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連載

〈高橋水産〉
真鶴の魚で究極の干物を
目指す求道者

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.010|Page 1

posted:2017.1.23  from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer profile

MOTOKO

「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。

神奈川の南西部、真鶴は魚のまち。
戦後は「ブリバブル」と呼ばれるほど、ブリで財を成した。
その後も豊富な魚を干物にして、観光バスが来たり、
多くの観光客が干物を買っていった。
その頃はたくさんの干物屋さんが軒を連ねていたが、
現在、真鶴で自家製造販売している干物屋さんは、
青貫水産高橋水産魚伝の3軒を残すのみ。
どこも小規模ながら毎日丁寧に魚を開き、干している。
今回は〈高橋水産〉のお話。

真鶴の伝統と革新をこめた干物づくり

真鶴の干物屋さんのなかでも、ひときわ異彩を放つ店頭ディスプレイ。
「毎日修業」「一人製造」「独学干物」といったスローガンが貼られている。
それだけでもすごく興味を惹かれてしまう。
店頭には七輪が置かれ、数種類の干物が試食できる。一杯やりたくなるくらいだ。
ここで試食してしまうと、買わずにはいられない。それくらい旨みが凝縮している。

試食コーナーは交流も楽しい。表面にプツプツと塩が浮いてきたら食べ頃。

高橋水産の現店主は辰己敏之さん。もともとは辰己さんの祖父が、
湯河原から真鶴へ干物屋を移転してきて始めたお店だ。

「干物が身近にある環境で育ったので、
子どもの頃から干物が大好きでした。食べ放題でしたからね。
昔から真鶴の人は魚の味に厳しいのでおいしい魚が食べられました。
だから真鶴の子どもは魚に対して舌が肥えてしまうんですよ」

当時、祖父のお店は調子がよく、現店舗以外にも
観光バスが何台も着くような大型店舗も構え、干物も大量生産していた。
辰己少年はそうしたお店に顔を出しながら、干物を食べ、
結果的に現在につながる“味覚を鍛える”日々となった。

店内には干物がたくさん干されている。

本人いわく「夢も何もなく」高校を卒業して、
お金がないので、祖父の干物屋をなんとなく手伝いながら、過ごしていた。
ところが時代の流れは避けられない。
10数年前に業務を縮小、大型店舗も閉め、現店舗のみとなった。
祖父も引退し、従業員もわずか数名に。

「見よう見まねで僕も干物をつくってみたけど、なかなかうまくいきませんでした。
でもだんだんと慣れてきたので、祖母にも引退してもらって、
ひとりでやることになりました」

ここから辰己さんの「干物求道者」たる道が始まる。
「夢も何もなかった高校生」なんて言いながら、
凝り性な側面がむくむく湧き上がってくる。

「じいさんから伝わってきたマニュアル通りにやっても、
子どもの頃食べていた味と違うんです。魚はとれる場所や時期、
サイズもバラバラ。だからマニュアルが通じないこともある。
すごくしょっぱくなったり、味がしなかったり。
じいさんがつくっていた塩度の少ない味つけを再現したかったんです。
ある程度納得できる味になるのに何年もかかりましたね」

高橋水産の辰己敏之さん。干物愛にあふれている。

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