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人が集まる真鶴の酒屋
〈草柳商店〉店主しげさん

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.002

posted:2016.10.17   from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Shun Kawaguchi

川口瞬

かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。

credit

Supported by 真鶴町

photo:MOTOKO

ロックを愛する酒屋の店主

2016年10月。
神奈川県真鶴半島の先端にあるお林展望公園で、
〈グリーンエイド真鶴〉という小さな音楽フェスティバルが30周年を迎えた。

このイベントに第1回から関わっているのが、
真鶴港のそばにある酒屋〈草柳商店〉の4代目、
通称「しげさん」こと草柳重成さんだ。
30年前、当時まだ21歳だったしげさんは今年51歳になった。
いまではグリーンエイド真鶴の司会を、
その頃のしげさんと同じ、21歳の娘の采音(ことね)さんが務める。

宿浜商店街の一角にある酒屋、草柳商店。

昭和を彷彿させる店内には、神奈川の地酒が中心に並ぶ。

しげさんが店主を務める草柳商店は、地元の漁師や近所の人はもちろん、
最近では町外のアーティストや旅行者も集まるまちの酒屋だ。
お店に入るとすぐにしげさんのお母さんが話しかけてくれる。

「どこから来たの?」
「名前は? 私すぐに人の名前が覚えられるの」

川上弘美の小説『真鶴』にも登場するお母さんはマシンガントークで、
躊躇する暇もなく、訪れた人は輪の中に入れられる。
だけどそれが不思議と心地よい。もちろんしげさんもその輪に加わる。
ときにはギターを片手に唄い出し、ゲリラライブが始まることもある。

原宿のライブハウスから、真鶴の酒屋へUターン

真鶴に生まれ、真鶴で育ったしげさんは、
高校卒業後に入学した東京の美術学校を半年で辞めた。
笹塚の友だちのアパートに泊めてもらい、バイトをしながら、
原宿や渋谷で当時有名だったライブハウスでバンド活動を始めたのだ。

「無理に頑張らず、楽しんでやればいい。食っていければそれで幸せと思わないと」と語るしげさんからは、いつもポジティブな空気が流れる。

「真鶴のことを嫌いになったことはないですよ。
でも10代後半や20代前半のときって、やっぱり東京への憧れがあるんですよね。
どうしても東京が気になって仕方なくて……。
ただ、25歳のときに親父が亡くなっちゃって、
真鶴に戻らなきゃいけなくなったんです。
もちろん東京にいたほうがいいんじゃないかって思いもありましたが
弟もまだ高校生で、妹が大学生だったから、お金も稼がなきゃいけなかったので」

地元真鶴に戻ってきたしげさんは、迷いながらも草柳商店のお店に立ち始める。
ただ、客はすぐにはしげさんのことを認めてくれなかった。
「自分の好きな地酒を選んで並べても、まだ酒を飲み始めて5年だろって、
馬鹿にされるんですよ。それが悔しくてね。
年齢をカバーできるよう、日本酒のソムリエと呼ばれる
“唎酒師(ききさけし)”の資格を取得しました。
勉強のため全国の酒蔵を訪ね歩きもしました」

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草柳商店の〈湊バル〉とは?

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真鶴の魚に合うお酒の探求

「あるとき、新潟の村上市に行って驚いたんです。
どの酒屋に行っても、飲食店に行っても、新潟の地酒しか置いていないんです。
地元の特産品である鮭の酒びたしに一番合うのはこれだからって。
農家、蔵元、酒屋、飲食店が一体となってくるから、
旅人にはインパクトがすごいんです。
そして、こういうのを真鶴でできないかって思ったんです」

新潟から戻ってきて、今度は神奈川の蔵元を訪ね歩いた。
すると、神奈川県山北町にある〈川西屋酒造店〉は、
新潟で見た以上にこだわって酒造りをしていることがわかる。

「川西屋酒造店がつくる〈丹沢山〉は、真鶴の魚に合うんです。
丹沢山は“神奈川の屋根”って言われているように、
丹沢山に降った雨雪が地下水脈で相模湾に流れ出している。
だから丹沢のお酒と、相模湾でとれた魚貝は合うんです。
おもしろいのは、いくら山形で有名なお酒でも、
真鶴の魚とは合わないんですね。地元の食材には地元のお酒が一番なんです」

「最近の地酒ブームでいまではすっかり全国区になってしまった」という〈丹沢山〉。いまでも店の一押し商品だ。

それからというものの、しげさんは取引先に神奈川県の地酒のおいしさを伝え始める。
そして自身もすっかり酒屋の仕事にはまっていった。

だれもが受け入れてもらえる酒屋に

草柳商店の魅力はお酒へのこだわりだけではない。
地元の人はもちろん、真鶴に住んでいない外の人にまでファンがいるところだ。
そんな場所は、しげさんがバックパックで
ヨーロッパを回った経験がもとになっている。

「例えばヴェネチアの酒屋で飲んでいると、そこには地元の人しかいないわけですよ。
そんななかで地元の人たちと同化して飲むのが好きでしたね。
何日も通ううちに覚えてもらったり、お店のルールを理解していったり。
もちろん観光名所も行きましたよ。
行きましたけど、一番の思い出はなにかっていったら、
地元の人たちと触れ合った酒屋、バルなんです。
その精神がいまのお店にも出ています。
最近は、外から来た若い人たちが、地元の人と触れ合いたいとか、
そこにおもしろみを感じてくれる人が増えてきてくれました。
なるべくみんなが自然なかたちで一緒にいられる場所。
ようやく自分が望んできたかたちに近づいてきましたね」

取材当日も、偶然立ち寄ったアメリカから来たお客さんが、日本のお土産にとお酒を購入していた。

「外国人にはいつもこのポスターをあげてるんです。昔のイベントのポスターなんだけど、侍のイラストにみんな喜んでくれる」

しげさんは酒屋を利用したさまざまなイベントも企画している。
例えば〈湊バル〉。バル(BAR)といってもお酒や食事が提供されるわけではなく、
草柳商店の目の前にある倉庫を利用し、“持ち込み前提”でお酒が呑める酒場の提供だ。
商店街で買ったものを持参してもらうことにより商店街の賑わい創出を目指している。
もちろんその場では音楽の演奏などもついてくる。

〈湊バル〉の会場は普段は倉庫として使われている。最近ではまちの盆踊り大会に合わせ、〈浴衣 de DISCO〉として一夜限りのディスコに変貌させたりも!

そしてまちのお祭りやアートイベント時に合わせて開催される〈しげちゃん散歩〉。
しげさんが案内人となり、お酒を片手に商店街のお店を訪問。
お寿司や干物をつまみぐいさせてもらいながら、
お店の人たちとの会話も楽しめるという、まさに草柳商店で普段行われる
“交流”を商店街全体にまで広げたイベントだ。

原宿に通い、全国の蔵元を歩き、ヨーロッパをバックパックでまわったしげさんは、
地元真鶴に帰ってきた。外から吸い込んできたたくさんの経験を糧に、
真鶴で大好きな音楽をしながら、家族とともに“交流できる”酒屋を続ける。

「なんだ、真鶴でバンドやればいいじゃんって気づいたんです。
真鶴の海と森の自然の中で、音楽をやる。それって最高じゃんって」

information

map

草柳商店

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴610-1

TEL:0465-68-1255

真鶴半島イトナミ美術館

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