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あきたアートプロジェクト
「東北を開く神話」

ローカルアートレポート
vol.035

posted:2013.2.1   from:秋田県秋田市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

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Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●東京都出身。エディター/ライター。美術と映画とサッカーが好き。おいしいものにも目がありません。

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撮影:嶋本麻利沙

秋田の地図の上に描かれた、不思議な呪文と「第二の道具」。

秋田県で、地域と芸術文化活動の活性化をめざし、
さまざまなプログラムを展開している「あきたアートプロジェクト」。
秋田県立美術館で展示されている「東北を開く神話 第2章」は、
昨年の「第1章」に続き、美術家の鴻池朋子さんが
地元秋田在住の作家たちとつくりあげた展覧会だ。
秋田の「作家」といっても、必ずしもアートを生業としているということではない。
学生から主婦まで、職業も年齢もさまざまだが、
しっかりとこの土地に根を下ろして生きながら、ものをつくっている人たち。

作品づくりは会期の7か月ほど前、カードを使ったゲームから始まった。
集まった作家たちは3枚のカードを引く。
1枚目のカードに書かれているのは、秋田の地名。
秋田には、なかなか読めないような、不思議な地名がたくさんある。
頭無森(かしらなしもり)、神屋敷(かみやしき)、強首(こわくび)、
不戻沢(ふもどりざわ)、約束沢(やくそくざわ)などなど。
2枚目と3枚目には、アイヌのことわざや伝承を分解したものが書かれている。
東北地方にはアイヌの言葉も多く残っており、
それは古代、東北地方に蝦夷(えみし)が住んでいたという証でもある。
3枚を組み合わせると、たとえば
「頭無森に伝わる 村中の墓に紐を巻き付けて 吠えながら噛み付いてくるもの」
といった具合に、筋は通らないが、呪文のような不思議な文章ができ、
想像力がかき立てられる。
作家たちはそれぞれの文章にインスピレーションを得て、作品づくりに取り組む。

秋田の地名とアイヌのことわざの一部が書かれたカード。第1章では秋田の民話を使った。鑑賞者も入り口でカードを引き、神話の世界へ迷い込む。

「雪車町(そりまち)に伝わる 近くへ針を刺し、遠くへ針を刺して 腹ばかりでかいもの」。陶芸作家の田村 一さんは、自分なりのイメージからたくさんの「針」を磁器でつくった。秋田県出身で益子で活動し、一昨年秋田に戻ってきたという田村さんは、ふだんは天草の土で器をつくっている。

作品には、それぞれ作家が引いたカードの呪文が添えられていて、イマジネーションが広がる。

作家たちがつくるのは「第二の道具」とされる指人形。
はて、第二の道具とは?
このキーワードは、第1章を開催したときに、地元の骨董商の方から
「鴻池さんのやりたいことは、もしかしたらこういうことかな?」
と手渡された1冊の本にヒントを得たという。
それは、縄文時代について書かれた考古学の本。
縄文時代には狩猟や生活していくために必要な「第一の道具」があり、
それとは別に、土偶や呪術に使う石棒など、実用的な機能を持つわけではないが、
困難な状況を打開してくれたり、ある種の力を想像させてくれる
「第二の道具」があったという一節があった。
この展覧会では、誰もが遊んだことのある指人形を、
現代における第二の道具として定義し、アーティストたちが自由につくることで、
神秘的でイマジネーションあふれる世界を表出させた。

会場にあるのは、大きな指人形と小さな指人形の2種類。
カードゲームからつくられるのは大きな指人形で、
会場全体に大きな秋田の地図が描かれ、呪文の地名と符合するように展示されている。
指人形といっても作品は多様なかたちをしており、指人形には見えないものもある。
ただ、どれも触れることができ、指を入れたりしながら、
感触も愉しみながら作品を鑑賞できるようになっている。
小さな指人形のほうは、指にかぶせて遊べるようないわゆる指人形で、
鑑賞者はそれらのうち、ひとつを持ち帰ることができる。
けれど、どれを持ち帰るかは選べず、くじをひき、
そこに書いてある地名の指人形を持ち帰ることになる。
小さな指人形だけ制作した作家も含め、全32組のアーティストが参加している。

視覚だけでなく、指を使って体感する作品が並ぶ。

障子に指で穴をあけ、そこから覗いてみる。

見た目と感触のイメージの違いにハッとする作品も。

この土地で生きる人たちが、表現するもの。

鴻池さんは、現在は東京を拠点に活動しているが、秋田県出身。
以前からあきたアートプロジェクトを運営する「ココラボラトリー」の人たちと、
いつか一緒に何かできればと漠然と話していたことはあったが、
それが具体化したのは東日本大震災のあと。
震災が直接関係しているわけではないが、社交辞令のようなやりとりではなく、
やらないといけないという自然な気持ちから、
お互いやりたいことについて素直に話ができるようになり、
展覧会がかたちになっていったという。

「ココラボラトリーの方たちは、最初は私の個展のようなことを
イメージしていたのかもしれませんが、
この秋田という風土のなかでやるからには、ここで育ってきた生き物=作家たちが、
ものをつくるということを見せたいと思いました。
土地と表現するものというのは、すごく密接に関わってきます。
言語とか風土とか季節といったものと、そこに住んでいる人たちとの、
ものをつくっていく関係性を展示で見せられないかと思ったのです」と鴻池さん。
ココラボラトリーを運営する30代の女性たちの存在も大きかったようだ。
「彼女たちは自ら進んでこの地を選んでいます。
東京にいられなくて、というネガティブな選択ではなく、
こちらのほうが豊かだと素直に思える。それは新しくて、
でも素直な地方の見方で、そういう視点があったのは大きかったと思います」

会場全体に秋田の大きな地図が縄で描かれ、地名に合わせて作品が展示されている。

秋田から出土した土偶が、現代の作家たちの作品と地続きで展示される。

展示まで2回の相談会を開き、鴻池さんはすべての作家と作品づくりについて話をした。
だが、アドバイスすることはあっても、
それは作品制作を指導するようなものではなかったそう。
「近所のおばちゃんに相談するみたいな(笑)。
あれもやりたい、これもやりたい、といろいろなものを見せてくれるんです。
私がしたのは、その人がやりたいことについてきちんと耳を傾けて、
ものにしてあげることに協力するようなことでした。
何をやりなさい、ではなくて、全部出してみたら? という感じ。
相談会で自分が作家たちひとりひとりと会っている様は、
まるで難問を出してくる八百万の神様と対話をしているようで、
なんだ神話とはこういうことだったのかと、まるごとわかりました。
ごちゃごちゃっと、いろいろな魑魅魍魎が人間という生きものから出てくるんですけど、
私がそれを開示してしまったのかもしれません」

アートの根源は、アーティストという特殊な人にのみ備わっているのではないはず。
美やその感覚を人から引き出す能力を持つ人のこともまた、
アーティストと呼べるのかもしれない。

毎日感じたことを日記のように編み物にしているという作品。鴻池さんは「作品に日々を生きている感じがそのまま表れている」という。

なくわ みれなさんの作品は、加茂青砂(かもあおさ)という港町にちなんだ作品。美しい海に、昭和57年に起きた津波の悲しい物語があることを知り、思いをこめてつくった。

この展覧会は、作品が展示されただけでは完成しない、と鴻池さんは話す。
会場にたくさんの人が訪れて、ああでもないこうでもない、と秋田弁が飛び交う。
それで初めて、展覧会になるのだという。
「美術館の展覧会って静かなものというイメージで、
美術品に対する絶対的なヒエラルキーがある。
でもこの土地には、すべてが渾然一体となって空間をつくるような
面白さがあるんです。それと、外の雪がすごいですよね。
雪のなかを歩きながらここまで来るということが、
関係ないようでいて、実はある。
たとえば息を吸い込むだけで冷たい空気がすっと入ってきたときの、
からだの反応だとか、いろいろな感覚が目覚めているはずなんです。
外からやってきて異人として足を踏み入れることも重要だし、
異人とここの人とのエネルギーのやりとりも面白い」

秋田県立美術館の向かいには、新・秋田県立美術館がオープン。現・美術館は老朽化のため取り壊しが決まっている。

屋外には「隠れマウンテン登山」。雪の道を歩くのも楽しい。

鴻池さんは、単に美術館に作品を展示するということとは、
少し違うことに興味を持ち始めているようだ。
「各地の美術展に呼ばれていろいろなところに行くんですが、
いつも同じことを要求されるんです。でも、私はこらえ性がないので、
九州に行っても北海道に行っても海外に行っても同じ展示をするということに、
集中力が持てなくなってしまって。
それでわざわざ、飛行機ではなくて電車で行ってみるとか、
帰り道にどこかに寄ってみるということを、作品と関係なくやり始めたんです。
同じような空間で同じ展示をするけれど、一方で、一歩外に出れば、
こんなに違う場所でこんなに違う人たちとのやり取りがある。
そういうことを、表現できないかと思うようになってきたんです」

入場料の200円と引き換えに、小さな指人形がもらえる。バラエティ豊かで思わず選びたくなるが、自分の意志では選べない。

手先を使うものでありながら、明確な機能があるわけでもなく、人間のかたちをした指人形を「第二の道具」と見立てた。

鴻池さんはこの展覧会のほかに、奥羽山脈の北に位置する秋田県森吉山にて
「美術館ロッジ作戦」というプロジェクトも行っている。
山へ登り、山村を探索しながら、半年間かけて山小屋に作品を設置するというもの。
「作品を見ることが重要というよりは、東京から出てきてローカル線に乗ったりして、
雪が降って足止めされたりしながら、ある場所になんとか行って帰るということが、
その人にとってすごく重要な出来事であり、冒険だと思います。
その人が、少しだけいきいきと再生するようなことのために、
折り返し地点に作品があるというだけでいいのかもしれない。
いまはそういうことに興味を持ち始めています。
これは体感型とか参加型といわれるようなものではなくて、
臨終に立ち会うように、個人がその場に立ち会ってしまうような、
そういうことで自分の居場所を確認したり、
感覚を再生したりするようなことなのではないかと思うのです。
たとえば、それが失恋した直後の旅だったら、作品はそのように見えてくるし、
個人のなかでその人だけの何かが起こる。
そういうことを尊重したいし、それを含めて表現だと思うんです」

鴻池さんのアニメーション作品も展示されている。

大事なことを直感で感じとってはいるが、まだよくわからないこともある、と素直に語ってくれた鴻池さん。「厄介なことをやり始めているなという感覚はあるんですけどね」

profile

TOMOKO KONOIKE
鴻池朋子

1960年秋田県生まれ。東京藝術大学美術学部日本画専攻卒業後、玩具と雑貨の企画デザインの仕事に携わり、97年より作品制作を開始。国内外で数多くのグループ展に参加、個展を開催。作品は、アニメーション、絵本、巨大な襖絵、インスタレーションなど多岐にわたる。

information


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東北を開く神話 第2章
「第二の道具 指人形」

2013年1月19日(土)~2月3日(日)
現・秋田県立美術館 美術ホール
http://akita-art-project.net/

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