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沖縄県・竹富島

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島を守るために、助けを求めた相手はリゾート運営の達人。
その人を信じて、島の未来を託そうと決めた。

「私はね、毎晩神さまにお願いしていることがあるんです。星野社長が健康で、明日も元気に仕事ができるようにということ。彼が倒れてしまったら、島の未来はまた壊れてしまいますから」。神司のひとりがそう言っていた。ほかの島人たちからも、さまざまな声を聞いた。「星野社長は何度も島へ来たけど、最初から最後まで、彼の言葉も姿勢も変わらなかった」。「彼と話していると、彼も自分の地元である軽井沢をすごく愛しているということがよく分かる。彼ならば、私たちの思いもちゃんと理解してがんばってくれるだろうと思った」。「星野さんは、あえて難しいことに向かっていこうという勇気がある。島の人間にはできないことを外の誰かに任せるのなら、彼のような人がいいと思った」などなど。

2007年春、星野リゾートの星野佳路(よしはる)社長は、それまで島の土地を買い戻すために奔走を続けてきた上勢頭保氏から、島の将来について相談を受けた。自分が買い戻した土地の抵当権が転売されたことで、島全体の6分の1にあたる土地を失う可能性があり、星野リゾートの力を借りて、なんとかそれを阻止したいという話だった。

星野リゾートは、日本各地で、地域資源を生かしたこれからの観光のあり方を提示する施設運営を次々と成功させてきた。星野社長は“リゾート運営の達人”とも“観光のカリスマ”ともいわれる。竹富島憲章があり、景観と秩序の保たれた竹富島は、星野社長にとって、新規施設を展開するエリアとして魅力的なものだったに違いない。しかしそれ以上に、「観光が地域に本当に貢献できるのか」という課題に、あえて多くの事情を抱えた沖縄の離島で挑戦する価値は大きいと彼は考えたのである。そして、08年1月から2年2か月の間、何度となく島へ渡り、大小さまざまな規模で島民への説明会を重ねた。そこで理解を求めたのが、「竹富島方式」と名付けられた次のようなプロジェクトだ。

○竹富島に本社を置く株式会社「竹富島土地保有機構」を設立。
○竹富島土地保有機構が資金を借り入れて問題の土地の抵当権を買い戻す。
○星野氏が代表取締役を務める南星観光株式会社が竹富島土地保有機構から土地を借りて施設整備とリゾート運営を行う。
○リゾート運営の収益の中から竹富島土地保有機構に地代を支払う。
○この地代を抵当権買い戻しのための借入金返済に充てる。
○完済後は、竹富島土地保有機構を、島民が土地を管理できるかたちで法人組織化し、後世に土地を残すことができるようにする。

当初は、そんな夢みたい話はとても信じられないという人も多かったと聞く。それが次第に、任せるのなら彼のような人に、というふうに島人たちの気持ちが動いていったのは、星野社長の人柄や熱意、それに話の内容の一貫性によるところが大きかったようである。これまで、島に外部の企業が入って事業を行った過去はない。子どものころから表も裏も知り尽くした島人同士とは違う、島外から来た大きな会社の社長に対して、島人たちが求めたのは、実績だけでなく、個人として人間性を詳らかにすることだった。

竹富島に訪れる観光客の数は、現在も増加傾向にあるが、複数の離島を数日間で回るようなツアー客が圧倒的に多く、日帰りばかりで滞在する客が少ないことが以前から問題視されていた。その点、「星のや 竹富島」は滞在型のリゾートで、しかも宿泊料金は1泊5万円程度必要だ。集落の民宿のそれとくらべて9倍以上も高いが、その代わり客層が重なることはなく、星のやは、海外のリゾートに滞在するような感覚で、日常を離れてゆったりと過ごしたいと考える富裕層を想定している。

「日帰りのお客さんを案内する仕事をしている島民の話を聞くと、島の良いところはもっといっぱいあるのに時間がなくて十分な説明ができないとか、毎日たくさんの人に対応するので平等にサービスできないとか、いろいろな問題があるんです。せっかく憲章をつくって島を守っても、島の良さを生かせていないということになる。島としても、何か対策を講じないといけないと考えていたのです」と上勢頭芳徳さんは話す。

「星のや 竹富島」の宿泊施設計画は、最終的には10年3月31日の公民館総会で、賛成多数で推進が決議され、12年6月1日に晴れてオープンにこぎ着けた。客室は、国の重要伝統的建造物群保存地区選定を受けて制定された「竹富島景観形成マニュアル」に基づいて建てられた。

宿泊客は、まるで集落の住人のようにそこに滞在して、地元産の食材を用いたディナーを楽しみ、定番の水牛車観光のほか、民具やミンサー織やシーサーといった伝統工芸品の制作体験など、島人たちに支えられながら、幅広い島の魅力を味わうことができるようになっている。
特に、こうしたサービスを利用することで、島人たちに出会い、会話を楽しむことができるのは、日帰り観光との大きな違いだ。また、客室や共有スペースでは、島人が手づくりした品々を見ることができる。どんなものが星のやにはふさわしいのか、どんなものが星のやの宿泊客に喜んでもらえるものなのか、スタッフと島人たちが一緒に考えて準備したものだ。星のやができたことで、島人たちにとっても新しい試みが始まっている。

「このプロジェクトは、10数年をかけて土地を島の方々が管理できるようなかたちに戻していこうというものです。私は軽井沢の星のやでも総支配人を務めていたことがありますが、軽井沢と竹富島では、ひとつの事業が地域に与えるインパクトの大きさが全然違います」と話すのは、「星のや 竹富島」の総支配人、澤田裕一さんだ。澤田さんは、オープン前に島へ移住し、仲筋集落に家族で暮らしている。

「スタッフの中で島に住んでいるのは、今は私を含めて3人しかいませんが、いつか、たとえば半分くらいのスタッフが島に住むようになって、島に貢献できるような日が、そう遠くないうちにやってくればいいなとは考えています。ただ、個人として島に貢献することも大切なのですが、総支配人として今もっとも重視すべきは、この事業を長期的に見て地域の期待に応えられるものにしていくために、運営の安定化に努めることだろうと思うのです」

新しい事業の立ち上げを任されると同時に、地域住民としても役割を期待される澤田さんにとっては、これまでになく多忙な毎日が続いている。