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「美術館ロッジ」作戦1

ローカルアートレポート
vol.038

posted:2013.6.18   from:秋田県北秋田市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

writer's profile

Yumi Kuroda

黒田由美

くろだ・ゆみ●九州は大分市生まれ。雪は1年に1度降るか降らないかの温暖な気候の中で成長(台風での休校は経験)。早稲田大学第一文学部卒業、以降東京都在住。現在はIT企業勤務。「美術館ロッジ」では主にtwitter、facebookなどの情報発信を担当。

credit

撮影:黒田由美

アーティスト鴻池朋子さんが中心となって、
秋田の山小屋に作品を設置するプロジェクト「美術館ロッジ」。
その全容を、プロジェクトスタッフの一員でもある
黒田由美さんのレポートで3回にわたりお届けします。

なぜ、山小屋にアートなのか。

「どうして山小屋にアート作品なの?」と、
ご自分でも山に登られる喫茶店のオーナーの方から、カウンター越しに尋ねられました。
ここは武家屋敷と桜で有名な秋田県の角館。
春まだ遠い2012年12月、すっぽりと雪に覆われた角館の駅前で、
私たちは秋田内陸縦貫鉄道から秋田新幹線への乗り継ぎを待って
コーヒーを飲んでいるところでした。

「美術館ロッジ」作戦1・2を終えてホッとしていた私と
企画元のVOLCANOISEの坂本里英子さんは、この誰もが抱くであろう疑問に対して
「どうやったらズバリ説明できるのか」と一瞬躊躇し、緊張し、そして呆然としました。
ひと言ではうまく説明できなかったのです。

私もスタッフとして参加している「美術館ロッジ」は、
アーティストの鴻池朋子さんを中心に、秋田の山々にある山小屋に作品を設置し、
その場所にひとつの美術館という機能を持たせることによって、自然と人間のあり方や、
「なぜ人間はものをつくるのか」という根本的な謎を、それぞれの風土から探ってゆく、
まったく新しい「美術館」をつくりだすためのプロジェクトです。

1997年から絵画、彫刻、アニメ、絵本などさまざまな手法で、
現代の神話を物語るような作品を発表している鴻池さんは、
日本や海外で個展やグループ展に出品し続けているうちに、
いわゆる「美術館」というハコの中にだけ自分の作品を展示することに
疑問を持ち始めていました。
作品とその周縁の場に起こる雑音や匂い、
気配や神秘性などを感じる感覚が無視されていることや、
ハコによって作品が無意識に擁護され、
何か重要な強度が失われてゆくことに気づいていたのです。

同時に、東北という未知の領域に、
表現のフィールドとして、太古の血が騒ぐような、直感的な興味を抱いていました。
自身の中にある「観客」の存在を常に意識している鴻池さんは、
作品に出会う過程である「旅」、
そして作品に出会ったときに個人の中に生まれる何ものか、
そのこと自体を尊重したいと考えています。

2009年の大規模個展「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」は、観客が想像力を働かせ、地球の中心へと旅するような展覧会でした。神話のような世界のクライマックスで《アースベイビー》に出会います。

2012、13年の2回にわたり、あきたアートプロジェクト「東北を開く神話」展が開催されました。そのもようは「ローカルアートレポート 東北を開く神話」でも掲載。

「美術館ロッジ」作戦1・2は、そんな新しい「美術館」をつくりだすための第一歩。
2012年12月18、19日にかけて、秋田県北秋田市の森吉山、
標高1275メートルにある山小屋、森吉神社避難小屋を美術館に定め、
作品制作から設置までを担当する作戦1の「山組」、
山麓の内陸線一帯を新たな視点で探索する作戦2の「村組」に分かれて、
その一部始終をツイッターとフェイスブックにより
リアルタイムで中継しました(その中継が私の役割のひとつでもあります)。

私は「山組」のひとりとして、積雪80センチを超える森吉山に登り、
猛烈なブリザードの中、マイナス15度になる森吉神社避難小屋で
鴻池さんや5人のスタッフとともに一夜を明かしました。
まだ、作品が生まれる前のことです。
この体験を抜きにして、おそらくこの「美術館ロッジ」を語ることはできません。
そして角館でぬくぬくとコーヒーを飲んでいたその時の私は、
その前日の経験が生々しすぎて「なぜ山小屋なのか」への答えも
体内でただゴウゴウと白く渦巻くばかりでした。

いまなら多少、整理してお話しすることができるかもしれません。
しばし、おつきあいくださいませ。

積雪量、山頂80cm! ツイッターで見ていたら、前夜の積雪が全国1位でした。そんな日にわざわざ登山。何かを持っている。

もともとが「異界」だった、森吉神社避難小屋。

その年(2012年)9月にも、鴻池さん、新秋田県立美術館の林栄美子さん、
VOLCANOISEの坂本さん、そして私の4人は夏の森吉山に登っています。
山小屋の中に作品を設置できるのかどうか、下見に出かけたのです。
スキー場のゴンドラが山頂近くまで設置されている森吉山は、
小学校のキャンプ以来1000メートル級の山に登っていない私にも、
いったんゴンドラで上がってしまえば、「ハイキング気分で楽しめる」優しい山です。
「花の百名山」に入っているほど、さまざまな美しい高山植物が咲き乱れ、
アオモリトドマツの森はまるで北欧にいるみたいに(行ったことないのですが)
ロマンチックな気持ちにさせてくれます。

しかし、山頂近く、ゆったりとした尾根の向こうに姿を現した
森吉神社避難小屋の風景は、私の想像をはるかに超えていました。
だって、小屋の隣には屋根の高さほどそびえる巨大な岩があるのです。

「この光景は見たことある!」

私の胸は高鳴りました。
実は私は「聖地」マニアなのです。神社があれば、必ず立ち寄ります。
開けた本殿のはるか奥にある「本宮」を訪ねて険しい山道を登ります。
はるばるフランスの山の中、ル・ピュイというスペインへの巡礼の出発地まで、
電車とバスを乗り継いでひとりで行ったことがあります。
そしてそこの教会は、巨大な岩の真上に建てられていました。
上か隣にあるかの違いだけで、「巨岩と聖地」の関係としては、
みごとに森吉山と同じ構造でした。
ここは本物の聖地だ。それは本当にうれしい発見でした。

(そもそも、鴻池さんがこの山小屋に作品を設置しようとした理由も、
数年前にこの地でみずから不思議な体験をしたことにあります。
そのお話はまた別の機会に……)

森吉神社避難小屋は、白木で作られたごくシンプルなログハウスでした。
隣には神社と巨岩がありますが、小屋自体は1階と2階に分かれて
のんびり休憩ができる、調度も何もないからっぽの小屋です。
ここに鴻池さんの作品が設置される。
まわりの空はあくまでも青く、深い緑の中を風が渡っていくだけで、
何の予感もおとずれません。ただ幸福な感触だけが、ただよっていました。

夏の森吉神社避難小屋と冠岩。

森吉神社避難小屋と鳥居、神社。

リンドウが咲いていました。

「山組」の冒険。

それからほぼ4か月後。
真冬の森吉山は、夏とはまったく違った様相を見せていました。
山岳ガイドの福士功治さんがいなければ、どこに進んでよいのか、
道すら見つけられません。
長靴にスノーシューをつけ、新雪にひざまで埋もれながらラッセルして進みます。
寝袋や一泊分の荷物をすきまなくパッキングしたリュックはずっしり肩に食い込みます。
が、そんなことを気にするひまもなく、ただただ遅れないようにと歩を進めます。
途中何枚か写真を撮りますが、iPhoneのバッテリーが
寒さのせいで何度も落ちてしまいます。

アオモリトドマツは凍りついた雪で覆われ、
よく蔵王の写真で見るような氷のモンスターの風情です。
学生時代スキーで遊んでて良かった、と心から思いました。
山頂で日が暮れかかって、泣く思いでひとりコブの斜面を
滑って行ったことなどが走馬灯のようによみがえります。
1時間ちょっとかけてようやくたどり着いた避難小屋は、
1階は完全に埋まっていました。神社の鳥居も、ほぼ雪の中です。
夏にははるか上方に見えた2階の窓から、ひとりずつ、
まるで茶室のにじり口から席入りするように、からだひとつで入っていきます。
地上の世界とはこれでお別れです。

阿仁スキー場のゴンドラ乗り場に向かう「山組」の5人のスタッフと鴻池さん。

ゴンドラはスイス製で可愛い。

アオモリトドマツとたわむれる鴻池さん。

鳥居が埋まっています!

小屋の中は、凍っていました。

不思議な夜でした。
「この小屋はきっと飛んでいるよ」
鴻池さんのそんな言葉が、信じられました。
福士さんが事前に運び上げてくれた石油のおかげで、ストーブの火は赤々と燃え、
ログビルダーの小野修生さんが兵士のようにかついできた大鍋の中で
秋田名物「だまこなべ」がぐつぐつと煮えていました。
外は完璧なホワイトアウト。
パウダースノーが横なぐりに舞い、風の音がゴーゴーと鳴っています。

外界と完璧に隔てられた小屋の中。
2階はあたたかですが、扉の底の地下ともいえる1階はマイナス15度。
複数の世界が併存し、ときには浸食しあう真冬の山の夜。

私は子どものころに読んだ童話『森は生きている』を思い出していました。
ロシアの真冬、継母に言いつけられて春に咲く待雪草を探していた少女は、
「12月の精たち」12人が集うたき火へと誘われます。
そこは時の存在しない世界。
吹雪の中の山小屋も、完璧に時空の外にあるように思えました。

この山小屋に、春になる頃、鴻池朋子さんの作品が設置されます。
この夜を体験したことによって、私の中にも何かの種がまかれました。
この山小屋で鴻池さんの作品と対峙するとき、いったい何が私の中に芽生えるのか。
非常に楽しみに思いながら、翌朝さらにひどくなったブリザードの中を、
再び5人(と1匹。いえ、鴻池さん)とともに道のない森吉山を降りて行きました。

(つづく)

ヘッドランプをつけて秋田名物「だまこ鍋」を囲む図。

一夜明けて、サラダ菜を「花」に見立てて「とらや」のようかんで山小屋茶会をやりました。

ゴンドラ乗り場まで降りてきてほっこりしてる図。

information

map

Lodge the Art Museum on Mt. Moriyoshi
美術館ロッジプロジェクト

所在地:森吉山 森吉神社避難小屋(秋田県北秋田市森吉山1)標高1275m地点
◎アクセス
森吉山阿仁ゴンドラ山麓駅までは、東北新幹線角館駅から秋田内陸縦貫鉄道 阿仁合駅下車、車で約20分。または大館能代空港から車で約60分。山麓駅からはゴンドラ乗車20分、山頂駅より登山道徒歩約40分。ゴンドラ休止期間は登山道のみ。http://www.aniski.jp/

協力:山組村組の皆さん、阿仁スキー場、山の学校、有限会社ベックシステム、秋田内陸縦貫鉄道、HINOCO Studio、VOLCANOISE、新秋田県立美術館
http://www.facebook.com/LodgeTheArtMuseum

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