全に分業しているわけではなくて、
新しく服をつくるときには、まずはふたりでデザインし僕が形にする。
それに対して『女の人はこうなっていたほうがいい』という意見が入り、
つくり直して……という作業を繰り返します」(靖さん)

オリジナルの商品をつくるうえで大切にしているのは、
アンティークの洋服に見られるような繊細なものづくりへの尊敬と独自性。
1999年にスクランプシャスとして活動を始めた当時は、
海外で買いつけた古着やジュエリーを扱うアンティークショップを
運営していたというふたりらしい理由だ。

「昔のものづくりは、いまでは考えられないような細やかなものが多いですし、
同じものがいくつもあるわけではありません。すばらしいものなのに、
『この服は、たった1着しか存在しないんだ』と残念に思えて……。
オリジナルをつくり始めたきっかけは、古いものを復刻させる気持ちで
つくった洋服をせめて何人かの方にお届けできたら、
それはすてきなことだなと思ったからなんです」(則美さん)

定番として並ぶのはトップス、スカート、ワンピースなど10種類ほど。
在庫は持たず、顧客からオーダーが入ると
靖さんや縫い子さんたちの手作業で仕上げていく。
オーダーから商品が届くまで、時期によっては数か月かかってしまうが、
自分たちで決めたルールを守るには工場には頼れないのだとか。

「例えば、袖のギャザーは、広幅の布を細かく手で寄せていくのですが、
大量生産で洋服をつくっている工場だと『割りに合わないからできない』
と言われるんです。ギャザー以外も、ボタンホールも糸を編んでつくっていますし、
通常ミシンだと縫い目のスパンが3ミリ程度離れるのですが、
うちは約1~1.5ミリなんです。こうすることで時間はかかりますが、
長く着るうちに糸が切れても一気にほどけるようなことはありません」(靖さん)

ボリュームスリーブトップは2012年に生まれたこのブランドを代表する1着。袖のギャザーが特徴で、その作業の細かさに「割りに合わない」と工場に受け入れてもらえなかった。

「さすがに僕ひとりでは手が足りないので、
一昨年自分たちのウェブサイトを通じて縫い子さんの募集をかけてみたんです。
やっていくうちに直接伝えたいことも出てくるだろうと思って、
近県の方にお願いができればと書いていたのですが、
湯河原、伊豆、東京のほかに長野や広島在住の縫い子さんもいらっしゃいます。
僕が布をカットした状態で送る方もいますし、
裁断から全部やってくれる方もいます」(靖さん)

「工場にお願いできないとわかったときに、何としてでも
縫い上げる気持ちがある人じゃないとできないんだと思いました。
いま、お願いをしている縫い子さんの中には
『縫えないけれどやってみたいです』という心意気の方もいて。
そういう方はレクチャーをしたあと、自主的に何度も何度も練習を繰り返して
縫製のクオリティをあげてから、本番を縫ってくださっています。
5年10年かかってもみんなが技術の高い縫製ができるようになれば、いまは大変でも、
きっと唯一無二のお針子チームになれると思っているんです」(則美さん)

次のページ
なぜ真鶴を選んだのか?

Page 2

ここでなら仕事も暮らしもやっていける気がした

1999年に笹塚にアンティークショップを構えたあと、
代官山、由比ヶ浜と移転し、2012年に真鶴で新たなスタートを切った靖さんと則美さん。
ふたりが真鶴を初めて訪れたのは2010年の夏の終わり。
由比ヶ浜のお店と並行し、則美さんのお母さんの介護をしていた時期だった。
お母さんがショートステイを利用する日に「どこかに行こう!」と、
あてもなくとにかく西へ、西へと車を走らせた。
途中で半島のある真鶴が気になり進んでいくと偶然「お林」に辿り着いたのだそうだ。

真鶴半島の先端に位置するお林は、数百種類の植物と野鳥が生息する原生林。
「魚(うお)つき保安林」とも呼ばれ、〈神奈川県立真鶴半島自然公園〉として
保護されてきた、町民にとっても特別な場所のひとつ。

「ものすごく高揚したんです。都心からそう遠くもないのに、
こんなにも大らかな自然が残っていて。神奈川県だというのに。
その日はまだ暑かったし、裸足になって海でピシャピシャやったりして。
本当に疲れていたから、癒されてリフレッシュできました」(則美さん)

「地元の子どもたちも波打ち際で遊んでいたりして。
なんて平和な場所なんだろうっていうのが最初の印象ですね」(靖さん)

その後、お母さんが他界したこと、鎌倉のまちがお店を開いた頃から比べて
ずいぶんと賑やかに変化したことなど、いくつかの出来事や想いが重なり、
もう少し田舎に移りたいと考え始めた。

「田舎も好きだけれど、東京も好き」
「東京とはつながっていたかった」

ふたりにとって、思いたったときに
東京まで足を延ばせる距離に暮らすことはとても重要だった。
真鶴を訪れるたびにどんどん惹かれていったと則美さんは言う。

真鶴がいったいどんなまちなのか、あらためて調べてみたところ、
まちづくり条例のひとつである『美の基準』の存在を知ることに。
1993年、三木邦之・元町長により制定された『美の基準』は、
8つの原則と69のキーワードでまちの方向性を示すもので、
住民が受け継いできた生活の作法が息づくことを謳っている。

「この小さなまちがすごく愛しく感じちゃったんですよね。
『美の基準』にも惹かれましたし、『根をはっていける』と
肌で感じたんです」(則美さん)

アトリエの窓から見える風景。

靖さんも続ける。
「この家に出会えたのも大きかった。僕は地元の北海道を出てから、
東京に住んでみたり、鎌倉に住んでみたり、ずっと転々としていて。
どの土地に対しても何となく間借りしている感覚というか、
終のすみかではないなという気持ちがありました。
でも、真鶴に出会ったときに『ここにずっといられるんじゃないかな』と
自然と思えたんです。その理由はうまく説明できないですけど、
仕事と暮らしの両方をなんとかできるんじゃないかって」

(ネックレス:Ru*fa ストール:オッタエーカル)

一方、周りからの反応はストレートなものだった。
「何で真鶴に行っちゃうの?」という疑問、
「大丈夫? やっていけるの?」という心配。
驚かれたり、引き止められたり。

そこで、東京時代からの顧客に真鶴に移ろうと思っていることを伝えてみると、
「電車で行けるなら行きますよ」というあたたかな答えが返ってきた。

思い切って真鶴へ移ろう。
2011年11月に鎌倉の店を閉め、現在のアトリエのリフォームなどを済ませ、
2012年8月、この地に新しいスクランプシャスが誕生した。

「真鶴に移ったことで、東京の催しに呼んでいただく機会も増えたのですが、
『真鶴のスクランプシャス』と、まちの名前とセットで紹介されることが多くて、
きっとこの場所にいることにも興味を持ってくださるのかな、と思います。
自分たちの活動とまちがセットになっているのかもしれません」

荒地を開拓した新たな拠点〈SOJI BŌKEN〉

現在のアトリエのほかにもうひとつ
〈SOJI BŌKEN〉という名の場所を増やそうとしているふたり。

「本当はいま頃はもうオープンしている予定だったんですけど、
全然間に合わない。予定がどんどん延びていくんです」

そう笑いながらも、今年中には動き出せるようにと
友人たちの手も借りながら準備を進めている。
うっそうとした森とその中に建つ築50年ほどの平屋を購入済みで、
展示やイベントもできるショップとして、また遠方から訪れた
クリエイターなどの宿泊スペースとして活用する予定だ。

「いろいろやり始めてから実はもう2年くらい経つんです。
でも、土地を買って土台をしっかり整えるところで予算が尽きてしまって
なかなか進まず(笑)。床を開けたらシロアリで基礎がボロボロだったり、
イメージしていたのとは違って、まずやらなくちゃいけないことがいっぱいあります。
自分たちでもできる壁塗りや床貼りは業者を入れずに進めて、
あとは草との戦いなので、私が通っている型染め工房の先生や、
大切な友人たちが月に1回集まってくれて草刈りをしてくれています。
かなりスパルタな草刈りです(笑)。ものすごく大きな木を切ったり、
竹はもう100本くらい切りました」(則美さん)

「開拓っていう感じだよね(笑)。もともと、真鶴に来るときに
イメージしていたのが森のある場所だったんですね。
この場所に暮らしながら探してはいたんですけど、
真鶴自体広くない場所なので、なかなか出会えなくて。
偶然見た広告に、広々した庭に古家が建っているのがあって、
価格も現実的に考えられそうだったので、
いろんな方に助けていただいてここまできました。
土地がかなり広いんですが、斜面が多いので、
実際は整地をしていかないと有効には使えない。
『よくそんな場所買ったね』って言われるんですけど(笑)、
心配より希望が勝っちゃって、とにかくやってみようっていう」(靖さん)

アトリエの下を通る道の石垣。ブランド名は、かつてイギリスで「すてき!」「おいしい!」といった喜びを表現するときに使われていたというフレーズ「SCRUMPTIOUS」から。

「地元の人も、外からやってくる人も関係なく、
人と人とがつながる楽しさや生きがいを感じられる場所にしたい」と靖さん。
人が集うことで知恵や技術を自然と教えたり、
教えられたりする空気感をつくりたいとも。

過去に縛られず、常に未来を信じ、突き進むふたりのあり方が、
まちやものづくりにおいての経験という垣根を気持ちよく取り払っていく。

information

map

SCRUMPCIOUS 
スクランプシャス

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1007(アトリエ)

http://www.scrumpcious.net

Recommend