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odekake

厚沢部町〈ソロソロ窯〉
元校舎をギャラリーと工房に。
やちむんの技術が生む北国の器

おでかけコロカル|北海道・道南編

posted:2017.10.25  from:北海道桧山郡  genre:旅行

〈 おでかけコロカルとは… 〉  一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。

photographer profile

Yayoi Arimoto

在本彌生

フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。
http://yayoiarimoto.jp

writer's profile

Akiko Yamamoto

山本曜子

ライター、北海道小樽生まれ、札幌在住。北海道発、日々を旅するように楽しむことをテーマにした小冊子『旅粒』発行人のひとり。旅先で見かける、その土地の何気ない暮らしの風景が好き。
旅粒
http://www.tabitsubu.com/

credit

取材協力:北海道観光振興機構

やちむんの技術と、北海道の土でつくる

北の土を使いながら、南の島沖縄の雰囲気を醸し出す、凛とした焼きものたち。
どれもしっくりと手になじみ、長く使いこみたくなるものばかりです。

民藝としての器づくりを志し、
沖縄県読谷村の北窯で12年間修業を積んだ臼田季布(きほ)さんが手がける
〈ソロソロ窯〉は、道南の森林のまち厚沢部(あっさぶ)の
元清水小中学校に工房兼ギャラリーショップを構えています。

函館から車で1時間と少し、〈道の駅あっさぶ〉から山へ車を走らせること15分。
静かな山あいに、こぢんまりとした元校舎が見えてきます。

作品の中には、ぐっと引き込まれるような深い色合いも。ピッチャーは北欧の器にインスピレーションを受けてつくられたもの。

懐かしい靴箱に靴を入れて、元教室だったギャラリーショップへお邪魔します。
置かれている器の種類や数はそのときどきで変わりますが、
絵付けの入った沖縄らしいお皿から、
薪ストーブの灰を釉薬にするという深い青色が印象的な器、
また北欧の食器の要素を取り入れたシンプルな水差しまで、さまざまな作品が並びます。

器が映える古い什器は臼田さんがこつこつと集めたものや拾ったものを中心に、近所の農家さんからいだだいたものもあるそう。

臼田さんが軸にしている民藝とは、大正〜昭和の時代に提唱された概念で、
名もなき職人たちのつくった用の美が宿る日常の生活道具のこと。

その一端を担う、琉球王朝時代から600年もの歴史をもつと言われる
沖縄のやちむん(沖縄の方言で焼きもののこと)を継承しながら、
道央のレンガのまち江別の土でつくられる臼田さんの焼きものは、
北と南の文化それぞれの繊細さと強さを併せもつ、ほかにはない独特なたたずまい。
ひとつひとつに向き合いながら、お気に入りを探してみましょう。

教室だった部屋を、臼田さん自らリノベーションしギャラリーショップに。石膏で塗られた壁の質感にも注目。

沖縄のやきもののカチッとしすぎないおおらかさに惹かれたという臼田さん。
ギャラリーショップ隣の元職員室に工房をかまえ、
蹴ろくろで1点ずつ器づくりをしています。

江別の土は、沖縄の土に比べて細工がしやすく、
焼く温度や火に対する強さも違えば粘り気も違い、
また、上からかける本州産の土との相性も異なるそうです。

「沖縄にいた時は東南アジアの古いものを見て勉強していましたが、
北海道に来てからはヨーロッパのものに興味が移ってきました」

土そのものや、土地がもつ力をそう語る臼田さんの作品には、
海外の骨董品のような雰囲気の器も。

静かな山あいで創作に打ち込む臼田季布さん。彼の作品を取り扱うお店は少ないものの「直接ここへ訪ねてきてくれたり、会う機会のある方のお店には弱いんです」と笑顔。道外のお店にも不定期に納品している。

自分でつくり上げた窯

校舎の外にある薪窯は、建物まで含めてすべて臼田さんの手づくり。
レンガを重ねた背の高い窯で小さなものから大きなものまで
一度に500個もの器を焼きあげています。

もちろん、薪の消費量も大変なものですが「ここ厚沢部は林業のまちで、
間伐材をもらうことができるので、薪には事欠かない環境なんです。
とても助かっていますね」とにこやかに語る臼田さん。
ただし冬は寒すぎて焼くための作業自体をしにくくなるのが、この土地での難点だとか。

工房は、水場のある元職員室。限られたスペースを有効に使って作業をしています。

左右から薪を入れて燃やす立派な窯。焼くときはレンガで蓋をする。

窓の向こうには、山と積まれた薪用の間伐材、その向こうにはお隣の農家さんの畑と深い山々が広がる。この辺りにはかつて炭焼きの部落があった地域。

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なぜ、厚沢部町に?

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陶芸を学びに、沖縄の北窯へ

2009年にここ厚沢部に移り住み、窯を開いた臼田さんは山口県生まれで、
23歳まで東京暮らし。もともと、焼きものはもちろん、
美術にも興味がなかったという臼田さんは、
ひとり暮らしを機に近所で食器を探したとき
「自分の欲しい器がない」という思いを抱きます。

その後、偶然見かけたポスターに惹かれて、
臼田さんはある陶芸展に足を運びます。
それが、民藝運動の中心的存在として知られる
陶芸家・濱田庄司の弟子、島岡達三の展覧会でした。

「それまで焼きものは職人の仕事だと思っていたので、濱田さんや島岡さんのように
大学を出て焼きもの作家をしている人がいることに驚きました」

民藝の世界に出会い、あちこちの民藝店を巡るようになったという臼田さん。
あるとき、知り合った民藝店主から
「焼きものがしたいのか?」と聞かれ、
「全然そのつもりはなかったのに『はい』って言ってしまったんです」

そう笑って振り返ります。店主から紹介された全国の窯元を訪ね歩き、
臼田さんが一番しっくりときたのが、沖縄県読谷村にある北窯、松田共司工房でした。

「民藝店でやちむんを見て気に入っていたのと、活気があって若い人も多かったので」

幸いにも空きがあり、この工房で働くことが決まります。

よく焼かれたものはいい出来になる反面、失敗につながることも。藍のような青色が美しい花瓶は残念なことに底にヒビが入ってしまったそう。

きっかけは不思議な縁だったものの、臼田さんの心は決まり
「焼きものを生業にしようという思いで、すぐに沖縄に移住しました」。
12年間の修業を経て、結婚後独立を機に奥さまの故郷の北海道へ。
函館界隈でも土地を探していたところ、
たまたま数か月前に廃校になったこの小中学校と出会い、
はるか北の地への移住を決意しました。

近所の方から、廃校となった学校を解体したときに出た資材を「もう自分では建てないから」とそのまま譲り受けてつくられたという小屋。中に窯がある。

ソロソロ窯という名前は、すぐ近所に流れている
〈ソロソロ沢〉という川にちなんでつけたのだそう。
「土地に根づいた名前だし、響きもいいところが気に入って」

厚沢部に根を下ろしながら、さまざまな土地の要素を土に乗せて生まれる臼田さんの器。
直接見られるギャラリーショップへは、あらかじめ電話連絡のうえで訪れましょう。
手にした人それぞれの暮らしに寄り添う、美しい道具がここに待っています。

ギャラリーショップ入り口。小さな学校だったので、教室は小中学校を合わせてわずか7つ。

information

map

ソロソロ窯

住所:北海道桧山郡厚沢部町字清水101-1

TEL:0139-64-3772

営業時間:10:00〜16:00

定休日:不定休(事前に電話で要確認)

駐車場:あり

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