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京都で千年以上受け継がれてきた、
高貴な染め技法「京鹿の子絞」

セキスイハイム × colocal
ニッポンの手のわざ
vol.002

posted:2015.6.15   from:京都府京都市、亀岡市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  セキスイハイムが掲げる「時を経ても、続く価値を。」をテーマに、
小山薫堂さん企画・監修のTV番組『セキスイハイム presents アーツ&クラフツ商会』(BS朝日)が生まれました。
日本の伝統工芸を紹介しながら、現代の暮らしを豊かにするニュー・クラフツを提案するこの番組とともに、
日本の各地域の産業や文化を育んできた伝統工芸の知恵や技術、情熱をレポートします。

セキスイハイム
「時を経ても、
続く価値を。」とは?

住み始めてから、どれだけ永く、住まいの価値を維持できるか。十数年後、年を経たあとに、資産としての価値が高くあるのか。
セキスイハイムが、1970年の日本初のユニット住宅の発売以来、もっとも大切に考え続けている家づくりの想い、そして基準です。地球環境にやさしく、60年以上安心して快適に住み続けることのできる住まいへ。

writer profile

Satoko Nakano
仲野聡子

なかの・さとこ●ライター。生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。帰省するたびに色が変わっている地元で、まち歩きをしながら新しい発見をするのが最近のブーム。反面、古いモノや場所も消えないでいてほしいと切に願う。

credit

photo:在本彌生

職人さんの連携が命の京鹿の子絞

BS朝日で放送中のTV番組『アーツ&クラフツ商会』は、
日本各地で継承されてきた伝統工芸を紹介しながら
その技術を生かし、現代のライフスタイルにもあった、
ニュー・クラフツをつくろうというもの。
番組スポンサーであるセキスイハイムが、
企業の姿勢として掲げる「時を経ても、続く価値を。」をテーマに、
小山薫堂氏の企画・監修のもと、この番組がつくられています。
今回も、時を経ても続いてきた伝統工芸の魅力に迫ります。

vol.1ではスタジオ撮影の様子をお届けしましたが、
実際、職人の現場ではどんな撮影が行われているのか? ということで
このたび、撮影に同行しました。

訪れたのは、歴史香るまち、京都。
ここでは千数百年もの長きにわたり、
「京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)」という絞り染めの技術が受け継がれています。

これは、布を糸で括って、染まらないようにした部分を
美しい文様として表現する技法です。
括りの文様が子鹿の斑点に似ているところから、
そう呼ばれるようになりました。
着物や振り袖だけでなく、
和小物や髪飾りなどの装飾にも幅広く使われています。

その歴史は古く、「日本書紀」にも絞り染めに関する記述がみられます。
江戸時代になると、
京都では鹿の子絞を括る職人は、「鹿の子結い」として専業化されるなど、
女性の手仕事として広く普及していったそうです。

今回、番組の撮影スタッフが追ったのは
二色に染め分けた絹の生地に
京鹿の子絞のあじさいが咲き誇るストールの制作工程。

京鹿の子絞はさまざまな工程に分かれているため、
古くから分業制が取られ、作業ごとに職人が変わります。

最初の工程は、下絵です。
絵師が完成予想図を描き、厚紙で型を作成。
その後「青花(あおばな)」と呼ばれるつゆ草の汁を使い、
型に添って、生地の上に色を付けていくのです。
これが、布を括る際の目印になります。

その後、京鹿の子絞の花形である「括り」の職人さんへと生地がわたるのです。

緻密な“括り”の作業に、ため息の連続

括りの作業を行うのは、この道60年の川本和代さん。
撮影は、京都市西京区にある川本さんの工房で行われました。

京都駅から電車で20分。川本さんの工房の近くを流れるのは桂川。のんびりした河原の向こうに、阪急電車が見えます。

まずは青花で描かれた直径数ミリという粒の真ん中をつまんで、
布を4つに折って粒の大きさを決めます。
続いて下から上に向け、時計回りに4回糸を巻き
最後に粒の頭を押さえ、つくった輪っかで2回硬く締めるのです。

カメラで追うのもひと苦労! 細かい括りの作業に思わず息をのみます。(画像提供:BS朝日)

着物一面に絞りの入る「総絞り」の場合、みっちり等間隔に括って、一反で15万粒。振り袖なら、17万粒にもなるといいます。絞りの作業だけで、1年以上かかるそうです。(画像提供:BS朝日)

締める時、糸が指ぬきに当たって出る
「ポン、ポン」という小気味よい音がとても印象的。
「勢いよく締めないと、締まらへんから」と川本さんは話します。
22本の絹糸をこよった「しけ糸」は、
指ぬきをしなかったら手が切れるほど強いのだそうです。

50種類以上ある京鹿の子絞の技法の中で、
今回川本さんにお願いしたのは「本疋田(ほんびった)」という括り。
「道具を何も使わず、職人の手と座るための座布団だけあったらできる仕事です」(川本さん)
もちろん、熟練の技がなければできないことは言うまでもありません。

ひと括りの作業が早く、視覚で確認するのもひと苦労。さまざまなアングルからカメラを向けます。

緻密な作業ゆえに、撮影スタッフからは緊張感がひしひしと伝わってきます。
川本さんの爪で、括りの撮りたい部分が隠れてしまうため
アングルを変えながら何度も挑戦。
括りの動きを視聴者になるべく鮮明にお届けしたいという思いから、
「手をあまり動かさずに括ってもらいたいんです」と、
カメラマンから思わず本音がこぼれます。
川本さんは「そんなん、難しいわ〜」と笑いながらも、
期待に応えようと、何度も繰り返し括りの作業を行ってくれました。

番組では、音声スタッフが括りの作業に
チャレンジする企画も放送されました。
「やり方はわかります」と息巻いて始めたものの、
ひと粒括るだけで、かなりの時間と労力が……。

「最初のひと粒を稽古するだけで、一週間から10日かかります。
ふた粒括ろう思たら、前の粒がほどけます。
ふた粒目というのが、関所なんですね」と川本さんが話すほど、
甘い世界ではない、ということ。
道具を使わず人の手だけで行うため、ごまかしがきかないのです。

粒の揃った見事な括り。目印である青花の色は、水洗いすることできれいに落ちます。

「大きな手やけど」と言いながら、川本さんが手を撮らせてくれました。職人歴60年余の手は、何も語らずとも重みがあります。

おばあさまの代から、括りの職人さんだったという川本さん。
手取り足取り教わるというよりは、おばあさま、お母さまの作業を
目で見て、耳で聞いて、盗む、の繰り返しで技を習得していきました。

「昔は、このあたりには結い子さん(括りの作業を行う職人さん)も
2000人くらい居はったんと違いますか。
夏なんかは今みたいにエアコンがないから、みんな扉をガラ開けでね。
夜も外を歩いていると、ポン、ポンと言わしてはる。
『ああ、今日も夜なべしてはるな』と。
だからね、私も気張りたい、という勢いがなかったかしらんね」

制作途中の注文品。「気持ちにムラがあると、粒にもムラができる」ゆえに「一日に5時間も括ったら精一杯」と川本さんは話します。

今ではすっかり結い子さんの数も減ってしまいましたが、
川本さんの娘さんが、弟子として修業されているそうです。
「私が母親から教えてもらった仕事を、
この子がまた継いでしてくれるっていうのはね、やっぱりうれしいですね。
私の仕事は本疋田に限り、女性なんですよ、不思議でしょ。
ほかの工程はみんな男の人。だから余計に
娘が継いでくれると聞いたときはうれしかったです」と話してくれました。

技術だけではなく、母の思いまで未来に受け継がれていきます。

今では展示会で、直接お客様から注文を受けることも多いそうです。「顔が見えるとお客様は『この人がつくってる』、職人も『この人が着てくれはるんや』という関係ができてうれしい」と話す川本さん。

京鹿の子ならではの、独特の染めの技法

括りが終わると「染め分け」という、染色前の下準備に入ります。
今回行ってもらったのは「桶絞り(おけしぼり)」という、独特の技法です。

このような専用の桶を使います。こちらは紺色の桶ですが、番組撮影のときに使われたのは赤い桶。染める色に合わせて、桶を選びます。

Page 2

ここで登場してくれたのが、
京都府亀岡市に工房を構える、染め分けの職人・清江和雄さん。

桶絞りの工程としては、まず、染め分けのラインに糸を通し
染めてはいけない部分に染料が入らないようにギャザーをきれいに整えます。

その後、桶に生地を詰めていきます。
この時に使われる桶は、底のない特殊なもの。
染める部分の生地だけ桶の端から出して、
布を針で留めて固定します。

生地が均等に固定されるように、針も均等に打っていきます。(画像提供:BS朝日)

ここで蓋をして、桶の上下に1本ずつ木を置き、
蓋が外れないようにギュッと縄をかけ、
固定用の針を抜いて、さらにきつく締め上げます。

桶の中の布に染料が入ると、下絵からまたやり直し。そのため、力を入れて精一杯締めます。

桶が完成したら染め屋さんに持っていき、
桶をまるごと染料の入った釜につけ、染めていきます。
染め上げたら生地を乾燥させます。
半日かかって乾かしたあとは、再び染め分け職人のもとへ戻り、
桶が割られます。一度桶を割ると、染め直しはできません。

いつまでも釜につけていると、桶の中に染料が入ってしまうリスクがあります。染め具合を判断するのも、職人の技と、長年の勘なのです。(画像提供:BS朝日)

その後、括った糸を解き、
絞ることでできた凹凸を伸ばす「ゆのし」と呼ばれる作業を
専門の職人さんが行って、完成です。
これで、5人の職人の技が集結しました。

番組で制作された、華やかなあじさい柄と、紅白のラインが美しいストールです。

そして、今回、アーツ&クラフツ商会でつくられたニュー・クラフツは、
京鹿の子絞のパソコンケース。
どんな仕上がりになったかは番組をお楽しみに。

番組で、桶絞りを見事にこなしていた清江さん。しかし、
「職人やし、インタビューなんか慣れてへんしなあ。わし、アガリ症でな。
でも、本当はいっぱい教えてあげたいんやな」と、
番組ではあまり語られなかった、清江さんの仕事への思いを伺いました。

京鹿の子絞の全工程について丁寧に詳しくレクチャーしてくれた清江さん。

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清江さんは、桶絞りを専門としながらも、京都の職人とともに、
さまざまな絞り染めの製品を手がけています。

「自分は『こういう風にあげてくれ』と依頼されたことに対して、
お客さんが『これええな』『これ持ったらうれしいな』と
思ってもらえるようにしてるだけで、
それ以上特別なことは何もないねん」
自身の仕事に対して、清江さんはそう語ります。

防染部分を竹の皮(近年はビニール)で覆い、根本を糸で強く巻き付けて染色する技法「帽子絞」の工程も見せてくださった清江さん。桶絞り同様、しっかり巻き付けなければならないため、糸を締める時に「ギュッ」と大きな音がします。

手前の括りは高い粒、奥の括りは低い粒。粒の高低によって染まる範囲が違うため、見栄えがずいぶん変わります。

「手仕事やけど、そんなに難しい仕事やないねやわ。
慣れるまでは時間かかったけど、ただそれだけやな」と笑いながらも、
京鹿の子絞について伺うと、愛おしそうに、そして全力で
その工程について説明してくれる清江さん。
訪ねてきた番組ディレクターとの打ち合わせ風景を見ていても、
京鹿の子絞に対する熱が伝わってくるようでした。

清江さんは撮影で行う染め分け部分を、入念にチェック。

技の素晴らしさを伝えていくために

「単純作業やけど、人によってあがりが変わる。
例えば川本さんの手と、ほかの人の手とでは、全然違うねん」
清江さんのその言葉の中に、手仕事の魅力が凝縮されています。

ただ京鹿の子絞に限らない話ですが、
職人の数の減少が、伝統工芸全体の悩みでもあります。
「桶の仕事専属で生活してる職人は、今、京都で5〜6人かもわからんな。
わしももう64やねん。頑張れんのあと10年やもんな。
その間に、跡継ぎに何もかも教えてやりたいな」と清江さん。

撮影を終えて、番組ディレクターも
「コストカットを優先し、海外に仕事が流れることで
仕事量が減ってきているとおっしゃっていた職人さんもいらっしゃいました。
その現状は、やはり聞いていて苦しかったです」と話してくれました。

「それでも今回は『高価な着物』というイメージの強い
京鹿の子絞の工程をわかりやすく見ていただくことで、
『あれだけ手間がかかっているのなら、高価でも納得』と
思ってもらえたら、という気持ちがありました。
私たちは職人さんにお会いする前に勉強して、
物や工程に対する知識を持って撮影に挑みますが、
それでも間近に見ることで、手仕事の難しさやすごさを
毎回実感します。撮影は、その連続です」

たとえ段取りが多くなっても、撮影時間が長くなっても
妥協せず「この技が、いかに素晴らしいか」を
視聴者に伝えるための撮影に尽力する。
「伝統工芸を後世に受け継いでいく力になれたら」という思いが
撮影スタッフの原動力となっていることを、改めて感じた取材でした。

近年は着物だけはなく染め分けの技術を使って、さまざまなアイテムも生まれています。こちらは清江さんがつくった日傘。繊細なグラデーションが夏の陽に映えます。

information

「セキスイハイム presents アーツ&クラフツ商会」 

放送局:BS朝日
放送時間:毎週月曜日夜11:00〜11:30
出演:渡辺いっけい
企画・監修:小山薫堂(放送作家、脚本家)
提供:セキスイハイム
NO.16「京鹿の子絞」
2015年6月1日(月)、6月15日(月)放送
http://artsandcraftsco.com/

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